日帰り合宿
ゴールデンウィーク。
それは学生にとってフライングでやって来た夏休み(仮)のようなものであり、その年によって休みの長さで一喜一憂できる特別な黄金期間である。
そんなゴールデンウィークが始まって今日で二日目。休みの日なのだから夜更かしをしても大丈夫だし、どれだけ惰眠を貪ろうが誰もそれを咎めやしない。まさに完全無欠、最強な期間である。
「ふわぁ……ねむ……」
だと言うのに僕は普段通りの時間に起床し、リビングでのんびりと朝食を食べていた。
父と母は既に仕事。職業柄、大型連休とは無縁であり家族で何処かに出かける予定は無かった。大多数の人間が休日の中、せっせと手出勤した両親に同情と尊敬の念を抱きながら僕は本日の予定を改めて確認する。
────予定の時間までまだあるし……のんびりできるな。
ちらと時間を確認して、今日の天気を確認する。
「予報通り天気は良さそうだな……今日は一日外にいることになるだうし、暑くないといいなぁ」
五月に入り、まだ季節は春に当たるがその気温は到底春とは思えないほど暖かい。下手をすれば夏と同じくらい暑い日だってこれから増えてくるだろう。
「これが地球温暖化の影響ってやつか……」
杜撰な知識でボヤく。頭の片隅で思い返すのは先日の出来事だ。意外と言うべきか……すんなりと僕の「日帰り合宿」と言う提案は受け入れられた。寧ろ和泉先輩はノリノリで僕の提案に乗ってきた。
日帰り合宿。
まあ合宿と言っても名ばかりで、有り体に言えば少し遠出をして写真を撮ろうということだ。目的地は最寄り駅から電車に揺られて40分ほど行ったところにある海の見える観光地。そこで少し早いが夏を先取りして写真を撮ろうと言う話になった。
現時点での合宿参加者は写真部の三名。当然、この話が決まった直後は全員参加で話は進んでいた訳だが、僕には二つの選択肢があった。
一つは約束をバックれること。二つ目は普通に最初だけ合流して直ぐに姿を眩ませることだ。
既に合宿が取り決められた時点で雨無と先輩が一緒に出かけるという目的はほぼ達成できた。そして今朝起きてみれば写真部のグループメッセージで先輩が改めて本日の日程を共有してくれている。
「相変わらずの返答速度……まさかずっとメッセージを確認してたわけじゃないだろうな?」
『今日は楽しもう!』と先輩のメッセージに言わずもがな雨無は『はい! 楽しみましょう!』と即レスだ。
このやり取りから分かる通り、二人は今日の合宿に参加確定であり、まだメッセージの返信をせずにのんびりとモーニングタイムを楽しんでいる僕はどちらの選択肢も取れる訳だ。
────あの時は「予定と違くても文句を言うな」と言ったが、こうすれば全ての問題は解決だ。
任務の難易度としては簡単だ。急遽外せない予定や仮病を使って合宿をバックれるのが安牌である(人としてどうかとは思うが)。だが正直に言えば僕も観光地へと赴いてそこでしか撮れない風景写真を撮りたい気持ちがあった。雨無の要望を尊重をするのならば前者だが、ここまでお膳立てをしたのだから少しは我を通してもいいだろというのも本心だ。
「どうしたもんかなぁ……」
温かいお茶を啜りながら、どう返信したものかと思案しているとグループメッセージとは別に個人メッセージの通知が鳴る。
「────ん?」
誰だろうかと画面を見てみれば相手は件の雨無様だ。ロック画面のバナーに映ったメッセージ内容を見て僕は眉を顰める。
『お前、一番後輩のくせに縁先輩のメッセージ未読無視とか舐めてんの?』
『さっさと「行きます」って返信しろノロマ』
「チンピラかよ……」
その内容はとても簡潔。相変わらずの口の悪さにドン引きする。
どうやら鼻からこちらに決定権は無く、合宿には強制参加らしい。まあ、当然と言えば当然なのだが……あの女のことだから「空気読んで消えろ」とでも言われると思っていた。
「流石にそれは失礼すぎるか」
雨無朝日という少女の評価に少しばかり私怨が混じり過ぎていたので反省する。彼女も一応、人の子と言うことだ。
そうして言われた通りにグループメッセージの方に『楽しみですね』と返信をする。そして『これでいいか?』と雨無の方にも返信を済ませる。
集合時間まで後二時間を切った頃の話である。
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外行きの格好に着替えて、集合場所の駅まで向かう。
「流石に人が多いな」
ゴールデンウィーク二日目ということもあり、電車の混み具合はそれなりだ。恐らく集合場所の駅から目的地に向かう時の方が酷いだろうがこの時点でも相当なものだ。
────気をつけよう。
他の人に迷惑にならないように持参したカメラバックを大事に抱え込む。電車に揺られること約十分、集合場所の駅に着いたので一度降車して改札外の広場へと出る。
本日の集合時間は十時三十分。まだ約束の時間まで十五分ほど余裕がある。流石にまだ誰も来ていないかと待ち合わせ場所の広場を見渡せば意外と言うべきか、まあ当然と言うべきか、ここ最近で見慣れた少女の姿か目に止まる。
「相も変わらずあいつは目立つな」
そこに居たのは無論、雨無朝日だ。
当たり前だが彼女は普段の制服姿ではなく、男ウケ────特に先輩の好みである和装チックなワンピースコーデで自身を着飾っている。
やはり美人というのは何を着ても映えるし似合う。まるでモデルの撮影かのような雰囲気が彼女の周りには漂っており、行き交う人々が一様に彼女の方へと視線を向けていた。
「すっげー美人……」
「モデル? 撮影か何か?」
「俺、声掛けてみようかな……」
「やめとけ、お前なんかが相手にされるわけないだろ」
それを雨無は気にすることも無く、むしろ気にする余裕が無いほどそわそわと余裕がなさそうであった。まあこれから待ちに待ったデートなのだから彼女のその気持ちも分からなくは無い。
────僕と言う邪魔者はいるけどな。
「あっ……」
ここは空気を読んで先輩が来るまで適当に身を潜めていようかと考えていると、その前に雨無に捕捉される。
「ちょっと、一番後輩のくせに私より来るのが遅いってどういうことよ」
「はぁ……」
彼女はこちらへスタスタと早足で近寄り、随分と緊張した様子で口を開いた。
周りの注目の的だった雨無が僕に近寄ってきたことで二次被害的に僕にも無数の視線が突き刺さる。あからさまに見られていることが分かると言うのにやはり目の前の女はそれを気にした様子は無い。
「もうこっちは緊張してやばいんだから……! 私のメンタルケアも協力者であるアンタの仕事でしょ! ちゃんとケアしなさいよ!!」
「……さーせん」
初耳な内容ながらも僕は口答えせずに素直に謝る。言葉の端々から彼女が本気で緊張しているのが伝わったからだ。
「はぁ……ほんとにもう、ちゃんとしなさいよ」
少し文句と感情を吐き出して気が楽になったのか、雨無は不安げに作っていた握りこぶしを解き、ソワソワと辺りを見渡して何かを探し始めた。その「何か」なんてのは言うまでもない。
「……」
改めて近くで見るとやはり今日の彼女は普段よりも数倍綺麗であり、今回のデートに望む気合いの入り具合が伺える。思わず魅入っていると不安げな朝日の視線とかち合う。
「な、何よじっと見て……」
「いや、そんなドンピシャな服があるんだなぁって」
「アンタが仕入れてくれた情報通りにちょっと和のテイストが入った洋服を選んできたのよ……まさか、何処か変かしら!?」
「いや、問題ないと思う……知らんけど」
「どっちよ!? ほんと!? それ、本当よね!? センスのない女の子だと思われないわよね!?」
「あー、大丈夫、大丈夫だからそんなに揺らさないで」
胸ぐらを掴んでにじり寄ってくる雨無を僕は慌てて宥める。そんなやり取りをしていると今回の主役がが登場した。
「いやぁ〜遅れて申し訳ない。人が多すぎて一本乗り遅れちゃって……って、お! 二人ともやる気満々だね〜」
「ッ! よ、縁先輩!!」
「おはようございます」
不意を突くような登場に雨無は慌てて猫を被る。僕は僕でヨレた襟を正し挨拶をする。
「改めて、遅れてごめんね二人とも」
「ぜ、全然大丈夫ですよ!!」
別に集合時間ちょうどの到着であるにも関わらず律儀に謝る先輩に満面の笑みで元気よく答える雨無。
「ありがとうね」
「ひゃ、ひゃい!」
相変わらずの身代わりの速さにもはや関心すら覚えていると、先輩は「それじゃあ行こうか」と歩き出す。
本日の日帰り合宿が始まった。