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苦肉の策

 気がつけば四月も下旬。高校に入学して約一ヶ月が経とうとしていた。それだけの時間があれば人間とは新しい環境に適応し、ありふれた日常へと昇華し慣れきってしまう。「学校生活もだいぶ慣れたなぁ」なんて感慨深い思いに浸っているかと思えば、大型連休をあと三日後に控えていた。


 段々と待ち受ける楽園に、自然と学徒たちは浮き足立ってくる頃。いつも通り、和泉先輩の居ない部室で雨無との作戦会議でこの前の進捗状況を確認してみれば────


「で、ひよりにひよった結果、まだ和泉先輩をデートに誘えていないと」


「……」


 案の定と言うべきか、やはりと言うべきか肝心なところで恥ずかしがり屋な乙女へと変貌を遂げた雨無は未だに先輩をデートへと誘えていなかった。


「何か申し開きはあるか?」


「ない……です……」


 いつもの傍若無人、暴君な態度は何処へやら、進捗を問いただしてみれば雨無はしゅん、と汐らしくして悪態を吐けるほどの元気も残していなかった。


 ────これは相当参ってるな……。


 その様子から察するに本人としても努力はして、行動に移そうとしてみたが最終的にはダメだったのだろう。


「……」


 既に雨無は瀕死寸前。メンタルブレイクでほぼ半泣き……少しでも正論を言って刺激しようものならギャン泣き確定である。普段の毒舌が無いことに違和感を────別にそう言った性癖に目覚めた訳では無いが────覚え一つ溜息を吐く。


「はぁ……まあ、それだけ落ち込んでるってことは雨無も努力したんだろうし僕からは何も言わないよ。それよりもあと三日でどうやって先輩をデートに誘うかだ」


 先輩が放課後の美化委員の仕事を終えて部室にやって来るまで凡そ二十分ほど。恐らくこのまま何もしなけれ第一目標の達成は難しく、大型連休に向けて事前に立てた無数の計画(雨無談)を実現することは難しくなる。


 ────ここまで付き合わされて「はいダメでした」とかこっちも勘弁だ。


 ここまで色々と先輩へと探りを入れて、大型連休の間は特に予定がないことは確認済み。もしかしたら調査した後に予定を入れている可能性もある。


 部活の方はわざわざ休みの日までに活動をするほど熱心でもないので完全にフリーな訳で……これらを踏まえれば雨無の誘いは簡単に受け入れられそうなものだが、彼女はこんな時だけネガティブな思考に陥っていた。


「うぅ……もうきっと先輩は他のアバズレとゴールデンウィークを楽しむ予定ができてるはず……」


「多分そんなことないと思うけどな……」


「分からないじゃない! 先輩はカッコよくて優しいから周りの女は放って置かない! ファンクラブだってあるくらいなんだから!!」


「なにそれ? 初耳なんだけど……」


 まあ確かに、先輩は絵に書いたような文系イケメンであり周りが放って置かないというのも納得はできるが……それにしてもファンクラブまでできる人気具合とは思わなかった。


「なんでも無闇矢鱈と作ればいいってもんじゃないだろうに……」


 因みに、今目の前で半泣きになっている女も当然のようにファンクラブが存在する。創設して僅か一ヶ月にも満たないが、その会員数は男子生徒の凡そ三割が加入してるとの事だ。


 ────ほんと、見た目だけは一丁前にいいからなコイツ……性格は終わってるけど。


 そんな終わってる性格でも努力してるところを間近で見ていればこちらとしては情も湧いてくるわけで。


 実際、情報収集などで協力しお膳立てをした訳だが、結局最後は本人でどうにかしてもらいたかった。というか、今までそのスタンスを今まで貫いてきた訳だが────


「どうしていっつもこうなんだろう……肝心な時には何も出来ないグズでヘタレで……もうやだよ────」


 今にも泣いてしまいそうな雨無を見て考えを改める。


「────誰か、何とかしてよ…………」


「はぁ……今回だけだぞ」


「……え?」


「今回だけ、何とかしてやる。その代わり、少し予定と違う結果でも文句言うなよ?」


「う、うん……」


 俺の唐突な言葉に要領を得ていない雨無。珍しく間抜けな表情の彼女を見て再び溜息を吐く。


 ────まるで何処かの大きな妹みたいだ。


 別に作戦が無い訳ではない。しかしこれを実行するためには便宜上、僕もそのデートとやらについて行く必要があり、雨無と先輩を二人きりの状況にするというひと手間────それを演出する為に無駄に気を使う必要がある。


 それに、どうしてわざわざ休みの日に……言うなれば休日出勤をして雨無の恋のキューピット役をしなければいけないのかと思わないでもない。だが、半泣きで「何とかして」と言われてしまうと無下にもできない。僕だって鬼では無い、あのプライドの高い彼女が誰かに縋り付くくらいならば休日出勤をしてやらんでもない。


「作戦はこうだ────」


 安堵かそれとも何とかなるかもしれない可能性に喜んでか、堪えきれなくなった涙が零れるのを我慢する雨無に僕は説明をする。


「ゴールデンウィークのどこかで、写真部で日帰り合宿をすると言って先輩を外に引きずり出す」


「日帰り……合宿?」


「そうだ」


 呆ける雨無に僕は力強く頷く。


 秘策……なんて呼ぶには少々雑かもしれないが、これほど体裁が保てて便利な理由作りはない。これならば部活と言う体を保って合法的に、なんの後ろめたさもなく和泉先輩を外に連れ出せる。この場合、残念ながら僕と言う邪魔者も着いてくるわけだが、協力者であり提案者の僕がこの合宿に参加しなければ意味がわからない。


 ────それに僕はただ着いて行くだけで、フェードアウトのやりようなどいくらでもある。


 それを自頭の良い朝日は直ぐに理解したのか、その表情には希望の色が浮かび始めた。


「なるほど、それなら確かに自然だわ……こんな時だけは役に立つわね、アンタ……」


 未だ涙目で悪態を吐く雨無。ようやくネガティブモードから復帰し始めていつも通り口が悪くなってきた。


「お褒めに預かり光栄ですよ……」


「───ありがとう」


 だからだろうか、か細く放たれたその言葉に少しばかり僕は反応が遅れた。幻聴か何かだと疑いもしたが目の前の少女は顔を俯かせて何やら羞恥に悶えている。その事実が今の言葉が現実だと教えてくれた。


「……ついに頭がイカれたか?」


「~~~ッ! 私だって普通に感謝くらいするわよ!!」


「お疲れ様〜、遅れてごめんね〜」


 目を剥いて怒鳴り散らかす雨無の声と委員会の仕事を終えた先輩が部屋に入ってきたのは同時のことであった。

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