作戦会議その2
放課後、本日も写真部は活動日である。部活や玄関口、委員会活動などで廊下はたくさんの生徒でごった返している。そんな喧騒に揉まれながら僕も部室棟へと向かっていた。
「先輩は確か美化委員の仕事だっけ……」
昼休みに聞いた話によると和泉先輩は美化委員に入っており、当番制で校舎の各地に設置してある花壇を手入れをしなければならないらしい。その当番が今週いっぱいは続くようですぐには部活には来れないとのこと。
「姉さんも美化委員って話だし……抜かりないな……」
何処かの半べそ天使ちゃんとは大違いである。外堀の埋め方、立ち回り方がとても効率的だ。何処かの半べそ天使ちゃんには見習って欲しいまである。しかし、残念がら件の天使ちゃんは見習うべき対象に首ったけ過ぎて視野狭窄に陥いっている始末……救いようがないね。
「はぁ……」
先輩が委員会活動で部活を途中参加するということは最初の方は雨無と二人きりなると言うことだ。そこら辺の男子が学校の美少女と二人きりになれると聞けば大変羨ましがる状況なのだろうが、どうにも素直に喜べない……というか普通に億劫だ。
「面倒な予感しかしない……」
昨日まで「2人きりは気まづいなぁ」とか「緊張するなぁ」とか初心なことを考えていたが、今となってはなんの感情も湧きはしない。だって天使の化けの皮が剥がれてその中身が悪魔なんだもの……。
「ちわ〜……」
残念ながら無事に部室へと辿り着き、中へと入ればやはりと言うべきか雨無が居た。彼女は大仰に椅子に座ってこちらを睨んでいる。これまた昨日まではそんな視線も苦しいものだったが今は何も感じない。むしろ、同情さえしてしまう。
────友達はいないし、好きな人に猛アタックしても全く気がついて貰えない、更にはその好きな人には想い人がいて敗戦濃厚……コレで同情しない方が無理だろ。
「しかも今日はのっけから機嫌が悪いと来た」
「なによその目、ムカつくわね……」
こちらの哀れむような視線を過敏に感じ取ったのか、雨無はその端正な顔を不機嫌そうに歪める。そのまま彼女は偉そうな態度を覆さずに僕に報告を求めた。
「まあいいわ……それで? 私を差し置いて先輩と二人きりでお昼を食べんたんだからそれなりに収穫はあったんでしょうね?」
────何処の独裁者だよ……。
内心、悪態をつきながら僕は素直に今回の収穫を献上する。
「はぁ……そうだな、まずは何から話したもんか───」
好きな食べ物から始まり、好きなモノ、好きな音楽や最近ハマっている趣味などなど……そんなことを知ってどうするのだという情報まで僕は先輩から聞き出し、それを雨無に報告した。
「なるほど……甘すぎるより結構落ち着いた味が好きで、紅茶より日本茶を好む……」
この時ばかりは雨無も何時もの傍若無人な成りを潜めて、僕の報告を一言一句聞き逃すまいと予め用意していたルーズリーフにメモを取っていた。
流石は入試トップ。勉学優秀な彼女らしく……そして恋する乙女らしい仕草に僕は居た堪れない気持ちになってくる。同情は加速し、報告を聞き終えた彼女はそのまま熟考に入り、こちらに見向きもしない。
────今日の仕事はこれで済んだか?
軽く安堵の溜息を零しながらカメラケースから慎重に一眼レフを取り出す。ようやく今日の活動時間だ。両者の恋愛事情に頭を悩ませ、徹夜で眠たいながらも頭の中はずっとカメラのことで大半を占めていた。
「よし……」
逸る気持ちを何とか押さえ込んでレンズを本体に取り付けて撮影の準備を整える。今日は何を撮ろうかとワクワクしていると、思考の海から帰ってきた雨無は僕に待ったを掛ける。
「ちょっと待ちなさい。なに勝手に終わろうとしてるのよ」
「……何だよ。報告はもうしただろ。まだ何かあるのか?」
暴君からの解放はそう簡単ではないことを無常に悟りつつも、しかしながら囁かな抵抗として何事かと尋ねる。すると彼女は至極真面目な顔で言った。
「作戦会議よ」
「何の?」
「縁先輩をデートに誘う為のよ。失敗は許されない。万が一「無理です」なんて言われた日には全て終わりよ……主に私のメンタルがね。だから確実に約束を取り付ける方法を考えるのよ」
────なんでそんな情けないことを言いながらも自信満々なんだよ……。
言ってることと態度が合っていないし、これまた乙女らしい会議内容だ。
「ゴールデンウィークに先輩をデートに誘うのよ」
「へぇ……」
思えば彼女の言う通り、もうすぐ大型連休───ゴールデンウィークがやって来る。今年は何と大盤振る舞いの六連休で、雨無はこの大型連休のどこかで先輩をデートに誘いたいらしい。
────それはまあ別にいい。
勝手にしてくれと言った感じだし、作戦でもなんでも立ててくれと言った感じなのだが……雨無は何故か僕まで巻き込もうとしてきているし、提示した条件がこれまた難しい。
「ちょっと待て……今とんでもない条件が聞こえてきたんだけど?」
「なに? 無理だって言うの?」
「いや、こればっかりは先輩次第だろ……」
何が難しいって「確実に」と言う部分だ。ちょっと物言いが広すぎるかもしれないがこの世に確実なんてない。流石に六連休もあれば一日位は先輩も雨無に付き合ってくれると思うが……確実と言うにはまだ不確定要素が多すぎる。
────それをこの女はまた暴君の如くふんぞり返りやがって……。
「それも踏まえてどうにかするって言ってるんでしょ? 話聞いてた?」
「……」
残念なものを見下すような雨無の態度に僕の怒りの沸点は無意識に急上昇していく。もうなりふり構わず言いたい放題に思ったことを言ってやろうかと、言葉が途中まで出かけるが既のところでグッと飲み込む。
────もう同じ轍は踏むまいよ……。
「聞いてましたよ……別に普通に「何処か出かけましょう」って誘えばいいんじゃないの?」
取り繕って僕は提案をする。
個人的には変な策を弄せずとも素直にデートに誘えばいいではないかと思う。予定がどうこう、当日は何処へ行こうか、どんな服を着てくのが無難か……なんて、何も分からない今の状況で考えても無駄なだけ、当たって砕けろだ。しかしこの暴君、態度はいっちょ前な癖に本腰のところでヘタレだった。
「はっ。バカ、無能、陰キャ。やっぱり話を聞いてなかったわね? 私がそんな真正面から先輩をデートに誘えるほどつよつよメンタルだと思う?」
「クッソこの女……」
今度こそ我慢の限界が訪れようとする。しかしそれを歯が軋むのを感じながらも食いしばり耐える。この女、煽ってくるわバカにしてくるわで言いたい放題だが、その全てが情けなくてとことんヘタレだ。
「そうだ、あんたが私と先輩のデートをブッキングしなさい。それがいいわ、我ながら完璧ね」
仕舞いにはこれである。ここまで来ると怒りを通り越して関心さえ覚えてきた。
────こんな時ばっかり消極的な恥も恥じらう乙女に戻るなっての……。
「それじゃあ意味無いし、訳わかんないだろ……先輩も普通に困惑ものだ。素直に誘うのが「怖い」って言うのは分からなくもないが、こればっかりは自分の口で誘わなきゃダメだろ」
「うっ……でもぉ……」
妙に気弱な雨無を勇気づける。今までの態度や言動は全て強がり、怖い気持ちを誤魔化すためのカモフラージュなのだろう。
────雨無朝日と言う少女の本質は臆病で怖がりなんだ。
何となくそう思った。
「幸い、まだゴールデンウィークまでは時間がある。それまでに覚悟を決めて、自分で誘ってみろ。こればっかりは僕は協力できん」
「───わかったわよ……」
渋々と言った様子で頷いた雨無に僕は心の内で溜息を吐く。
────実際時間はまだあるし、意外と期限が近づけば踏ん切りがついて誘うだけ誘ってみるだろうさ……。
そう楽観的に考えていた。しかし、そんな自分の考えが甘かったことを僕は後になって思い知ることになる。
雨無朝日は僕が思っていたよりもヘタレなのだと。