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プラマイ・ラブストーリー  作者: 秋田
第一章 暴かれし蛾
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第六話

 この地域でこの時間帯となる出歩く人はほとんどいなくなる、マイナス族の俺にとって静寂は安らぎをもたらしてくれる、だからこうやって夜に出歩くのも嫌いではなかった。


 俺は月明かりで影になる雲を眺めた、日中はあんなに暑かったのに日が落ちると気温がすんと下がり涼しい。これも夏ならではの風情だろう。それはいいのだが、俺の隣を歩く年中プラスに向かう風澄が先ほどから妙に静かなのは是し難い。風澄でさえこの静寂閑雅っぷりに当てられたのだろうか。


 チラッと横目で見ると、風澄は後ろで手を組み、軽い歩調で歩いていた。顔がなまじ良いのでこんな日常風景も絵になる。


 なんとなく釈然とせず悩んでいたその時、俺の足に落ちていた小石が当たった。小石は前方に蹴飛ばされ、道の端の影に消えた。


 まぁいい。それよりどこで打ち明けるか……このままではコンビニに着いてしまう。俺は夜出かける言い訳にコンビニを出しただけ実際行く予定はない、だから自転車を回収しにいくことは風澄は知らない。その事実を告げることがなんとなく恥ずかしく感じ、なかなか言い出せずにいた。


 俺と風澄は赤信号で止まる。車は一台も通らず、左右を見ても自動車のヘッドライトは一つたりとも見られない。それでも俺たちは青になるまで待っていた。


「さて、それではほすみょん。本当はどこにいく気なのかね?」


「……バレてましたか」


 風澄は片目を閉じ、冗談めかして訊いてきた。俺は思わず苦笑いを返してからポケットに手を入れた。これまでの風澄の挙動不審、不審な挙動をしない挙動不審っぷりを考えると、さては家を出る時から疑っていたのだろうか。


「ちなみになんで気づいたんだ」


「そうねー、まずほすみょんが今夜外出するなんてありえないかなと思った」


「……? なんで、別に夜出かけるくらい今までもやってたと思うが。確かに引きこもり体質な俺だが、そこまで外出を拒んだことはないぞ」


「外出というよりコンビニに行くのがあり得ないと思ったかな、だってほすみょんが夜コンビニに行く用事って100%、プペコが突発的に食べたくなった時じゃん? だからあり得ないの」


 人差し指を立てて説明する風澄は得意げだった。対し俺は頭に『?』を浮かべて聞き返す。


「あり得なくないだろ、今日も突発的にプペコを食べたくなったのかもしれない」


「それはない、今日に限って絶対ね」


 あまりにも即答するので俺はジッと風澄に猜疑的な視線を向ける。風澄は肩を窄めて首を傾げると、右上を見て答えた。


「冷蔵庫に余ってるじゃん、片っぽ」


 俺は「あ」と呟いた。そうだった、今日の昼買ったやつが冷蔵庫に残っていた。


「ほすみょんがプペコの存在を忘れるとは思えない、忘れたとしても冷蔵庫を確認せず外出を優先するとも考えられない。だからこのおでかけはコンビニ目的ではないと行き着いたのであーる。どうかねオオカミ少年くん」


 俺は反論の糸口を見つけられず、肩を分かりやすく落として見せることで正解を示した。まぁあっちで勝手に気づいてくれたのなら言い出しやすくて助かるか。すると信号が青になった、俺が歩き出すと風澄も少し後ろでついてくる。


「それと、もう一つ違和感があったね」


「まだあんの」


 歩いていた俺の肩をグイッと引っ張ってきたのでよろけそうになった。眉を顰めて風澄を見る。すると風澄は両手に一本ずつ、二つの棒を持つ仕草をしてみせた。なんのこっちゃと首を傾げていると、風澄は答えを言った。


「ほすみょんが自転車を使わなかったこと」


 俺は眉を下げた。ああそれね……そうだな……。


「そんなの風澄がついてくるって言ったから俺も歩いた以外ないだろ、俺が歩く人がいるのに自転車を使う卑怯者に見えるの――」


「うん」


 即答。


「ほすみょんなら私がいても自転車で行こうとしたね。実際には行かないとしても使おうとする動作や意思は見せたはず。ほすみょんは自己中だから」


「違う、マイナスだからだ」


「そこに自己中は含まれてないのかな」


 風澄は嗜めるように俺の背中を押した。俺はつんのめりそうになったが堪えて、信号を渡り終えた。風澄は暴君だなと言いかけたがやめた、そんなこと言ったらこの軽い小突きが硬めのグーに変わる。


「それで、つまりほすみょんの自転車がどうにかなったのは私の探偵っぷりが炸裂して予測できたわけだけど……実際何があったの?」


 ぴょんとジャンプして信号を渡し終えた風澄が訊いてきた。俺は少し考えてから答える。


「……別に、ただ公園に置き忘れたから取りに行こうとしただけだ、わざわざそれ言ったら絶対突っかかってくるだろ、だから隠してたんだ」


「またまたぁ、ほすみょんは嘘が下手っぴだね」


「……? なんでまた」


 すると風澄は俺の顔を、いや少し右に逸れたところを指差して言った。


「ほすみょんは嘘をつくと耳が赤くなる」


「なっ!」


 俺は咄嗟に耳に触れた。すると風澄はにやーと嘲笑って俺の肩をポンポン叩いた。


「ハハ、ごめんごめん嘘嘘。……そ、そんないい反応してくれるとはっ、あはは」


 この女……涙まで浮かべて笑いやがって。こんな古典的なものに引っかかってしまうなんて俺としても笑い物だ。ひとしきり笑った風澄はヒーヒー言って涙を拭ったあと、改めて言った。


「ううん。……でもほすみょんが隠し事するときに赤くなるのは本当だよ」


「……」


 俺は黙って風澄を見た。


 意地悪い満面の笑みだった。


「嘘!」


「お前本当うざいな」


 静かな街に俺の声が響いた。完全に弄ばれていた。


×××


 今日佐々木と話した公園までやってきた。一つの電灯の光の下、自転車は東屋の隣の停車させた位置に置かれていた。ここに来て思ったが俺は鍵をしていなかった、盗まれなかったのは不幸中の幸いだ。


 俺はサイドスタンドを上げて手で押す。


「さて、それじゃあ行くか」


 長居する用もない、そそくさと出入り口方向へ体を向けた。しかし風澄は「久しぶりだなー」と公園を見渡してからブランコの方に走って行った。俺は呆れつつスタンドを下ろしてそっちに向かう。


「いい大人がブランコなんてみっともないな」


「大人ってのはね、たまには子供に帰りたくなるものなんだよ。……これ一回言ってみたかったんだよね!」


 嬉しそうにしてるところ悪いが、今のは『いい大人』じゃないあんたを皮肉ったんだが……まぁ嬉しそうだからいいか……。


 風澄は座面に座って「ちっさー!」とか言って揺れ始めた。こっちに来たりあっちに行ったり、あっちに行ったりこっちに来たり……おっとパンツが見えてしまった。ヤなものを見た。


 俺はブランコの周りの柵に腰掛けて風澄が満足するのを待つ。キィキィと鎖が軋む音と風澄のはしゃぎ声だけが聞こえる、俺はあくびを漏らした。


「……ふぅ、さて、ではほすみょん。なぜほすみょんは今日ここに自転車を忘れたのでしょう」


「これまた唐突だな……」


 停止した風澄は俺を指差して設問した。俺はジッと見つめられる、未回答を許さないと告げている気がして、一考してから答えた。別に隠す理由もないしな……。


「そうだな、まず話の起点として……俺は今日ここで数奇な出会いをした」


 俺はこの語りの出だしが真っ当なものか定かではなく、薄めで風澄を窺った。目を閉じて口を噤ぎ、存外静聴していた。気を取り直して続ける。


「俺のクラスメイトの()()()()()っていう……まぁ名前はいいか。とにかくその人が」


「それって超美人の子でしょ」


 突然割り込んできた風澄に「知ってたのか」と聞くと、うんと首肯し、ブランコの鎖を掴んでから説明し始めた。


「みつちゃんの名前は大学でも耳にするよ、めちゃくちゃ可愛い子なんだってね。なんでも三大秋田美人高校生、東の原ちゃん、南の結衣ちゃん、西のみつちゃんに数えられんだからね」


「そんなの初めて聞いたけど……」


 北がいないあたりなにか闇を感じる。


「まぁこの東西南北は位置関係を表してないんだけどね!」


 いやじゃあなんでついてんだよ。


「……ううん、ともかく知っているなら話が早い。知っての通り佐々木さんは壮絶にモテる。それはもう壮絶に。なんでも告白のレパートリーを観察することがもっぱら最近の趣味らしい。そのことが要因で俺と関わりを持った」


「へぇ、そりゃすごい。にしてもまるで聞いてきたみたいな語り口だねほすみょん、まさかみつちゃん本人と数奇に出会ったわけじゃないんでしょ?」


 風澄は肩を上げて首を振った。俺は少しムッとして答える。


「そのまさかってやつだ、俺が出会ったのはその佐々木さんだ」


 その瞬間風澄は光の速さで僕の肩を掴んだ。


「あんた犯罪には手を染めるなって言われてるでしょ!? 一体何したの? ストーカー? 覗き? まさか公然猥褻罪なんて」


「――っな訳あるか、俺をなんだと思っているんだ、誤解も甚だしいぞ」


 僕は手を払い除けて不機嫌をあらわにした。風澄は手をもじもじさせ視線を逸らし謝ると、しゃがみ込んで頭を抱えた。


「それはご、ごめん。だけど……信じられない、あのほすみょんが女の子と、しかもみつちゃんと関わりを待つなんて……明日は雪でも降るのかな〜」


「俺の人間関係はそこまで絶望的なのか。とにかく話を聞け」


 こいつ全く反省してないな。まぁ信じられないのは仕方ない、俺だって昨日の俺が「明日佐々木さんと関わりを持つよ」なんて言われても鼻で笑っていただろう。僕はううんと咳払いしてから続ける。


「俺たちは偶然出会ったんだが、どうやら佐々木さんは、後で説明するが、ある悩みを抱えていたらしく、そしてあろうことか俺をその悩みの解決口に任命したんだ。俺としては迷惑この上ない頼み事だよ」


 実際は頼まれすらしなかったけどな。風澄は立ち上がり俺の隣で柵に体重を預けた。


「なるほどね、つまり公然の美人さんが友達や家族には相談できないようなことを、たまたま出会っただけのほすみょんに打ち明けたと……あは、確かな数奇だね。それでその悩みってのはなんだったのかは、聞いていい?」


「そうだな、端的に言えば『男子友達が欲しい』らしい」


「『男子友達』?」


 首を傾げた風澄に首肯して続ける。腕を組んで夜空を仰ぐと電灯が目に入った、蛾やら小さい羽虫が集っていた。


「劇的にモテる佐々木さんは男子友達が欲しいそうだ、けど仲良くなる男子からは悉く告られ結局気まずくなるのがオチらしい」


「なるほど、そりゃまた珍しい悩みだねー」


 風澄は横髪をくるくる弄りながら言った。その目はいつもより細い、風澄も流石に思うところがあるのだろう。僕は視線を落として地面を見た。


「だから俺に、『彼氏役』になってくれと要求してきた、詳しいことは分からないけど俺は何もせず指示に従っていればいいと言われた」


「流石ほすみょん、尻に敷かれてるね」


「いっつもあんたに敷かれてるからな、そういう体質なのかもしれん。……ま、というのが俺と佐々木さんが交わしたやり取りの要約だ。自転車はこの時忘れた」


 風澄はつま先を見つめて呟く。


「ふ〜ん……ほすみょんはどうしたの?」


「勿論断った。マイナス族な俺がプラスな佐々木さんと関わってもマイナスしか生まれない。俺の人生経験から言える」


 俺は即刻返答した。俺は地面を眺めて動かない、なぜだか知らんが風澄の顔を窺うのを恐れていた。それを隠すため前髪に触れて誤魔化していると、風澄は柵から離れ俺に体を向けた。


「だからそんなに落ち込んでんのね、納得した」


 俺は思ってもいなかったことを言われ、眉を寄せて首を傾げた。


「落ち込んでる? 俺が? まさか、俺は俺の信念を貫き通しただけだ、後悔はない」


「いやほすみょんは後悔しているね、それも結構尾を引くタイプの後悔。何年おねぇちゃんやってると思ってるの、あんたの変化くらい分かるわよ。むしろあんたが気づいてなかったの? 私今日気を遣ってあんまり構わなかったのに」


「何一つ変わってなかったよ。……まぁ確かに佐々木さんの頼み事を拒んでいい気はしない。いや本音を言えば俺は佐々木さんのことが頭から離れない。けどそれは一瞬の気の迷いだ。人との対話だからな、相手の期待に応えられなかったら誰でもこんな感情を抱く、人間ならな。……俺は後悔してない、これは罪悪感だ」


「ふんふんなるほど、意識の問題だね。けどそれもほすみょんにとっての話で、みつちゃんから見れば結果は同じことだよ」


 押し黙る俺を見つめて、風澄は腰に手を当て一瞬沈黙すると、改まったように声音を低くした。


「……仕方ない、久しぶりにしっかり『おねいさん』をやりますか……」


「……?」


 俺は突然妙なことを言い出した風澄が気になり顔を上げると、不意にいつになく真剣な瞳とぶつかった。


「マイナス族とかプラス族とか、私はほすみょんのそういう曲解とか穿った考えとかは全部容認してあげる気だよ、家族だからね。けどそろそろ驕り甚だしい自虐癖にも嫌気が刺してきたからね、一個教えてあげるよ」


 風澄は俺の肩を叩いた。


「人間はプラスマイナスで語れるほど簡単じゃない、誰しもその両方の性質を持っているんだよ、だからそんな一言で語れるわけないの。あんたが盲信しているプラス族の私でさえ勿論マイナス要素を持ってる、例えば極度なブラコンとかね。逆も然り、マイナス族の人にも必ず名誉なプラス要素はある。それはあんたもよ、ほすみょん」


「……」


「あんたにもプラス要素はある。あんたは自分をマイナスばかりの人間と思っているようだけどそれは勘違い、あんたにも人に誇れるプラス要素は確かにある」


 俺の口は閉ざされたまま動かない。何も反論が浮かばないということは、有無を言わさぬ力強い言葉に俺は心打たれていたのかもしれない。さりとて俺には俺のプラス要素は分からない、自堕落で自己中なマイナスに、一体どんなプラスがあるというのか。


 俺が目を伏せて悩んでいる姿を見ると、風澄は満足げにふんと鼻を鳴らして笑った。俺はその意を問うように視線を向けると、彼女はステップを踏んで俺から半歩下がった。


「……教えられるのはここまでです! あとは自分で見つけ出してください!」


 いつものいたいけな笑顔に戻り、俺は少し戸惑った。だが同時に安心して、ため息を吐いてから答えた。


「一丁前に『姉貴』やりやがって」


「そりゃあそれが本分だからね! さ、コンビニ行こっか」


 風澄は後ろで手を組むとスカートをヒラヒラさせながら歩き出した。俺のことを一切待たないあたり通常運転の風澄で逆に安心する、急いで自転車を持って風澄の隣に並んだ。


 ……俺のプラス要素か……。その夜いくら考えてもその答えは得られず、そのまま眠りに落ちていた。

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