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プラマイ・ラブストーリー  作者: 秋田
第一章 暴かれし蛾
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第三話

 佐々木は細い唇を半月のように曲げて俺を見つめている。とりあえず佐々木、こんなふうに笑うんだ……なんて感想は置いておくとしよう。俺は手を上げた姿勢のまま彼女の言葉を繰り返し訊いた。


「これからどうにかしてもらうって、どういうことだ?」


「まぁまぁ、そんなとこにいてもらったらもこっちとしても気が悪いし、とりあえずこっち来なよ」


 真剣な俺の顔に相反して佐々木は余裕そうに微笑んで手招いた、その余裕さがかえって俺の不安を煽るのだ。俺は素直に従い塀を越えることにした。やっと土臭いところから解放される。


 バックを先に送り、その後に塀をよじ登る。しかし『どうにかしてもらう』とはなんだろう、俺が『どうにかなる』のは容易に想像できるが、生憎俺の立場では全天候型人間佐々木に対して何もすることができない。強いていえばマイナス方向に働くことくらいだ。こんな俺に何をご所望なのか……。


 塀の向こう側に渡ってから体についた汚れを払った。その間、佐々木は俺の姿を下から凝視していた。足から体、胸、顔と視線をずらして……なんで顔で残念がるんだよ。


「それで佐々木さん、俺にどうしてもらうって?」


 改めて聞き直すと佐々木はうんと首肯してベンチに腰を下ろした。座って話すと言わんばかりに当然としているのだから俺も二人分離れて座ることにした。


「私ね――モテるんだ、壮絶に」


 蝉の声を聞くこと数秒、やけに続きがこないことを疑問に思いチラッと佐々木を見ると、光の灯っていない瞳でまっすぐ目の前を見つめて閉口していた。言葉の真意を読み取れず俺はもう一度聞くことにした。


「え?」


「モテるんだ、壮絶に」


「…………ああ、だな」


 瞳にパッと光が灯ると、佐々木は満足そうに顔を上げて笑う。


 確かに佐々木みつのモテ具合、ひいては人気加減はそんじょそこらのかわい子ちゃんとは比にならない。もっとアイドルとか女優とかモデルとか、そういうレベルでの魅力がある。と言っても本人曰くテレビとか雑誌とか、芸能の仕事には従事したことはないそうだ。まぁ本人から聞いたわけではなく、ただ小耳に挟んだ話なんだが。


「あれは中学校の頃……まだ私が自分の魅力が持つ魔力に気ついてない頃だった」


「魔力て。というかすごい自然に回想に入るんだな、それ長くなりそうか?」


「あれはそう、まだ私が私の持つ生まれながらの宿命に気がついていない、つまり自分の美貌がどれだけ男子を惑わす恐ろしいものかまだ理解してなかった中学校の頃……!」


「早く入れよ」


 グッと拳を握って熱弁を奮う佐々木に俺がつっこむと、唐突に真顔になり語り出した。


「私は友達が沢山います」


「知ってるよ……回想に入るんじゃなかったのか」


「歩澄くんが変に割り込んでくるのでやめました。そんなことより……沢山の友達がいるおかげで困っていることが私にはあります、そしてそれは友達には言えません」


「は、はぁ……? 本当はぼっちが好きとか?」


「それは歩澄くんのことでしょ! ……こほん、それは『モテすぎて困っている』ということです」


 佐々木は俺をジッと睨んで否定してから、楚々とした座り姿に直してから言った。


「う、うわぁ……」


 俺は思わず顔を僻ませてしまった。すっげぇ傲慢……まぁなんとなく分かった、どうにかしてもらうと言うのはつまり()()()()()と、そういうことだ。


「私が悪いのは分かってるんだよ? けど私が劇的に可愛いばっかりに友達になる男の子たちが揃いも揃って告白してくるんだよ!! 居心地のいい男友達ができてもすぐ告白してきてその後気まずくなって二度と話さなくなるんだよ! おかげで告白レパートリーの新種を発見するのがここ最近の趣味だよ!!」


 佐々木は大粒の涙を流して地団駄を踏む。


「傲慢もここまでくると清々しいな。そうだな……『彼氏募集してないんだ』とか言えば身を引くだろ」


 ジタバタ腕を振る様子を横目に、俺が顎にやって思案した。さっさと解放されたかったのでそれっぽいことを言った。


「無駄だよ」


 うわ、急に静かになるな。佐々木は瞳をかっ開いて目の前を凝視した。俺は体を前方に傾けて確認すると、彼女の焦点はあっていなかった。こわ。


「あいつらどれだけ恋愛興味なしアピしても狙ってくるんだよ、寧ろ『自分で恋愛の良さを教えてあげよう☆』みたいなスタンスで躍起になるんだよ。あれはもう()()だよ」


「あ、愛獣……じゃあもう誰かと付き合えばいい、そうすれば少なくともたくさんの人から告白されることはなくなる」


 同時に男友達も作れなくなる気がするがいいか。


「甘いな〜歩澄くん、甘々だ」


 佐々木は心底馬鹿にするように嘲笑し肩を上げた。俺は青筋を浮かべつつ首を傾げて意味を問うた。佐々木は唇を尖らすと、ベンチの縁に手を掛けて背もたれに寄りかかった。


「一人と付き合えば他の人は遠慮しちゃうもんなんだよ。『ああ、みつは〇〇と付き合ってるからあんまりベタベタできないな』とか『みつちゃんは〇〇くんと一緒に帰って! 私たちに遠慮しなくていいから!』とか。世界は恋人優先にできてるんだから」


「へぇ」


 少し気を落とした佐々木に俺はなんと声を掛けるべきか思案につかず、結局くだらない相槌しか打てなかった。いや……そもそも間違っているのは佐々木のほうだ、俺はマイナスなんだから。


「そもそもなんで俺なんだ? 男には言えなくても、同姓の友達に言えばいいんじゃないか。佐々木さんの誰にもでもできない相談の相手に立候補する人なんて引く手数多だろ」


 俺はマイナスで彼女はプラス。このままいけばなんらかの形で佐々木と関わりを持ってしまう、そうなる前に俺がなるべく関わらない方向の道を示してやった。


 俺が視線を反対側に逸らして助言すると、ここで佐々木と初めて沈黙が発生した。佐々木は今まで瞬発力良く答えていたのに、この時に限って返答を詰まらせていた。


 この静寂に何か大きな意味がある気がして、チラッと様子を窺った。その瞬間、佐々木はグイッと俺に寄って顔を近づけた。


「それじゃあ私がモテすぎて困ってるとかいう嫌な女になっちゃうでしょうが!! 歩澄くんばかなの!?」


「そのまんまだろ」


 ……気のせいか。


 佐々木は言い返されうっと口籠もりしゅんと肩を落とした。その姿を見て少し良心は傷んだがそこをグッと堪えた。俺には彼女の苦悩を理解してその解決方法を示してやれるほどの経験も実力もない。俺なんかよりずっとマシな相談相手はごまんといるだろう。


 俺はバックを掴みそそくさ帰宅の準備を始めていた。その時佐々木がボソリと言ってはいけないことを呟いた。


「こんなこと言えるの、歩澄くんだけなのに……」


「…………」


 それを言われて無碍にできる男なんてこの世にいないだろう。


「じゃねまた明日、帰り道気をつけて」


 俺を除いてな。バックを背負い立ち上がる勢いそのままに東屋を出た。


「――ち、ちょっと何帰ろうとしてるの歩澄くん!? なんでそんな早足で歩けるの!? 私が悩んでるんだよ!?」


「いやだって長くなりそうだしっ、あと自分で自分を可愛いっていうの癪に障るし……」


 佐々木は背後から胸あたりに抱きついてきた、振り解こうとするが全然離れない。赤の他人の圧迫感を生まれて初めて感じ、思わずドキッとしてしまった。


「お願い! こんなこと言えるの友達がいなくてバラされる心配がない歩澄くんにしか言えないんだよっ!!」


「最低か、普通に言いふらすぞ」


「――ッ、最低! クズ! 覗き魔! ぼっち!!」


 俺は佐々木をズルズル引っ張ったまま無理やり歩く。佐々木は踏ん張って俺を止めようとする、くそ流石にこれで家に帰るのはやばい捕まる。さっきから遊具で遊ぶ幼児たちに見られてて恥ずかしいし。


 俺は諦めて力を緩めた、すると佐々木も力を緩めてくれた。俺はグッと拳を握ってから振り返り、言い放った。


「悪いけど佐々木さんの相談にはもう乗ったんだし帰らせてもらうぞ! 相談相手に不足ありだ! 俺にそんなレベルの高い相談乗れる技術あるわけないだろ! まともな恋愛だってしたことないのに!」


 こんな昂然と主張することではないことを言い終えてから気がついた。俺は逸らした胸を気恥ずかしく戻してううんと咳払いした。妙な沈黙が続いたので俺は内心慄きつつチラッと佐々木を見た。


「相談?」


 佐々木は意外なところで首を傾げていた。俺は眉を顰めつつ言う。


「相談だよ、さっきからずっと話してるだろ。まぁ相談と言うには俺の相槌が少なかったがな、気晴らしとか鬱憤晴らしみたいなカタルシスを得られただろ。……とにかく話は聞くだけ聞いたんだから解放してくれてもいいんじゃないか。むしろそれ以上を望むのはそれこそ本物の傲慢というやつで――」


「ま、待ってよ歩澄くん。もし歩澄くんが『どうにかしてもらう』のことを相談と考えてるならそれは間違いだよ」


「は?」


 慌てて訂正する姿は冗談を言っているようには見えない。俺は言葉にせず肩を上げて「じゃあその意はなんだったんだ」と訊く。佐々木はきょとんと固まった後、口を開いた。


「ずっと話してたじゃん。だから私の()()()になってよ」


「…………」


 その時夏風が吹いて佐々木の髪を靡かせた。青みがかった黒髪は一本一本が光を浴びて輝いている。俺はその美しい光景に佐々木の気持ちを憚らず恍然と見惚れてしまっ……いた、いたたっ!? 目に砂が入った!


「ほ、歩澄くん……」


 前から呆れたような呼び声が聞こえたが俺は目を抑えて砂を取ることに精一杯だった。流石悪運の日。


 いや待て? 今何を言われた? 枯れ草食う? ああなるほど、佐々木さんは草食に憧れていたのか――。


「もう、大丈夫歩澄くん、私の彼氏役になるのにこんなことで世話焼かせないでよ〜。ほら見せて」


 その時佐々木が俺の顔を無理やり引き上げてきた、俺はそのまんまるの瞳に見つめられて動けなくなってしまった。どうしようもない衝撃が俺の神経伝達を遅らせていた。


 そうだ、俺は今確かに、学園のマドンナ佐々木みつに彼氏役に抜擢されたのだ。

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