クリスマスプレゼントにヘルメットをもらった
道路交通法第63条の11により、自転車に乗るときはヘルメットの着用が努力義務とされている。それは知っている。重要だということは理解している。それでも。
「クリスマスプレゼントがヘルメットっていうのは、なんか違くない!?」
付き合い始めてから初のクリスマス。私は彼氏と喧嘩をした。楽しくデートをした後、別れ際に交換したプレゼントが原因だ。次の日、友達の杏奈の家に押しかけた私は愚痴っていた。
「……彼氏のいない私に言われても」
「えー、でもプレゼントにヘルメットだよ?」
「別にいいんじゃない? 結羽、自転車使うでしょう? 使えばいいじゃん」
マンガを片手に持つ杏奈は、話半分にしか聞いていなさそう。それでも、私はめげずに口を開いた。
「使うけど、そうじゃなくて。初めてのクリスマスだよ! なんか、こうあるじゃん」
「例えば?」
「ネックレスとか。ブレスレットとか。指輪とか。他に候補はあるじゃん!」
私がそう言うと、ようやく興味が出てきたのか、杏奈がマンガを置いてこちらを向いた。
「まあ、確かにその辺がよく聞くかもね。そもそも、クリスマス前に話し合わなかったの?」
「話したよ」
「え?」
そう言うと、杏奈は不思議そうな声を上げた。うん。私も不思議。だからこそ愚痴っているのだ。
「じゃあ、なんでそんな事態に? 何がほしいって言ったの?」
「私は『いつも身につけられる物』が良いって言ったの」
それなのに、ヘルメットを渡すというのは、あまりにも斜め上過ぎる。しかし、杏奈は首を傾げながら言う。
「身につけられるじゃん」
「いつもじゃないじゃん! だって普段使うのは自転車乗るときくらいでしょ!」
「確かに私はそれくらいしか使わないけど」
「私もだよ!」
私は別に普段からヘルメットをかぶっている人ではないのだ。使うとしたら自転車に乗るときか、災害の時くらいだろう。『いつも』要素はどこのいったのか。
しかも、驚くポイントはそれだけじゃないのだ。
「しかも、オーダーメイドなんだよ⁉」
「すごい力のいれようだね。ヘルメットのオーダーメイドなんてあるんだ」
「ね! 私もびっくりだよ!」
オーダーメイドのがあるのも、わざわざそれを頼むというのも驚いた。
しばらく杏奈は笑っていた。他人事だと思って。私がこんなに怒っているというのに。
急に思いついたように杏奈が口を開く。
「でも、最近のヘルメットって、帽子みたいなタイプも多いじゃん。おしゃれになってきてるよね」
「うん、私もそういうのもらった」
「それならいいじゃん。ありがたく使えば?」
「使うけど! なんでそこまでヘルメットに思い入れがあるのか全く分かんない!」
なぜわざわざクリスマスにヘルメットなのか。喧嘩したときには言っていなかった気がする。多分。私は怒っていたから覚えていないけど。
「じゃあ、電話で聞いてみたら?」
「確かに!」
杏奈に言われ、スマートフォンを取り出す。メッセージアプリの一番上に固定してある裕介の通話ボタンを押す。
コール音が2回ほどで、裕介の声が聞こえてきた。
『もしもし』
「ねえ、なんでヘルメットをくれたの?」
『道路交通法で……』
ブチッと電話を切った。
「もう! 道路交通法って言い出したんだけど!」
「じゃあ身近な人に法律を守ってほしいっていうタイプじゃない?」
「守るけど! そうじゃなくて! 身につけられる物がほしいと言ったのは、身につける度に思い出したいからなのに! ヘルメットだとネックレスだけよりもつける時間が短くなるじゃん!」
私がそう言うと、杏奈はため息をついた。
「もうそれを伝えてさっさと仲直りをしな」
◆
結羽に電話を切られてしまった。何も説明していないのに。仕方がないから部屋へと戻る。
「あれ、裕介。電話は終わったのか?」
部屋に戻ると、遊びに来ている友人の柊がすぐに声をかけてきた。
「なんか切られた」
「へえ。昨日、クリスマスだっただろう? 喧嘩でもしたのか?」
俺は頷きながら、昨日のことを思い出す。
「うん。プレゼントを嫌がられた」
「へえ。何を渡したんだ?」
「ヘルメット」
柊が俺の方を見る。なんだ、その変な物を見るような目は。
「……お前、それは嫌がる人もいるだろう? しかも、付き合ってから初のクリスマスだろう?」
「え、嫌か? サイズを測ってオーダーメイドまでしたのに」
「え? オーダーメイド? え? いや、まあ、それは今はいい。なんであげたんだ?」
そんなドン引きした声を出さなくても。変なことをしたつもりはないのに。なんでそんな反応をされるのか分からないが、理由を説明したら納得してくれるだろう。
「結羽とずっと一緒にいたいから」
「お前、ずっと一緒にいたいって……。それを言えばいいだろ。事故に気をつけて長生きしてほしいからって」
「あ、そっちもあるけど、それだけじゃない」
「はあ?」
もちろん、事故に巻き込まれても助かる確率を上げるためという気持ちはある。しかし、それだけではない。
「道路交通法で努力義務となったから、仮に結羽と別れたとしても俺が渡したヘルメットを使うだろう? ずっと結羽の日常の中にいられる。仮に結羽がヘルメットを使わなかったとしても、ヘルメットを見れば俺を思い出す」
俺がそう言うと、柊が残念なものを見る目で、ため息をついた。
「お前、面倒だな」
「え、みんな思うことじゃないか?」
「みんな思うなら街中の人が自転車乗るときにヘルメットかぶっているだろうな。そもそも、別れたら元彼のヘルメットは捨てるんじゃないか? 新しいの買うだろ」
「……!」
「なんで『確かに』っていう顔をしているんだよ。最初に気がつけよ」
そうか。別れたら、捨てられてしまうか。
またため息をついた柊が口を開く。
「まあ、ヘルメットを見たらお前を思い出すというのは成功するんじゃないか? 喧嘩するくらい相手も気にしているんだしな。ただ、その気持ちを伝えたらもっと怒られそうだが」
「なんで?」
「別れる前提だろう?」
「たし、かに」
柊の方が結羽の気持ちを分かっているというのは少し気にいらないが、気がつけなかった俺が悪いだろう。
「……結羽のところに行ってくる」
「おー。じゃあ、俺も帰るわ」
結羽にどこにいるかとメッセージを送り、俺は家を飛び出した。
「ヘルメット 帽子型」で検索をしたら、お洒落なヘルメットがでてきます。裕介がプレゼントしたのはそのようなものです。