全ての始まり
森の中に開かれた、既に朽ち果てた遺跡。
その中心に聳える黒いモノリス。
灰の少女がそれを見上げていた。
モノリスは既に胎動をやめ、動く気配はない。そこから放たれていた禍々しい魔力も消えた。
オラスという男が持っていた鍵が失われたことで、それがもう動くことはない。ここはもう、古き世界との接点を失った。
アシェンはその様子を満足気に眺めていた。
その細く小さな身体には包帯が巻かれており、痛々しい戦いの後を思わせる。
それでも彼女は勝利した。
かつてもそうであったように、小さな勝利だ。
だがそれは、これから始まる大いなる旅路にとっての大きな一歩でもある。
灰の少女の背後に、もう一人少女が立つ。
「アシェン」
名を呼ばれ、アシェンが振り返る。
開かれたその地に、集う者達の姿があった。
エルフに獣人、ドワーフ、そしてほんの僅かな人間。
先頭にはそれぞれイルニカ、ラズル、ガルド、そしてカイ。
彼等とは別の場所でアシェンに尊敬の眼差しを送る、フーヤオ。
「酔狂な連中だ」
笑いながらアシェンが呟く。
戦いの後、彼等はアシェンへの帰順を申し出た。
命を救われたこと、そして改めて古き世界への恐怖を知ったことによるものだろうが、アシェンはそれに対して詳しくは聞いていない。
「アシェン、凄いね。わたし、アシェンと出会えてよかった」
エリンが隣でそんなことをいう。
「何を馬鹿なことを」
そんな彼女の頭を軽く突いた。エリンはその言葉の意味がわからないようで、首を傾げいている。
帝国を倒すのには、この数ではまだ足りない。
ましてや未だ軍団を組織することも、それらを運用することも敵わないような集まりでしかないのだ。
「これはまだ始まりに過ぎぬ」
かつてがそうであったように。
ここから全てが始まった。
一度の小さな勝利が希望を生む。
生み出された希望が、新たなる仲間を呼ぶ。
そうやっていつか『魔王』と呼ばれたその人物は、世界そのものの禁忌にすらなって見せたのだった。
「貴様等はここで待機しろ。いずれ必要になればその力を借りることもある」
そう号令する。
「その間の舵取りは貴様達三人に任せる。できるな?」
イルニカ、ラズル、ガルドは同時に頷いた。
「奴等の力は強大だ。まだ足りぬものが幾らでもある。私はそれを探しに行く。エリン、カイ。供をしろ」
エリンもカイも、頷くまでもない。二人とも元よりそのつもりだった。
その中で、不安げな目でアシェンを見る者が二人。
リーゼルとフーヤオだった。
「貴様達もだ。エリンは妖精の末裔、これからの戦いで鍵となる。護衛と教育は任せたぞ」
二人は嬉しそうにそれを了承した。
かつて古き者達をこの世界から追い払えたのは、妖精族の力によるところが大きい。
今彼等が何処で何をしているかがわからない以上、エリンの力に頼るしかないかも知れなかった。
アシェンは名前を読んだ者達を連れて、彼等の間を歩いていく。
見送りの視線に対して何も返すことはない。ただ、仲間であればそれで充分だろう。
「ここからだ。ここから全てが始まる」
そういって空を見上げる。
この場にいない誰かを、全ての始まりとなった人物に想いを馳せるように。
「貴様の望んだ世界は私が叶えてやる」
灰色の少女は願い、灰の魔王が顕現した。
そして今、この戦いをきっかけに歴史が大きく動き出そうとしている。
歴史書では詳しく語られることはない。
しかし、様々な種族の民間伝承に語られる一人の人物。
灰の魔王と呼ばれた彼の、長い戦いが始まろうとしていた。




