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灰の魔王と白い炎

「な、何故だ……!」


 男が上擦った声をあげて、その場に立ち尽くす。

 灰色の髪に、金色の瞳。

 少女の身体からは大量の血が流れ、今も地面にぽたぽたと垂れ続けている。

 それでも、灰の少女が倒れることはない。圧倒的な威圧感を持って、その場に立ち続けていた。

 対する破れた貴族服をまとった男は、その肉体は明らかに異形と化している。

 魔族の首に、不自然なまでに肥大化した腕や足。腐った肉のようなもので構成された、崩れても再生する肉体。

 魔族の肉体を、古き世界の力で強化した肉体がそれだった。圧倒的な力を持ち、この世界を蹂躙できる異形の怪物。

 そうなってなお、目の前の少女を見て男は恐れる。


「貴様は、明星の矢で……」

「あの程度の攻撃で私を倒せると? 見くびられたものだな。……もっとも、こいつがいなければ危なかったが」


 胸の辺りに手で触れる。

 アシェンの中に残った灰色の少女の魂が、それに呼応するように熱を持ったような気がした。


「おのれ、おのれええぇぇぇぇ! だが、最早貴様など私の敵ではない! 私は力を手に入れたのだ!」


 男が勢いをつけて飛び掛かる。

 アシェンの目の前まで一気に距離を詰めると、その豪腕を振るった。

 だが、それの腕がアシェンの身体に到達するよりも早く、手に生み出された炎の剣がその腕を切断する。


「ぎいいやあああぁぁぁぁぁぁ!」


 男は悲鳴を上げてその場から距離を取ろうとするが、その腹に炎を纏った拳がめり込んだ。


「ぐぶっ……!」


 男の身体が折れ曲がる。

 直後に放たれた飛び蹴りによって、男の身身体は木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいった。


「化け物ぉ!」


 そういいながら、男の腕が再生していく。

 先程の蹴りで折れ飛んだ魔族の角も同じように、元に姿に戻りつつあった。


「だが、私は負けぬ! 私は全てを捨ててこの力を手に入れたのだ!」


 男が咆哮する。

 目が怪しく輝き、巨大な闇の波動が放たれる。


「エリン、怖くはないな?」


 一瞬、エリンの方を見ると彼女は頷いていた。


「それでいい。リーゼル、巻き込まれないようにそこで大人しくしていろ。フーヤオ、どうやら待たせすぎたな。見事な働きだ」


 一言ずつ言葉を掛けて、敵へと向き合う。

 こちらに伸びてくる闇の波動を、炎を纏った腕の一振りが薙ぎ払った。


「なっ……!」


 驚愕する男に対して、今度はアシェンが距離を詰めていく。

 一瞬にして間合いに入られた男は、恐怖にあまり無差別に腕を振り回すがそれがあたることはない。


「借り物の力でいい気になりすぎたな」

「なにを!」


 炎の剣が両腕を両断。

 地面に落ちた彼の肉体は、腐って溶けるように染みこんで消えていく。

 そしてそのまま大地へと侵蝕していくのがアシェンには見えていた。


「厄介だな」

「そうだ! それこそが古き世界の力! 貴様がどれだけ抵抗しようとも……!」


 男の両腕が再び生えていく。

 傷も瞬く間に癒え、辺りに古き世界の魔力が満ちていった。


「時間の問題だ。私を消すことはできぬ、我等の世界を壊すことなどできぬ! 所詮は無駄な抵抗なの……」


 男の言葉は途中で途切れた。

 白い光が閃く。

 先程までの赤い炎とは違う。

 白く輝く炎の剣が、アシェンの手には握られていた。


「ぐおおおおぉぉぉぉぉ!」


 男の顔が苦痛に歪む。

 斬り飛ばされた腕が、今度は地面に落ちることもなく空中で白い炎に包まれて消滅していった。


「なん、だ……その力は……!」


 残った片方の腕を男が振るうが、それは空を切る。

 伸びきったところを返す刃が襲い、男は両腕を失う。

 咆哮と共に放たれた闇の波動も、白い炎の剣の一振りの前には何の意味もなく、まるで吹き散らされるかのように霧散してく。


「貴様は、貴様はぁ!」

「いい加減に口を慎め」

「なっ……」


 アシェンのその一言で、男は言葉を発することができなかった。

 両腕を失ってバランスを崩したのか、後退しようとしてその場に尻餅をついて灰の少女を見上げる。


「古き力に憑りつかれ己を見失った愚かな魔族め。貴様の他にも魔族は人間の帝国に紛れ込んでいるのだろう?」

「ひっ……」


 白き剣を突きつけられ、男の喉から悲鳴のような声が漏れる。何度も両腕を再生させようとしているようだが、全くそれができる気配はない。


「無駄だ。白き炎は古き力を浄化し、存在ごと焼き切る。私の質問に答えろ」

「ま、魔族は……帝国の中枢に……魔族だけではない……」

「魔族だけではないだと? 神族か?」

「し、知らない……! そういう噂を聞いたというだけだ……!」

「では魔族の目的はなんだ? 古き力か?」

「わ、私は……そうだ……。だが他の奴等は知らない……!」

「……そうか。くだらんことをする。魔族が一番にそんな不始末をしでかすとは」

「き、貴様は……何者だ……? 何者なのだ……?」


 男が震える声で尋ねる。

 それは自分を負かした相手の名を知っておきたいという、魔族として最後に残った誇りだったのかも知れない。

 アシェンはそんな彼を冷たい目で一瞥する。


「まだ気付かんか、馬鹿め」


 男の視線がアシェンを見る。

 灰色の髪に金色の瞳をした少女。

 外身からは全く想像もできなかった存在が、男の脳裏に過ぎる。


「ま、さか……魔王、様……?」


 目を見開き零れた男の言葉に、アシェンは何も反応を返さない。それでも、最早そうとしか考えられないと彼の中で結論に至ったのだろう。


「魔王様……! まさか生きて……! お願いです、私を、私を軍団の末席に加えてください! 同じ魔族なのですから!」

「貴様、名は?」

「オラスと申します! 私が手に入れた領地を魔王様に献上いたしましょう! そこで働く人間共も、似るなり焼くなり魔王様の望みのままに……! いずれ帝国をも打ち倒し、魔王様の国を……!」

「すまぬな、オラス」


 最後にその名を読んだのは、アシェンの慈悲だ。

 同じ魔族であるから、そしてアシェンが眠りについていなければ彼にも違った未来があったかも知れないという可能性に対しての。

 古き世界の力に堕ちたものを、生かしておくわけにはいかない。

 彼が生きているだけでこの世界は侵蝕され、次第に滅びた世界と同じように変わっていってしまうのだ。


「魔王、様……?」


 オラスに何の目的があったのか、どういった志があったのかはアシェンの知るところではない。

 だが、その力を一度手にしてしまった以上、最早この世界の生命と共存することは不可能だ。


「貴様の名は覚えておこう」


 白い炎の剣が振るわれる。

 悲鳴を上げる間もなく、オラスの首と胴が切断された。

 力を失い、糸が切れたように地面に落ちたその肉体を白い炎が焼き尽くし浄化していく。

 その中で彼が持っていた門の鍵も消失し、エリンが抑えていたモノリスの共鳴も鳴りやんでいた。

 それを見届けて、アシェンは白い炎の剣を手の中から消し去る。


「アシェン。貴様の願いは叶った。護り通してやったぞ。……少し休ませろ」


 最後にそういって、アシェンの身体がその場に倒れた。

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