オラスという男
ジェレミーの父であるオラスは、僅かな護衛だけをつけて森の中を進んでいる。
そして空で煌めいた一筋の光を見て、ニヤリとほくそ笑んだ。
「無事に発動したか」
「オラス様?」
「なんでもない。進め」
前を歩く護衛にそう命じると、彼は特にそれ以上何も言わず目的地へと先導していく。
ジェレミーや他の兵士達から話を聞いて、まさかと思っていた。
ありえない可能性ではあるが、決して絶対にないという話ではない。
少なくとも、何らかの力あるものがあの奴隷地区で誕生したのは事実だろうと、オラスは考えていた。
そうでなければウァラクまで引き連れたジェミーが奴隷達を取り逃がすはずもないと。
だから先手を打つことにした。
この戦いにおいて、ジェレミーもウァラクも単なる囮に過ぎない。灰の髪を持つ少女をその場に釘付けにすれば、後は帝国より持ち出した兵器である『天の矢』が全てを解決してくれる。
「とんだ勘違いをしているものだ」
オラスの独り言に、今度は誰も反応しなかった。
帝国の力は、純粋な兵力だけではない。
今やもっと大きな存在によって率いられ、彼等がもたらしたありとあらゆる力がそこに集結しているのだ。
魔族も、天界からの力も操ることができる。それこそが帝国がこの大陸に覇を唱えようとしている最大の原動力だ。
当然その中には、古き力と呼ばれる失われた世界の技術も含まれている。
帝国は既にその扉を二つ開けることに成功している。ジェレミーに預けた兵士も、それによって生み出されたものだ。
だが、まだ足りない。扉一つから引き出せるものには限りがある。
もっと力が必要だった。古き世界とこちらの世界を完璧に繋げる必要がある。
そのために必要な鍵は手の中にあり、門はこの先にある。
オラスの手の中で光るのは、掌に収まる程度の大きさの石でできた長方形の板。
それこそが門の鍵であり、そこに描かれた文様が赤く輝き、門が近いことを教えてくれる。
「オラス様、恐らくこの先が……」
「……ああ、わかっている」
兵士に言われるまでもない。
オラスもまた、その力を身体に取り込んでいる。
魔力の共鳴により、それがすぐ近くにあることは伝わっていた。
木々の奥、開けた場所に聳えるモノリス。
崩れた廃墟の中心に立つそれが、オラスにはあまりにも神々しく見えていた。
「なるほど。ここまで近づいても強い波動を感じなかったのは貴様達が原因か」
先に兵士達が、数歩遅れてオラスが遺跡の中へと入っていく。
女が三人、一人はモノリスに手を翳して懸命にそれが開くのを押し留めている。
本来であれば、オラスが近付いた時点で門からは古き力を持つ者達が現れていてもおかしくはなかった。
あの少女が、恐らくはジェレミーが気にしていた妖精の血を引く娘がそれを妨害していたようだった。
「オラス様、如何いたしましょう?」
「殺せ」
迷い一つないオラスの答えに、戸惑ったのは護衛の兵士だった。
「で、ですが女子供を……ぐ、おっ……!」
彼が答えを最後までいうことはなかった。
オラスが一瞥し魔力を放っただけで、彼の心臓は不可視の力で握り潰される。
「もう一度だけ言うぞ、殺せ」
残った兵士達はもう、逆らうことはできなかった。
オラスに言われるままに剣を抜き、少女達へと向かっていく。
オラスも先程兵士にしたように、魔力を込めた一瞥を放つが、前に飛び出してきた銀髪の獣人がそれを手に持った何かで相殺した。
「……ほう。では、兵士共の手に余るか」
オラスの言葉は正しかった。
その魔導師と思しき獣人は、瞬く間に兵士を全て片付けてしまう。
「役立たず共め。息子といい、人間というのは本当に数しか能がない」
冷酷な言葉を吐いて、オラスは前に進む。
兵士達を一瞬で片付けた銀髪の獣人など全く意に介すこともなく。
目的である門、そしてそれを止める妖精の血族を殺すために。




