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決着

 戦場に吹き荒れた熱風に、ウァラクは我慢できず笑みを零した。

 目の前には無謀にも挑んできた戦士達が倒れ伏している。

 人間の少年、ドワーフの戦士、獣人の長と妙に筋肉質なエルフ。

 それら全てを相手にしても、ウァラクにとっては時間稼ぎにしかならない相手だった。

 激しい戦いの余波で薙ぎ倒された木々。

 その中央に立って、ウァラクは彼等を見下ろしている。

 そこに嘲りの感情はない、同情もない。


「見事だ」


 一言、彼等に対して賞賛の言葉を贈る。

 戦況を見れば、既に帝国の敗北は喫したといっても過言ではない。

 初手の奇襲からの彼等の動きは見事だった。

 浮足立った帝国は一気に崩され、数で劣る奴等に付け入る隙を与えてしまった。指揮官であるジェレミーも、彼が連れていた得体の知れない鎧の兵士も全て灰の少女によって焼き尽くされた。

 少なくともここにやってきた部隊に関しては壊滅したといっても過言ではない。

 唯一状況を覆せる力を持っていたウァラクを、彼等は必至で押し留めた。そしてそれは成功した。

 敗北したというのにウァラクの顔に悲壮感はない。

 元々そういったことを気にする質ではない、というのが大きいだろう。戦を続けていれば、敗北することも多々ある。

 だが、今は何よりも心躍る相手が目の前にいる。


「待ってたぜ」

「……やはり、貴様の相手はこいつらでは荷が重かったか」


 腕を組み、憮然とした表情で灰の少女が立ちふさがる。


「そういってやるなよ……」


 彼等はよく戦った方だ。

 ウァラクとしても、充分に戦士として認めるだけの働きをした。

 そういいかけたとき、アシェンの表情が変わる。

 慈しむような顔で、倒れている戦士達を見ていた。


「よくやったな」


 その言葉が彼等にとって、どれだけの喜びがあっただろうか。


「後は私に任せろ」


 そして今の一言が、彼等にとってどれほど心強いものだっただろうか。

 ほんの少しだけ彼等を羨ましいと思う。

 そしてそう思わせる目の前の少女が、あまりにも危険な存在だった。


「始める前に一つ、話がある」

「なんだよ?」


 大剣を構えようとしたところでそういわれて、少しだけ拍子抜けした。

 まさか命乞いなどをするつもりはないだろうが。


「私は、魔王だ。かつて貴様が挑み、破れた存在。……すまんな、長い年月で忘れていた」

「……今更そんなことで怒りはしねえがよ。だからどうした?」

「私に仕えるつもりはないか? 貴様を殺すのは惜しい」

「……へっ……悪くねえ話だ」


 ウァラクの居場所は、戦えさえすれば何処でもいい。

 この大陸で最強の帝国にいれば戦には事欠かない。裏を返せば、帝国と戦っても同じことだ。

 今ウァラクが帝国に所属しているのは、そういう縁があったからに過ぎない。


「だが、その話は後だな。俺は今、あんたと戦いたい。全力でな」

「……まぁ、そうか。そういう奴だったな、貴様は」

「思い出してくれたかい?」

「少しはな」

「……じゃあ、もっと思い出してくれよ!」


 ウァラクが踏み込む。

 構えた大剣を何の容赦もなく、目の前に少女に叩きつけた。

 轟音が辺りに響き、大気が震える。

 少女は手に持った赤い剣を片手で構え、ウァラクの一撃を受け止めていた。

 そのぶつかり合いだけで発生した余波が、辺りの木々を揺らし、戦場でまだ戦っている者達は何事かと二人に目を奪われた。

 それほどまでのぶつかり合いだった。

 かつて魔と呼ばれ、今は人として生きる二人は、それでも有り余るほどの力をお互いに叩きつける。

 一撃が交差するたびに世界が震える。

 そう錯覚してしまうほどの衝撃が、一手を誤れば互いにそのまま命ごと狩りとられるほどの緊張が、ウァラクの心を躍らせていく。


「やっぱり強敵との戦いは最高だ! あんたもそう思うだろ!」

「さて、どうだかな」


 灰の少女はあくまでも不敵な態度を崩すことはない。

 責めるウァラクの斬撃を、炎の剣を使って器用に捌いていく。

 そんなことができる戦士を、ウァラクは知らない。

 転生した魔族は、例え人間の肉体を持っていようとその本質は全くの別物だ。

 魂に保存された有り余る魔力が、成長と共にその肉体も精神も変質させていく。

 大抵の場合は暴走するが、ウァラクはそれを見事に制御した。全ての肉体の強度、そして闘争本能へと昇華することによって。


「はははははっ! 本当に楽しいぜ! 帝国についてからずっと、こんなに楽しい戦に巡り合ったことはない!」

「だとしたら何故、帝国に与する?」

「生憎と思想ってもんがないもんでな! 戦えりゃ何処でもいんだ、俺は!」


 ウァラクの猛攻を、少女は息も乱さず受け止める。

 目の前の少女と自分には、どれだけの力の差があるのだろうか。

 全身全霊を込めた一撃すらも、少女が緩く構えたその剣を突破することができない。

 やはり、本物だ。

 目の前の灰の少女――いや、灰の魔王は本物の魔王ソルだ。


「さて、遊びはもういいだろう」

「言ってくれる!」

「これは敬意だ。千年ぶりだが、貴様と剣を交えるのは思いのほか楽しい」


 灰の魔王が動く。

 たった一太刀だった。

 ウァラクは大剣を構えて、それを防ごうとする。

 無意味だった。

 大剣は彼の持つ炎の剣に断ち切られ、刀身の真ん中から溶断された。


「な、に……?」


 次の瞬間、胸に凄まじい痛みと熱が走る。

 大剣ごと、ウァラクの身体にその刃が届いていた。


「ぐっ……おおおおお!」


 痛みからではない。

 ウァラクは大声をあげる。

 己を鼓舞するために、目の前に現れた最強の敵ともっと戦うために。


「大したものだ」


 感心するような声。

 それすらも今のウァラクにとっては己を奮い立たせるために挑発にしか聞こえなかった。


「まだだあぁぁぁぁぁ!」


 この戦いを終わりにしたくはない。これほどの相手と打ち合えるのなら、このまま殺されても不足はない。

 諦めることを知らない魔の獣は、奮い立ち折れた剣を振り回し再び魔王に挑みかかった。


「貴様のような馬鹿は嫌いではないぞ」


 腹に少女の拳がめり込む。

 ゼロ距離で放たれた風の魔法が、ウァラクの巨体を吹き飛ばした。

 何本もの木々を薙ぎ倒し、ウァラクの身体は森の奥深くにまで吹き飛んでいく。

 仰向けに倒れた目の前に、一瞬で灰の少女が現れる。


「降参は?」

「しねえよ」

「そうか」


 灰の少女はそれきり何も言わない。

 手に持った炎の剣を振り上げ、ウァラクの心臓目掛けて突き立てようとする。

 炎の熱が皮膚を焼き貫こうとするその刹那。

 ウァラクは上空に輝く何かを見た。


「避けろ!」


 思わず叫ぶ。

 だが、既にときは遅い。

 空から降り注いだ一条の矢が、少女の身体を貫いていた。

 目の前に鮮血が飛び散り、少女が膝をつく。

 白熱した二人の戦いはあまりにも呆気なく、第三者の悪意によって決着してしまうのだった。


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