決意したってことだ
「よう、生きてたか坊主」
フーヤオの術とアシェンの奇襲によって得られた混乱の時間は、決して長くはなかった。
相手はすぐに体勢を立て直して、反撃に出る。押し込んだドワーフ達は次第に押し返され、戦線が後退していく。
そんな中、先方として相手に一撃を浴びせたカイの前に一人の男が立ちはだかった。
炎のように逆立つ赤い髪。
見上げるほどの長身に、手に持つのは一撃で人間を両断できるほどの大剣。
「ウァラク……!」
父の仇の名を呼ぶ。
心臓の鼓動が跳ね、目の前の敵との交戦を本能が避けようとする。
カイにとって絶対だった、間違いなく強者であった父を一撃のもとに葬り去った仇敵。その力は、今のカイが及ぶところではないと、頭でも本能でも理解していた。
「本当はもっと時間が経ってから戦いたかったよ、俺は。ここで殺すには惜しいが……」
眼光がカイを射貫く。言葉とは裏腹に、ウァラクの口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。
「一度は助かった命だ。ここで俺の前に立つのは、運命だよな?」
ウァラクが大剣を構える。
カイは逃げ出そうとする己の心を叱咤した。
自分より強い相手を知った、カイにとって信頼していた父は絶対ではなくなった。
あまりにも弱く、カイにできることは少なすぎるという現実を思い知った。
だが、それでも。
少年は逃げない。
剣を両手で構えなおす。
精一杯の闘争心を込めて、ウァラクの眼光に真っ向から視線をぶつける。
「へっ」
今度は先程よりも嬉しそうに、ウァラクが笑った。
「結構じゃねえか!」
ドン、と。
凄まじい踏み込みがあった。
ウァラクが一歩強く足を踏み鳴らしただけで、大地が揺らいだかと錯覚するほどの大気が震える。
そして、気付けば目の前に振りかぶられた大剣があった。
「くっ!」
打ち合わない。
身を捻って避ける。
カイがいた場所を大剣が通り過ぎ、その風圧だけで辺りの草木が大きな音を立てて揺れた。
カイは背の高い草の中に紛れ込み、次なる一撃から身を隠す。
「かくれんぼでもするつもりかい?」
横薙ぎの大剣が、カイが隠れていた草木をまとめて薙ぎ払った。
だが、そこに少年の姿はない。
いち早くそこから移動し、ウァラクと距離を詰めていた。
「ほう……!」
鈍い音が辺りに響く。
カイの振るった剣撃が、ウァラクの大剣によって防がれた音だ。
あの時と同じだった。
まるで岩に武器を叩きつけているような感触。全く揺るぎもせず、動きもしない。
圧倒的なまでの力の差を知らしめ、多大な絶望感がカイの心に染みわたる。
「そらよ!」
ウァラクがカイの身体を放り投げるように、大剣を振り回した。
力任せに放り投げられたカイは、そのまま空中を舞い、地面に落下する。
それもあの時と同じだ。
だから今度は少しでも抵抗する。
カイは空中で態勢を立て直し、すぐに再びウァラクに向かっていく。
あれからたった数日。
二人の実力差を埋めるには、その時間はあまりにも短すぎる。
だとしても、カイにできることがなくなったわけではない。
目の前の男を倒せなかったとしても、まだやるべきことがある。
アシェンは時間を稼げ、とカイに言った。それすらも難しいと知りながら。
「やり遂げてやるよ……!」
フェイントを交え、相手の動きをかく乱する。
カイがウァラクを倒す必要はない。少しでも時間を稼げればそれでいい。
「やっぱりお前は面白いな、坊主!」
――だが、相手はそんな甘い敵ではなかった。
カイのフェイントを見切ったウァラクは、低い位置で大剣を薙ぎ払う。
慌てて飛んで避けなければ、両足が両断されている勢いだった。
空中にいるカイに、容赦なく大剣が叩きつけられる。
剣を振ってから戻す速度が圧倒的に早い。人間のものとは思えない膂力が、それを可能にさせていた。
何とか剣で防ぐが、カイの身体は強く弾き飛ばされる。
手から剣が離れ、地面に落ちた。
無防備に土の上に叩きつけられ、起き上がるカイに容赦なくウァラクが迫った。
「甘いぜ坊主! 戦場で剣を手放すのは未熟の証明だ!」
斬りかかるウァラクが、急に足を止める。
一歩下がり、大剣を空中に向かって大きく振るう。
その風圧と刀身によって、そこに飛来した矢が数本、叩き落とされた。
「あん?」
ウァラクが疑問を抱く前に、影が視界の端で待った。
獣人の男が、短剣を手にウァラクに躍りかかる。
「あいつ……!」
「カイ殿!」
見れば隣には、イルニカが立っていた。カイに手を貸し、立ち上がらせてくれる。
ウァラクに向かっていったのはラズルだった。カイよりも素早い身のこなしで、ウァラクに対して起動戦を仕掛けている。
「あんたら、なんで……?」
「話は後だ! カイ殿、剣を!」
そう言い残して、イルニカはその場から飛び去って行く。
自慢の筋肉でウァラクに立ち向かいうという愚は犯さず、距離を取って矢を放ち続けていた。
ラズル一人ならば容易く対処されていただろうが、そこにイルニカの援護が加われば倒すのもそう簡単な話ではない。
「あいつらも覚悟を決めたみたいだな」
今だ状況が飲み込めないカイに、剣が手渡される。
差し出したのは、一緒に戦場に臨んだドワーフの戦士ガルドだった。
「ガルド……」
「決意したってことだな」
そういって、槌を手にウァラクへと向かっていく。
彼等だけではない。いつの間にか戦場には獣人とエルフの戦士達が参加し、帝国兵達を押し留めている。
最前線で戦い続けている灰の少女を中心に、この森で暮らしていた者達が力を結集しようとしていた。
カイも剣を握る。
まだ身体は動く、限界ではない。
これだけで挑んでも、ウァラクを押し留めることは難しいだろう。
だがそれでも、少しでも時間を稼ぐことが出来れば。
きっとアシェンがなんとかしてくれる。
そう信じて、カイは目の前に立ちふさがる強大すぎる壁へと立ち向かっていくのだった。




