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戦の始まり

 数日後の昼。

 ジェレミーとウァラクの部隊を先頭としたオルビス帝国の部隊が森の中に突入した。

 急な出撃だったため用意できた兵士の数は決して多くはないが、それでもこの森に住む者達を蹂躙するには充分過ぎるほどの数が用意されている。

 その先頭を歩きながら、ジェレミーは青くなった顔色を隠せないでいた。

 父に預けられた部隊の中に、明らかに普通ではない者達がいる。

 全身を鎧で包んだ彼等は一言も喋らず、まるで幽鬼の群れのようにジェレミーに付き従っていた。

 それが尋常でない事態であることは、幾らジェレミーでも理解している。そしてそんな奴等を預けた父も、恐らくジェレミーとは異なる領域にいるということも。


「しけた顔してんな」


 隣で、ウァラクが能天気にそう声を掛けてくる。

 ジェレミーは空気の読めない赤毛の大男に対して、苛立ちをぶつけるように睨みつけた。


「見ればわかるだろ! どう見ても、普通じゃないじゃないか!」

「だからってやることが変わるわけじゃねえだろ? 突っ込んで、潰す。それだけだ」

「でも……!」

「逃げるなら今だぜ?」


 小声でウァラクがそう告げた。


「森の奥に紛れて、ほとぼりが冷めたら何処かに行けばいい。辿り着けるのなら、帝国の内部情報は何処でも欲しがられる」

「逃げ……」


 ジェレミーの頭の中で具体的な計画が形作られていく。

 ここから逃げて、森の奥に潜む。古参の部下ぐらいはひょっとしたら付いてきてくれるかもしれない。

 いや、それはジェレミーの勘違いで一直線に父に報告がいく可能性もある。もしそうなったら、確実に粛清される。今の父が息子であろうと手加減をするとは思えない。

 ならば逃げるのは一人だろう。この森で戦いが終わるまで誰にも見つからないように隠れて……。

 そこまで考えて、ジェレミーは首を振る。


「……僕は貴族だぞ……!」


 それはウァラクに対して言ったわけではない。

 自分を鼓舞するためにそう呟いただけだ。


「僕は全てを手に入れる! この戦いで勝利して、妖精の血を手に入れて……いずれは帝国だって……!」


 帝国の中心にジェレミーが立ち、全てを支配する。

 贅を楽しみ、弱者を踏み躙る。

 そのためにはこんなところで止まっていられるものかとジェレミーは自分に言い聞かせた。


「きたぞ」


 一瞬妄想の世界に入り込んだジェレミーは、ウァラクの緊迫した声でそれを中断させられる。

 目の前に広がる驚きの光景を見て、息を呑んだ。

 無数の兵士達が武器を構え、木々の間から突撃してくる。死など全く恐れていないかのように、真っ直ぐな行軍。


「敵襲!」


 兵士がそう叫んだ。

 ジェレミーは慌てて剣を構え、敵を迎え撃つ。

 通常ならありえない愚直な攻撃。生気のない兵士達を、手に持った剣や槍で迎え撃った。

 目の前にきた敵に対してジェレミーも剣を振るう。

 驚くほどに手応えなく、敵は倒れた。


「……こいつら、偽物だぞ!」


 再び誰かが叫んだ。

 倒れた兵士は全身から煙を吹き出し、一枚の紙切れへと姿を変える。


「子供だましか!」


 そんな調子に乗った声まで聞こえてくる。


「構うな、全て倒してやれ!」


 混乱は収まり、やがて安堵へと変わる。

 敵は所詮この程度の抵抗しかできないのだと、兵士達の中で相手を侮る空気が生まれていった。

 だがそれは、すぐに覆ることになる。


「馬鹿野郎、離れろ!」


 ウァラクが叫び、仲間の兵士を数人まとめて蹴り飛ばす。

 直後、兵士達に化けていた紙切れが次々と爆発し始めた。


「なんだ!」

「ぎゃああっ!」


 一つ一つの規模は決して大きくはない。軽く吹き飛ばされる程度のものだ。

 それでも足で直接踏みつけていた兵士は負傷し立ち上がれなくなるし、何よりも問題なのはその数だ。

 再び部隊に混乱が広がっていく。

 その隙こそが、敵の狙いだった。

 ざざざ、と背の高い草が揺れる。

 そこから突然生えてきた大槌が、兵士の一人を容赦なく吹き飛ばした。

 無防備な横合いからぶん殴られ吹き飛んだジェレミーの部下は、そのまま木に叩きつけられて動かなくなる。


「ドワーフだ!」


 部隊は混乱し、次々と兵士達がドワーフの一撃に打ち倒されていく。

 彼等が森での戦いになれているのだろう。爆発によって浮足立った前線の兵士達に対して容赦のない攻撃を加え続けた。

 辛うじて反応できたウァラクとその部下が、ドワーフを迎撃に与える。

 ジェレミーの部下達は混乱し、未だにまともな対応ができていない。

 そんな中、父に託された兵士達が静かに動き始めていた。

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