帝国の禍
帝国領オルビス。
父であるオラスの執務室に呼び出されたジェレミーは、青い顔をして彼の前に立ち尽くしていた。
まるで人のものではなくなかったかのような冷酷な父の顔を見ながら、ジェレミーは自分が子供のころの父はこんな人物であったかと記憶に問いかける。
その答えが出る前に、オラスが厳かに口を開いた。
「奴隷を逃がしたそうだな」
いったい誰がその告げ口をしたのだろうか。
いや、もしかしたら父は何らかの手段を使って自分を監視しているのかも知れない。
そんな考えが頭の中をぐるぐると周り、まともな答えが出てこない。
顔をあげると、オラスの視線がジェレミーを射貫く。
一瞬体を硬直させてから、なんとかジェレミーは声を絞り出した。
「で、ですが父上……。反乱を企てた奴隷の大半はその場で処刑しました……。逃げ出したのは、女子供ばかりで……」
その中にジェレミーの目的であるエリンが混じっているのも、彼にとっては苦い話ではあるが。
「あの娘も取り逃がしているな」
「……ぐっ……」
痛いところを突かれる。
あの娘が手元にいれば、父の態度もまた違ったものになっていただろう。
「それに、魔法を操るものがいたとの報告も受けている」
ジェレミーは心の中で舌打ちをする。
あの場所で起こったことは黙っているようにと部下にきつく命じたのだが、この父に睨まれては誤魔化しとおすこともできなかったようだ。
それは同時に、自分の失態が父に漏れているということでもあった。
「何故それを一番に私に知らせなかった?」
「そ、それは……!」
ジェレミーが言葉に詰まる。
俯いて、視線だけで父を見る。
その表情は、息子を見るものとはとても思えない。まるで使えない道具を見るような酷薄な視線が注がれている。
「ち、父上……僕にもう一度チャンスを! 次こそは必ずや、あの娘を持ち帰って見せます!」
それは全くもって、ジェレミーの本心ではない。
だが、ここで態度を示さなければ殺される。生き残りたい一心からジェレミーは父にそう懇願していた。
「いいだろう。実際、お前の部下はお前以上の働きをして見せた」
「僕以上の……?」
「鍵を見つけたのだ。で、あれば次は門が必要となる」
父が何の話をしているのかがわからない。
ジェレミーは先日、父に言われて森で発掘をしている獣人達の監視を数名の部下に命じていた。
そのこと自体彼の中で関心がなかったため、すっかり忘れていたのだった。
「門はあの森の中にある。貴様が逃した者達が逃げ込んだ、あの森の中に」
「……で、ですが……あれだけの森であんな少数を見つけることは……」
「安心しろ。鍵と門は引き合う。そうすれば奴も現れるはずだ」
再び父の顔を見る。
そこにある表情から、彼の感情を読み取ることはできない。
しかし、オラスの口ぶりから彼がジェレミーの知らない何かを知っていることは伝わってきた。
「私も出撃する。帝国のために、災いの種は摘んでおかねばならぬ」
「……災い……? いったい何が……?」
ジェレミーの質問にオラスは答えない。
そのままジェレミーは退室を促され、言われた通りにオラスの部屋を後にするのだった。




