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妖しき獣

 集落の更に奥を進むと、そこには小さな洞窟が口を開けていた。

 その入り口に、一人の女が立っている。

 銀色の長い髪に、切れ長の紅い瞳。

 頭の上に生えた耳は、獣人の中でも珍しい形をしている。

 何よりも目を引くのはその尻尾で、その辺りの獣人達と比べても太く毛の量が多い。

 女は不機嫌そうな顔で、アシェンを睨みつけていた。


「なんじゃ? うるさい声と気に障る気配があったと思えば、いたのは人間の子供か」

「……貴様は……」

「カカッ! なるほどなるほど……。少しばかり魔力が有り余っているようじゃの」

「……馬鹿を騙すな、などというつもりはない。搾取される側が一方的な被害者であるなどと綺麗ごとを言うつもりはないからな。だが」


 腕を振るう。

 そこには一振りの炎の剣が握られていた。


「貴様は少しやりすぎだな」


 いつも通りに、アシェンが不敵に笑う。

 女はそれを見て不愉快そうに眉を顰めた。


「生意気な小娘じゃ。その魔力諸共喰ろうてやろうか?」

「やれるものならな」

「決めた。貴様は生きたまま踊り食いじゃ!」


 女が尻尾の毛を抜き、ふっと息を吹きかける。

 空中に待ったそれらの毛が、女の髪と同じ色をした四足歩行の獣へと変化し、四方から一斉にアシェンへと襲い掛かった。


「子供騙しだな」


 それらの獣を、アシェンは意にも介さない。

 瞬く間に二匹。遅れてきた一匹を斬り倒し、女の元へと近づいていく。


「ほう……。ならば、これならどうじゃ!」


 女が懐から一枚の紙を取り出す。

 手のひらほどの長方形の大きさのそれは、符と呼ばれる魔法に使われる札だ。


「消え失せよ!」


 そこから放たれた炎が、残った獣諸共にアシェンを焼き付くさんと襲い掛かる。

 だがそれも、アシェンは剣の一振りで振り払った。


「生意気なぁ!」


 女が別の符を取り出して放り投げる。


 アシェンが切り払おうとしたそれが、目の前で破裂して周囲に煙が満ちた。


「カカカカカッ! 引っかかったな!」


 煙の中から女の声が響く。

 だが妙なことに、それは一つではない。正面にいる女と、それとは別にもう二人。

 合計三人分の笑い声が、その場に響き渡っていた。

 アシェンが何かに気付き、その場から跳躍する。

 直前まで彼女がいた場所に、三か所から放たれた炎がぶつかって、地面に穴を開けていた。

 煙が晴れると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 あの女が三人、同じように符をアシェンに向けて戦闘態勢でそこに立ってる。


「奇妙な技を使う……」

「単純な力のぶつけ合いなど、愚か者のすること。もっとも、ここにいた連中はそれをするだけで簡単に服従したがな。この術こそ、わえの真骨頂よ!」


 三人の女が一斉に動き、アシェンへと魔力を放つ。

 アシェンは複数の炎を避け、時には炎の剣で斬り払う。辺りに飛び散った炎により、森の木々が次第に燃え始めていった。


「ちっ……!」


 何とか女と距離を詰めようとするが、残り二人が炎や雷を放ち、アシェンの動きを止める。

 その間に本体であろう女は四足の獣に変身し、アシェンの追撃から逃れては再び人型に戻って攻撃を繰り返していた。

 そんな戦いを続けていくうちに、アシェンの周囲が炎に包まれ始める。木々が焼けるぱちぱちとした音が、辺り一面に木霊していた。


「カーッカッカッカ! 愚かじゃのう! 愚かじゃのう! どんなつまらん正義感に酔ったのかは知れんが、わえの縄張りに入り込んだ罰じゃ!」


 森の中に炎が広がっていく。

 離れたところから成り行きを見守っていた獣人達の絶望する声が、アシェン達のところまで響いていた。


「カカッ。では、そろそろ終わりにするか」


 三人の女が尻尾の毛を抜き、風に流す。

 そこから現れた無数の獣が、凶悪な牙を光らせながら炎の中へと突撃してきた。


「楽に死ねると思うなよ! 指を一本ずつ食いちぎってくれる!」


 アシェンは剣を振るい、必死で獣を振り払う。

 一匹を斬り払おうと、次がすぐに迫ってくる。

 二匹三匹と、一太刀で一匹屠ることはできるがそれもやがて限界がやってくる。

 何せ迫りくる獣の数は数匹程度ではない。

 それに加えて、徐々に炎が狭まってアシェンの逃げる場所を少しずつ減らしていく。

 後はこのままじりじりと体力を削られ、いずれ地に伏し獣に食われる。

 泣き叫び、無様に命乞いをして、それでも許されず愚か者の屍を晒す。


 ――女にはそう見えていただろう。


 だが、現実は違っていた。

 幾ら時間が経っても、女の耳にアシェンの悲鳴は聞こえてこない。そればかりか獣達の弱々しい死に際の声だけが、断続的に何度も木霊していた。

 やがて女が焦れる。

 だが、彼女の心の中にあるのはその感情だけではない。

 今はまだ言葉にできない何かが、女の中に芽生えつつあった。

 それは一先ず、表面上は苛立ちへと変化する。

 三人の女は合わせたような動きで、符を構える。


「もういい、焼け死ね」


 螺旋の形になった炎が放たれる。

 それは直撃すれば周囲ごとアシェンを間違いなく消し飛ばせるだけの威力と規模を持つ魔法だった。

 そしてアシェンは今、逃げる術はない。辺りは炎に巻かれ、そうでなくても大量の獣達に囲まれているのだから。

 炎の向こう側に女の姿を見る。

 その姿を見据え、一言呟いた。


「――思い出したぞ。貴様、フーリか」

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