無関心の代償
洞窟の奥、寝所で横になっている女の元に慌ただしく伝令の獣人が駆け込んでくる。
女は忌々し気に顔をあげ、その伝令を睨んだ。ラズルほどの度胸がない彼は、射竦められただけで足を止めてしまう。
「ほ、報告があります」
一瞥する。
声をかけることもない。
ここで早く話さないのなら、女は焦れて伝令の首を飛ばしていた。
そういう意味では、例え忌み嫌っていても今自分達よりも高い地位にいる女に伝えておかなければならないという、伝令の使命感に彼は救われたといってもいい。
「ラズルとガルドの部隊が、エルフ達と交戦し敗北……。二人は捕らえられた様子です」
「ふん」
つまらなさそうに、女が鼻を鳴らす。
別にどちらの結果を望んでいたわけではない。ただ、こうやって二つの勢力を争わせることに少しばかりの楽しさを覚えていたのも事実だった。
数十年に渡る遊びが今、終わった。ただそれだけのことだ。
女はそれきり伝令から興味を失い、視線をその辺りに散らばらせた宝石に向ける。
色とりどりの石は、美しいだけではない。女の魔力を高める効果もある。それに囲まれているだけで、不思議な心地よさがあった。
「あ、あの」
二人の敗北に全く興味なさげな女の態度に、伝令が勇気を振り絞って声をかける。
その視線が彼を射貫くや腰を抜かしそうになったが、それでも堪えて話を続けた。
「わ、我々はこれからどうすれば……?」
「どうもこうも」
女が溜息を吐いた。どうしてこの程度の簡単なことがわからないのかと。
これだから争うしか能のない連中は、嫌になる。
「今までと何も変わらぬ。ドワーフ共の鉱山で働き、わえに宝石を献上せよ」
「ぼ、防衛については……? 恐らく奴等はこの場所を聞きだし、攻撃を仕掛けてくるつもりです! 現に、大半の者達が生け捕りにされたと……」
「防衛? カッカッカ! 貴様等が適当に肉壁にでもなっていればよかろう! これまで散々貯め込んだ恨みをぶつけられるのは、さぞ楽しかろうな」
高らかに女が笑う。
「そ、それはあまりにも……」
「お前達は奴等を殺した、奴等もお前達を殺した。そうして膨れ上がった恨みや怒りは、敗北した側に全て被せられる。戦いとはそういうものじゃろう」
「……で、ですが、それでは……! それではあまりにも……!」
「わえは眠い」
「……は?」
「わえはもう眠い。いったん昼寝じゃ。面倒な話をこれ以上するのなら、貴様の首を撥ねるぞ?」
伝令はそれきり、彼女に何を意見することもできなかった。
彼にはまだやるべきことがある。ラズル達が敗れたのならば、残った仲間達に報告して守りを固めなければならない。
エルフ達は一気に勝負を仕掛けてくるだろう。長年戦った怒りは、村を焼き尽くし何も残らないかも知れない。
祖先が始めた下らない争いは、彼等にとっては最低の形で終幕を迎えることになった。
「ま、安心せい。起きたら連中を皆殺しにしてやる。それまで精々、逃げ回っていればよかろう?」
欠伸を一つして、女は今度こそ寝所に横たわる。
そのまま目を閉じて、眠りに落ちていった。
伝令の男は、腰に下げた短剣に手を当てる。
ここで眠った奴を殺せば、全てが片付くのではないかと。
この女を殺してその首をエルフ達に渡す。そして彼女こそが全ての元凶であると伝えれば……。
だが、結局伝令の男にはそれが出来なかった。
同じように暗殺を試みた者はいたが、すべて失敗に終わっている。そしてそのたびに、女は無茶は要求を強め他の者達を苦しめた。
今回も同じだ。
結局のところ、女の支配から逃れることはできない。
男は全てを諦めた顔で、短剣を鞘に戻すと女の洞窟から出ていった。
せめて村にいる女や子供達だけは、無事に逃げられるようにしなければならない。




