救いの手
イルニカを追撃し激闘を繰り広げていたラズルは、突然二人の戦いに割って入った一人の少女の姿を見て困惑していた。
灰色の髪、金色の瞳。
細く小さい、みすぼらしいとさえ表現できる体躯。
それでもその少女は、戦場に現れた瞬間から凄まじい存在感でその場の全てを圧倒していた。
そんなものは錯覚であると、ラズルはかぶりを振る。長年戦い続けていた戦士である自分が、人間の少女一人に圧されるなど。
「アシェン殿!」
イルニカが少女の名を呼ぶ。
「下がってろ、後は私がやる」
「で、ですが……」
「いいから。私にも狙いがあるということだ。この期に及んで下手に殺し殺されなど、私にとって何の得もない」
アシェンと呼ばれた灰色の少女の言葉に、イルニカは言われるままに後退していく。
彼に習うように他のエルフ達も後ろに下がり、この場に敵と呼べる存在は少女一人になった。
一瞬後ろを見ると、ドワーフ達は戦意を喪失したようだった。
何があったかはわからないが、恐らくは彼等の長であるガルドが敗北したのだろう。彼もラズルと同じく、この戦いを最後にするつもりだったはずだ。
「たった一人で俺達を止めるつもりか? 俺達にも理由がある、例え子供でも容赦はできんぞ」
精一杯の威嚇の言葉を、まるで虚勢のようだと心の中で自嘲する。
一方の女は数でも体格でも、外から見たありとあらゆる面でラズル達に負けているというのに不敵な態度を全く崩そうとしない。
腕を組み、鋭い金色の瞳でラズル達を見る。
そして愉快そうに笑ったまま、話を始めた。
「武器を捨てて降伏しろ。話し合いに応じるのならば、痛い目にあわずにすむぞ?」
「なんだと?」
「お前達馬鹿どもが始めた戦いを、私が調停してやろうというのだ」
「部外者が何を!」
そう叫んだのはラズルではない。
仲間の一人が剣を抜いて、少女に飛び掛かる。
だが彼女はその奇襲をひらりと交わすと、そっとその腹に手を伸ばす。
凄まじい轟音と共に、不可視の力で仲間の獣人が吹き飛んだ。そのまま太い木に激突し、地面に落下していく。
その一瞬のやり取りだけで、少女が只者ではないことがわかる。
だがそれでも、ラズル達には退けない理由があった。
「俺達はこれを最後の戦いにすると決めた。勝っても負けてもだ」
「それが困るから、こうして私がここにいるんだ」
「なにも知らぬ貴様が何故それをする権利を持っていると思った!」
「知らぬよ。お前達の馬鹿さ加減など知るものか。だからこうして、わからせてやろうと思ってな」
少女に挑発する意図があるのかはわからないが、その問答は確実にラズル達の心を抉る。
「いい加減にしろ! 何もわからない、外からやってきた人間風情が!」
ラズルが飛びあがる。
上空から短剣を構え、少女に向かって突撃した。
だが、その攻撃は少女の影を捉えることもできない。
それはある日の、あの女との戦いをラズルに思い起こさせた。
「く、そっ! 何故だ! 何故俺達が……!」
「貴様等の詳しい事情など知らん。知ってほしければ武器を振り回すのではなく、言葉を使って話せ」
「話したところでお前には理解できない! 理解したところで助けることは不可能だ! 何より!」
これは森に住む者達の間で起きた悲劇なのだ。
ラズルの祖父が力を求め、その負債をひたすらに払わされる役目を背負った。
ただそれだけの話だ。そう、ラズルは自分に言い聞かせて戦ってきた。
「お前達、援護しろ!」
ラズルが叫ぶと、仲間達がそれに応じる。
最早卑怯だなどと言っていられなかった。彼女を倒し、イルニカを倒す。
そうすれば全てが終わる。
終わると、心の中で何度も唱え続けている。
「やれやれ。貴様等獣人は、いつも人の話をちゃんと聞かずに先走る。そこがいいところでもあるがな」
呆れたようにそう語る少女は、何処か嬉しそうだ。
まるで古い友人に再会したかのような、そんな柔らかな笑みを浮かべている。
「吹き飛べ」
上から下に、少女が魔力を振り下ろす。
地面にぶつかった不可視の力、恐らくは風の魔法は四方に巨大な衝撃波となって吹きすさんだ。
ラズルとその仲間達はそれに全く対応することが出来ず、吹き飛ばされて森のあちこちに無様に身体を横たえることになった。
数秒間、誰も起き上がらない。
その中で一番最初に動けるようになったのは、ラズルだった。
「う、ぐ……くそ……」
あの女と戦った時と同じだ。
多くの仲間達と一緒に挑んだが、殺されることすらもなかった。
そうする必要もないと言わんばかりに、一瞬で制圧されてしまった。
「俺は……! 俺は……!」
立ち上がりながら、己を鼓舞するためにラズルが声をあげた。
少女もこの中で立ち上がるのがラズルだとわかっていたのだろう。こちらから視線を外さず黙って見つめている。
「もう、終わりにしたいんだ!」
「それは私が許さん」
少女に向かって走る。
灰の少女は相変わらず構えもせず、ラズルを見つめていた。
「だが、私もいい方が悪かったかも知れんな」
既にその言葉はラズルの耳には入っていない。
一瞬で少女の前に到達し、短剣で首を狙う。
しかし、彼女がほんの僅かに身体を逸らすだけでその攻撃は空を切った。
「助けてやろう、というのだ」
それが本当であるかどうかはラズルにはわからない。
わからないが、その声はあの女のものよりも遥かに優し気で温かい。
だから、それを聞いたラズルはもう戦うことはできなかった。
短剣を手放し、その場に崩れ落ちる。
先程の魔法で、ラズルの体力は限界が来ていたのだ。
最後に、少女の顔を見る。
その金色の目は、かつて聞いたお伽噺を思い起こさせるものだった。




