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水汲み

 それから数日、ある程度ではあるがアシェンは自分が置かれている現状を知ることに成功していた。

 まずアシェン達がいる場所は奴隷地区と呼ばれる地域で、町というよりは集落と呼んだ方がしっくりくる程度の規模だった。

 どうやらここにはこの国の侵略戦争によって捕らえられた者達が集まっているらしく、兵士達の監視の元で男達は重労働を強いられているらしい。

 そしてこの国の名は『オーリル帝国』。幾つもの国を飲み込んで出来上がった強大な国家のようだが、それ以上の情報を知ることはできなかった。


「アシェン」

「起きている」


 殆ど風よけにもならないテントのなかで、寝床とも呼べないような薄布から身体を起こす。入り口からは、今日の仕事をするためにアシェンを呼びに来たエリンが覗き込んでいた。

 エリンと合流すると、すぐに簡単な身支度を整えて仕事に出る。

 男達は近くの鉱山で採掘作業をしているようで、その多くが毎日疲労困憊になりながら帰ってくる。勿論彼等が得られるものはないので、大半が苛立っていた。

 そのため争いごとも多く、恐らくは少女アシェンが死んだのも本当にくだらない理由からだったのだろうことが想像できた。

 今日の仕事は水汲みだった。

 井戸から桶に水を汲んで、それを運ぶ。

 当然水は生活の中心、様々な場所で必要になるため少女の細腕には重い水桶を持って、何度もあちこちを往復する必要がある。


「大丈夫か?」

「……だ、大丈夫……。アシェンは?」


 水桶を片手に一つずつ、計二つ持って運んでいく。隣を歩くエリンは、一つを抱えるようにして運んでいた。


「大丈夫だ」


 体内にある魔力を放出すれば、この程度の力は簡単に出すことができる。エリンからも巨大な魔力を感じることができるのだが、どうやら彼女はまだそれを上手く使う術を知らないようだった。


「いつの間に、力持ちに……いつも転んでやり直してたのに」

「はははっ、迷惑かけてばかりもいられないからな。頑張って鍛えなおしたということだ」


 そう笑って見せると、エリンは不思議と寂しそうな表情を浮かべた。その理由はアシェンにはわからないが、今は深く探るときでもない。

 水を所定の場所に運ぶ。開けた場所では、女達が並んでは一斉に衣服の洗濯をしていた。

 洗っているのは主に男達の服で、女達や子供の物は後回しだった。アシェンもエリンも、三日は同じ服を着ている。


「エリン、頑張ったね。後一往復頼めるかい?」

「……うん、頑張る」


 受け取りに来た女は、エリンにそういって笑顔を向ける。

 そして直後に背後にいるアシェンに向ける態度は、エリンに対するそれとは全く異なるものだった。


「あんた、なんか変なことしてるんじゃないだろうね? 一度に二つも桶を持ってくるなんて」

「効率的になっていいだろう?」

「はんっ。そんなに力自慢なら、男達と一緒に鉱山に連れてってもらえばいいじゃないか。あたしが口を利いといてやろうか?」

「はっはっは、面白い冗談だ」

「アシェン」


 咎めるような、申し訳なさそうなエリンの声が二人の間に入った。

 そのまま奴隷用の簡素な服を引っ張って、その場から離れていった。

 もう一つ、アシェンと取り巻く環境がこれだった。

 周りの反応を見るにアシェンは両親のいない孤児で、何処から来たのかもわからない。そして何よりも仕事の面では役立たずだったことから、周りからは奴隷より下の階級のような扱いを受けていたということだ。

 先日子供達が石を投げてきたのも、それが理由らしい。

 どうやらここにいる奴隷達は幾つかの村や集落から連れてこられたようで、出身地による結びつきが強い。そこで、全く何処のコミュニティにも所属できていないアシェンは彼等の憂さ晴らし役として適任だったということだ。


「アシェン、疲れてない?」

「大丈夫だ。エリンの方こそ、無理はするな」

「……大丈夫」


 エリンが力強く頷く。それが半分虚勢であることは理解していたが、それでも体力の限界を超えた労働をしなければ、碌に食事にもありつけないのが少女達の現状だった。

 そして一方のエリンという少女もまた、この奴隷地区の中では異彩を放っている。

 他の者達が基本的に黒や茶色などの髪色が多いのに対して、彼女は鮮やかな金髪。瞳の色も緑で、明らかに他の者達は生まれからして違う。

 そう行ったこともあってか、エリンに対する周囲の態度も何処か余所余所しく、彼女も居心地の悪さを感じているようではあった。

 最初はエリンが先頭だったのに、昼を過ぎるころにはアシェンが前を歩いていく。それがここ数日の日常だった。

 季節の所為か日差しも強く、次第にエリンの足取りがおぼつかなくなってくる。そこでアシェンは、足を止めてエリンに対してある提案をする。


「エリン、縫物の人手が足りていないと聞いた。そっちを手伝ったらどうだ?」

「……どうして?」

「どうもこうも、そういう話を聞いたからだ。お前は手先が器用だろう?」


 暴行によってぼろぼろになった奴隷服も、エリンが呆れながら治してくれた。流石に転んだという言い訳は信じていないようだが。


「……でも水汲みは」

「私がやっておく、見ての通り鍛えなおして力持ちだからな」

「……アシェン一人じゃ……」


 エリンが言いたいことはわかっている。

 どうやら普段は、エリンがアシェンのことを守っている立場のようだった。彼女がいることで、周りは表立ってアシェンにちょっかいを掛けにくくなっている。

 つまりエリンがいなくなれば、それはアシェンを害することで気分を良くしようとする者達にとって格好の機会となるわけだ。


「大丈夫だ。ここ数日の私を見ただろう? 奴等には負けん」

「……それはそれで、喧嘩にならないか心配」

「うぐっ……。まぁ、程々にしておく。だが、本当にお前に倒れられるわけにはいかないんだ。両親も心配するだろう?」

「それは……うん」


 恐らくだが、エリンの両親も彼女と血は繋がっていない。だからこそ、彼等に迷惑をかけることをエリンは嫌がっていた。


「だったら決まりだ」


 背中を押してやると、何度もこちらを振り返りながらエリンが縫物をやっている建物へと向かっていく。


「……さ、て。この地の歪みは相当なものだぞ。もう少しばかり情報が必要だな。何か都合のいい事件でも起きればいいのだが」


 なんともなしにそう呟いて、アシェンは水汲みへと戻っていく。

 そのままこれまでとは比べ物にならない速度で仕事をこなし、遂には受け取りての女は嫌味も言えなくなってしまったのだった。

 そしてアシェンが呟いた『都合のいい事件』が起こったのは、その翌日のことだった。


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― 新着の感想 ―
2人の関係性がまだまだ図りきれない所はありますが、なんだか暖かいものがあっていいですね。それだけにアシェンの中身が違うことに気付いた時、エリンがどんな反応を見せるのか気になります。
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