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「ふむ。大方は予想通りだな」




 イルニカの暮らす族長の家。


 他の建物よりも幾らか広く作られたそこの広間で、木製のテーブルを囲んでアシェン達は座っていた。


 ちょうど今しがた、アシェンの正面に座るイルニカから話を聞き終えたところだった。彼の両側には恐らく族長に次ぐ立場なのであろう、筋肉を鍛えたエルフが座っている。


 もっとも、主な発言は全てイルニカのものであって、彼等が進んで何かを言うつもりはないようだった。


 一方のアシェン達は、アシェンとその横にカイとエリンが並び、隣にはリーベルも座っている。


 最初イルニカはリーベルがこの場に同席することに対していい顔をしていなかったが、深緑の魔法を復活させた第一人者であることを説明すると、それ以上は何も言わなかった。




「二昔ほど前の阿呆共が、この大して価値もない森の覇権を巡って争い始めた。で、戦い始まったのはいいものの落としどころに迷い、面倒な奴に手を借りた」


「……そうだ。反論の言葉もない」




 イルニカは俯いて、素直にアシェンの言葉を受け入れている。




「その面倒な奴に連中は部族を乗っ取られたというわけか」


「……恐らくは。ここ数年、獣人とドワーフ達が一緒になって攻撃してくることが増えた。最初は同盟したのかと思っていたのだが」


「森に棲んでいるぐらいだ、逸れドワーフだろう? 奴等の力や技術は大したものかも知れんが、数には勝てん」


「なんで森にいる奴等で仲良くできないんだ?」




 突然、カイがそんな言葉を口にした。


 それに対してイルニカは何も答えない。彼が黙っていると、今度はリーベルがカイに続く。




「む、昔の本では……エルフも獣人も、ドワーフも仲良くしているって書いてました……。みんな等しく、あるお方に救われたから」


「所詮、昔話だ。あの本に描かれていた種も大半は姿を消し、何よりも人間達が真っ先にこの地に毒を呼び込んだではないか」


「あぅ……」




 イルニカに毅然と言い返されて、リーベルは押し黙った。彼女の立場では、族長にこれ以上意見することはできそうにない。




「確かに馬鹿げた話ではある。確証はないが、人間どもは何か愚かなことをやろうとしている。お前の言う通り、古き毒をばら撒いてまでな」


「やはり、人間達がそんなことを……」


「そんな中、人間に対抗できたかも知れない貴様等が何をしていたかと思えば、何十年も争い連中に美味しく食われる準備をしていたとはな」




 アシェンが嘲笑する。




「……貴方の言う通りだ。誰かが始めた争いを、誰も止めることができなかった。……本来ならば、私が止めるべきだったのに」




 イルニカがそう声を絞り出した。




「イルニカ様……」




 彼の事情を知っているらしいリーベルは、それに同情を含めた声をかける。部下達もそれは同じようで、一様にイルニカに憐みの視線を向けている。




「父と母が殺された。奴を止めるために」


「……ふむ」


「二人はエルフの中での有数の魔導師だった。まるで精霊の声が聞こえるかのような、強力な魔法を幾つも操った。だがそんな二人でも、あの魔力には敵わなかった」


「だから筋肉なのか……」




 カイが何かに納得して一人で頷いていた。


 魔法では奴等に勝てない。だからイルニカはエルフ達を筋肉へと走らせた。


 全ては同胞を護るため、そして両親の敵を討つため。


 それはアシェンにとっては、あまりにもつまらない話だ。全体のことを考えている振りをしながらも何処かで憎悪に抗えず、必要なものを捨ててしまった。




「リーベルとエリンがいなければ、例え奴等に勝ったところで死んでいたかも知れんぞ」




 古き毒はじわじわと森を侵食している。


 争いが長引けば長引くほど、彼等の未来は細くなっていく。




「……復讐のために大勢を危険に晒すなんて……」


「貴様の父親と一緒だな」




 アシェンにそういわれて、カイは言いかけた言葉を飲み込んだ。


 厳しいかも知れないが、これはアシェンからカイに対する課題だった。これから先、彼がアシェンの元で剣を振るうに足るものになれるかどうかを推し量る意図もある。




「ま、くだらん話だ」




 アシェンが椅子から立ち上がった。


 それに対してイルニカは、縋るような視線を向ける。




「待ってくれ! 貴方は、貴方様は何者なのだ……? 人間の少女に見えるが、力も立ち振る舞いも、とてもそうとは思えない」


「私が何者であるかなど、大した話ではあるまい。協力はしてやるが、人間どもを匿ってもらった対価は深緑の魔法の復活で支払ったつもりだ」


「あ、あの、それってわたしとエリンちゃんのお手柄じゃ……」


「エリンは私の友なので、友の手柄は私の手柄だ。そして貴様も昨日から私の僕だから、それもまた私の手柄だ」


「えぇ!? な、なんでぇ……?」


「変な声で鳴くのが面白い。気に入った。そうだ、こいつを代金にしてやろう?」




 と、イルニカに提案する。


 リーベルはイルニカとアシェンの両方に懇願するような視線を交互に投げかける。




「……わかった。見ての通りリーベルはハーフエルフ。ここで暮らすよりも、アシェン殿に付いていった方がお互いのためだろう」


「そんなぁ……」


「これで交渉成立だな。後は」




 アシェンが何かを言いかけたと同時に、外から騒がしい声が聞こえてくる。


 乱暴に扉が押し開けられ、飛び込んできたのは筋肉を纏ったエルフの男だった。




「ぞ、族長! 獣人達が奇襲を!」


「なんだと……? くっ、遂にこの場所も見つかったか……! 女達の避難はどうなっている?」


「急がせてはいるが……。もう奴等が近い!」


「わかった! 動けるものは武器を取れ、私もすぐに出る!」




 イルニカが立ち上がり、同様に両側のエルフも表情を変えて家を飛び出していく。




「せっかちな連中だ。リーベル、お前はエリンを安全な所に連れていけ」


「え、あ、わ、わかりました……」


「カイ。我々の出番だぞ」


「出番って、戦えってことか?」


「そういうことだな。勿論それだけではない」




 開け離れたままの扉を見る。


 離れたところに、集合するエルフ達の姿が見えた。


 どうやら集落に辿り着く前に森で迎撃するつもりなのだろう。イルニカを先頭に飛び出していく。




「上手く行けば戦力が大量に手に入る。できるだけ殺さず、力を見せつける」




 そういったアシェンの顔には、凶悪な笑みが浮かんでいた。

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