深緑の魔法
翌日の早朝、アシェンとエリン、そしてリーベルは集落の畑にやってきていた。
男達は朝から筋肉を鍛えるべく訓練場に集まっているため、畑仕事をしているエルフの女達が何事かとアシェン達に注目している。
そんな彼女達の視線を受けて、リーベルは身体を縮めてなんとか隠れようとしていたがあまり意味はない。
怪訝な表情が語るのは、やはり異端なるモノに対する迫害。というよりも、どちらかといえば戸惑いのような意味合いが強い。
「ふむ」
しゃがんで土を掴む。
サラサラとした感触の中に混ざり込む異物感を、アシェンは見逃さなかった。
「エリン」
エリンにも同じように土を握らせた。
その横に立ち、彼女に問いかける。
「何か感じるか?」
「……わからない、けど。嫌な、感じはするかも」
「それがわかれば上出来だ。……これは毒だ」
「毒?」
エリンが首を傾げ、横でリーベルが何かを理解したように表情を変える。
「そ、それって……本で読んだことがあります……。大昔の戦いで、旧世界の毒が世界に広まったって」
「大層な名前を付けたものだ。まぁ、大方は間違っていない。古き魔の力を操ろうとするとこれが付いて回る。そうやって世界を滅茶苦茶にしようとした愚か者が、大昔にいたということだ」
「そ、それを知ってるアシェン様って……」
「今は細かいことはいいだろう。それよりエリン、やれそうか?」
アシェンの問いかけに、エリンは頷き返す。
少し自信なさげな表情ではあるが、それよりも彼女の瞳は好機に満ちている。
「む、無理じゃないですかぁ……? 昨日の今日で、魔法を……」
「黙っていろ」
「きゅ」
アシェンが手を伸ばして、リーベルの口を塞ぐ。
エリンは両手を広げ、目を閉じていた。
昨晩、エリンはリーベルの助けもあって一冊の魔導書を読み解いた。厳密にはその中の数ページでしかないが、アシェンが求めていたのはそこにあった魔法だった。
地面に向かって翳した両の手の前に、魔法陣が広がる。それはあの魔導書の一ページに描かれていたものと全く同じ。
「え、え……」
リーベルが戸惑いの声をあげた。
「妖精の血を引いているといっただろう? 魔法に対する好奇心には抗えん」
「だからって、大地の魔法を一晩で覚えるなんて」
「そういうものだ、妖精族というのは。貴様達森の蛮族とは魂の出来が違う。むろん、この私もだが」
「……アシェン様ってどうしてそんなに自信満々なんですか?」
「それだけの力があるからだ」
リーベルの質問に答えている間に、魔法陣から深緑の輝きが広がっている。
それを見たエルフの女達は何事かと逃げようとしたが、すぐに何かに気がついて過去を懐かしむようにその光景に見惚れていた。
「エルフ共のこの魔法には、随分と助けられた」
光が畑全体にいきわたり、凄まじい速度で植えられていた作物が成長していく。
それもただ実っただけではない。明らかに、本来成長して取れる量を遥かに超えている。
大豊作という言葉では片付けられないほどの大量の実りが、エルフ達の集落に与えられたのだった。
エルフの女達から歓声が上がる。
恐らく彼女達も遥か昔にこの光景を見ていたのだろう。
エルフ達に伝わる大地の魔法、その一つである実りの力によって大地に活力が満ち、その恵みが地を覆う姿を。
「こ、これ」
目を開いたエリンは、目の前の光景に驚いているようだった。
「わたしが、やったの……?」
「ああ、そうだ。初めてにしては上出来だぞ、褒めてやる」
「アシェンの、役に立てたんだ」
「そうだぞ」
手を伸ばして、ぐりぐりを頭を撫でる。
自分が凄い魔法を成功させたという事実よりも、魔法を操れるようになった喜びよりも、今のエリンにとってはアシェンの役に立てたことが何より嬉しかった。
「ほ、本当にできるものなんですね……」
「疑っていたのか?」
リーベルが目を逸らす。変なところで正直な彼女だった。
「これで食べ物には困らない?」
「当面はな」
「なくなったらまた使えば」
「そういうわけにはいかん。リーベル」
リーベルに説明を促す。
彼女も特にそれを疑問に思うことなく、本で得たであろう知識を語り始める。
「この魔法の本質は、大地の活性化なんです。作物が実ったのはそのおまけみたいなもので、もし使い過ぎれば過度な力を注がれた土は弱ってしまうんです。でも、おかげでこれからの収穫数はかなり増えるはず」
「と、言うことだ」
「よくわからない」
どうやらエリンにはまだ難しかったようだ。
「もう少し色々と学ぶ必要があるかも知れんな」
「う、うん! 勉強したい」
「だそうだ。付き合ってやれよ?」
「は、はいぃ……」
何故だか部下のように扱われながらも、素直に承諾するリーベル。
彼女自身、思うところが全くないわけではないが。
これまでの孤独の日々よりも、こうしてアシェンやエリンの間に居場所を見つけようとしていた。
「これは何事か!」
二人が話し込んでいると、いつの間にか騒ぎが広がったのか訓練場からイルニカが慌ててやってきた。
畑の様子を見て、彼は全て察したらしい。アシェンは視線を向けて、エリンとリーベルを少し下がらせる。
「見ての通りだ」
「……貴方がこれを?」
「厳密にはエリンがな。私の手柄で構わんが」
「……これは……」
エルフの女達は、大量に実った作物を嬉しそうに収穫している。
彼女達とて食料の問題が解決され備蓄ができることが、嬉しくないわけがないのだ。
「約束通り、難民の面倒は見てもらう」
「あ、ああ……」
イルニカもその光景に目を奪われている様子だった。
「これほどの実りは、私が子供のころ以来だ」
「何年ほど前だ、それは?」
「二百年か、そのぐらいだ。あの頃はまだ、人間達の勢力も小さくエルフの数も今よりずっと多かった」
過去を懐かしむように、イルニカは誰に言うでもなくそう呟いた。
「エルフにとって時間の流れや緩やかで、小さな変化には気付けない。そしてそれを理解したとき、全ては手遅れだった」
「……手遅れ?」
「これだけの量の食料があれば、私がいなくともこの集落はしばらく生きていけるだろう。その間に後を継ぐ誰かが族長となればいい」
「おい、何の話を」
「アシェン殿、力と知識を持つ貴方に頼みがある」
イルニカは、いつの間にか決意に満ちた瞳でアシェンを見ていた。
「力を貸してほしい、私達エルフの生き残りをかけた戦いに」




