記録を探る
族長の家を後にして、エルフの集落を二人は並んで歩く。
一見すると木造の家が立ち並び、村の外れには畑がある穏やかな暮らしぶりだが、決して全てが順風な日々というわけではなさそうだった。
「食糧不足か。単純な作物の不作というわけではないようだな」
エルフの女達が畑仕事をしている姿を遠目に見る。
水や肥料を撒いてはいるようだが、イルニカの言う通りそこにかつて彼等が操っていた豊穣の魔力の気配はない。
「エリン、お前は何か感じるか?」
「……わかんない。それより、さっきの」
エリンの問いに、何でもないようにアシェンは答えた。
「妖精族という話か? まだ予想の範疇だが、間違ってはいないだろうな」
「なんでそれがわかるの?」
「なんでって……。妖精とは付き合いも長かったからな。とはいえ、純血というわけではあるまい。何処かで人と交わり、その末裔がお前というわけだ」
「……そうなんだ」
「意外と驚かないものだな」
「アシェンが言ってること、疑うわけじゃないけど」
「急すぎて正しいとも思えないか?」
回答を先回りされて、エリンが頷いた。
「まぁ、色々なことがありすぎたからな。その程度に捉えておく方がいいだろう。実際、私ももう少し落ち着いてから話すつもりだったからな」
「……じゃあどうして、エルフの族長に教えたの?」
「単純な話だ。エルフと妖精族は友誼を結んでいた。いやそれだけではなく、森に生きる者達に魔法という力を授けたのは妖精族だといわれている」
エルフを始めとする森の民達は、妖精族に対してある種の尊敬のような念を抱いていた。
彼等の立場は対等だが、それでも敬意がある。アシェンはそれを利用しようと思っていたのだが。
「とはいえ、あの筋肉馬鹿がそれをまだ思っているとは思えんが」
「……これからどうするの? あの人を納得させないと」
「そうだな。どちらにせよ、ここで食料が補給できなければ私達は手詰まりだ。正確には私とお前とカイ以外はだがな」
アシェンは言うまでもないことだが、カイもエリンも若く体力がある。
最悪森の中の僅かな食料を頼りに向こう側に抜けることができるだろうが、他の難民達はそうはいかないだろう。
無言のまま、エリンがアシェンの服を掴む。
このままではどうしようもないことがわかっていても、それでも縋るような目でアシェンを見ていた。
そんな顔を見てアシェンは、遠い記憶の中の何かを思い出す。
すぐにその思い出を振り切り、エリンの頭に手を伸ばした。
「心配するな。まだあてはある」
安心させるようにエリンの髪をぐしゃぐしゃと撫でながら、優しい声色でそう語り掛けた。
「あて?」
「ああそうだ。例え連中の記憶から深緑の魔法が失われてしまっていても、記録から消えてしまったわけではないだろう」
「……記録?」
「そうだ。お前は本を読んだことはあるか?」
「……ない」
「だろうな。大抵、何処にでも記録をつけたがる奴というのは存在するものだ。この程度の規模の集落なら……」
そのまま二人で捜し歩くこと数分。
村の外れ、誰も寄り付かないような場所にポツンと一軒の建物を見つけた。
他の家に比べてもみすぼらしいその一軒家は、あちこちに補修した跡がある。
エルフ達は木造の技術にも優れている。それに今は筋肉を手に入れているのだから、家の修繕や建築だって容易いはずだ。
そんな彼等の目に入らない場所で、まともな修理もされていない家。ここが滅多にエルフ達が寄り付かない場所であることは明白だった。
「ここに記録があるの?」
「確証はないがな。先人達は記憶をまとめ形にしたがるが、後の世の連中はそれをありがたがることもない。奴等にとっては今は終わってしまった話なのだろう」
イルニカが筋肉に走った理由は、アシェンには予想することしかできない。
しかし決定的な何かがあって、彼は魔法よりも肉体の強さを信奉することを決めたのだろう。
その答えの一つもまた、この家の中にあるような気がしていた。
「イルニカは族長として魔法を使わない道を選んだ。厳密にはそれらを学び習得する時間を、鍛錬に使うという道を」
エリンが首を傾げる。
「魔法も万能ではないということだ」
そういってから、アシェンは扉に手をかける。
そのままノックもせずに、一気に古びて軋んだドアを押し開くのだった。




