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矢の跡

 森の中を歩いて、二日ほどが経過した。

 連れてきた者達の多くは既に疲労の限界に達しており、少し歩いては休憩を求める声がも増えてきた。

 それも無理もない。連れ出してこれたのは女子供ばかりが十数名。着の身着のままで炎によって焼け出されたのだ、肉体的にも精神的にも限界が近いだろう。

 彼等の存在はアシェンにとって戦力に数えられるものではないが、かといってそれを見捨てることもできないのが信条だった。


「アシェン。そろそろ、みんな限界かも」


 少し後ろを歩くエリンもそう訴えてくる。逃げ始めてから彼女は、アシェンと難民達の意思疎通を取る役割を果たしてくれていた。エリン自身も難民達にとってはよくわからない少女ではあったが、それでも数年の付き合いがある。

 先日アシェンに言われたからかも知れないが、エリンは自主的にそういった手助けをするようになっていった。


「いい傾向だな」

「何が?」


 エリンが首を傾げる。


「なんでもない。……お前の言葉ももっともだ。元気なのは私と、お前の兄貴ぐらいだな」


 先頭をアシェンが歩き、最後尾をカイが警戒している。森の中には魔物も多く表れるため、自然とそういう形になっていった。

 ここに来るまでも何度か魔物達の襲撃を受けたが、全てアシェンが撃退している。食べられそうな魔物は食料になってもらった。

 水に関しても湧き水などで適宜補給はできているが、やはり少しでも落ち着ける場所に行かなければ体力は消耗する一方だった。


「兄さんは、元気だね」

「空元気だろうがな。父と母を殺されて家も失っているのだ。動いていなければ余計なことを考えてしまうのだろう」

「お父さんとお母さん……」

「それに関してはお前もそうだが」

「わたしは、平気かも」


 果たしてエリンが薄情なのか、それともその直前にあった諸々の出来事が彼女の感情を麻痺させているのか。

 そのどちらかはわからないが、今はそれで都合がいい。


「あの人達は、兄さんの両親だから」


 やはり心の何処かで線を引いていたということだろう。

 お互いにそうしていたことが、こういった事態になってエリンの心を護る結果に繋がったというのは何とも皮肉な話だ。


「だが実際、そろそろ限界が近いか」


 後ろを見れば、大半の者達がよろめくようにして歩いている。先頭を歩くアシェンに対して疑問も不満も出ないのは、そんなことを言っている元気がないだけなのかも知れない。

 折角生き延びれた者達をみすみす見殺しにするつもりはない。最悪この辺りで数日休む必要があるかも知れない。

 そうアシェンが考えたとき、その目があるものを捉える。

 それは鬱蒼と生い茂る木々のうちの一本についた傷だった。立ち止まってそれに近付き、辺りをよく回してみる。


「どうしたの?」

「これが何かわかるか?」

「わからない」


 エリンは素直だった。そもそも、その傷も小さすぎて確認できていないのかも知れない。


「矢による傷だな。これだけ鬱蒼とした森の中で弓を使う種族は僅かだろう」

「凄く弓が上手い人達?」

「違う。いや、違いはしないが。……エルフだ。現に」


 そこから少し離れたところに、アシェンは折れた矢を見つけた。恐らくこれが先程の傷をつけたものだろう。


「獲物を狙って外しでもしたか。連中が使うのは普通の弓矢ではない。魔法矢を主に用いる。その残滓がわかるか?」


 矢をエリンに渡してみる。

 エリンはそれを握って目を閉じた。


「……少しだけ……なんか、懐かしいかも」

「いい素質だ。恐らくこの辺りはエルフ共の狩場のようだな。近くに集落もあるだろう」

「……危なくないの?」

「危ないに決まってるだろ」


 そう答えたのはアシェンではない。

 いつの間にか近くに行って、急に会話に入ってきたカイだった。先頭をアシェン達が立ち止まって何かをやっているので、気になって見に来たのだろう。


「エルフっていえば、森に暮らす凶暴な種族って話を聞いたことがある。森に立ち入る人間は容赦なく殺し、その首を持ち帰って骨を首飾りに加工するんだとか」

「何処の蛮族だそれは」

「帝国はエルフに賞金を懸けるぐらいやられてるって噂だぞ? 迂闊に近付いたら……」

「貴様は阿呆か。なんで帝国にいいようにやられておきながら、連中の嘘を信じる?」

「……それは……確かに」


 アシェンに言われて、カイはすぐに納得したようだった。あの奴隷地区でそれ以外の情報もロクに与えられていなければ、それも仕方がない話でもあるが。


「エルフは男も女も容姿端麗だからな。人間どもからすればいい見世物になる」

「それが理由で帝国はエルフを?」

「私の予想だがな。連中の扱いは昔からそうさ。折角森から出れるようにしてやったのに、結局またこんなところに引きこもって」

「……何の話だ? でも帝国と敵対しているなら、俺達に協力してくれる可能性もあるってことだろ?」

「なくはないだろうが、あまり期待はしないことだ」

「帝国を倒すなら戦力が必要って、お前も言ってたじゃないか」

「やる気がない連中を無理矢理戦わせても仕方があるまい」

「……それは確かに……」

「その辺りは様子を見ながらだな。取り敢えずは食料と、ある程度の支援を取り付けられれば充分だ」

「ただで協力してくれる相手なのか?」

「さてな、頭でも下げる準備をしておけ。……最悪、戦闘の準備もな。さっきはああいったが、連中が私の知っているエルフと同種族とも限らん」


 もし帝国との関係が悪いのであれば、人間そのものに忌避感を持っていてもおかしくはない。

 決して好戦的な種族ではないが、縄張りを護るためならば武器を取るのがエルフという種族だ。


「まぁ、一応こっちには切り札もあるから大丈夫だろう」

「切り札?」


 カイの疑問に答えず、アシェンはエリンを見る。

 勿論彼女自身も、アシェンの視線の意味に気付くことはなかった。


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