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打ち倒す者

 紅く燃える炎の剣と、ウァラクの大剣が幾度となく激突する。

 既に周囲の戦いは収まっており、戦いの声はいつの間にか消え去っていた。

 生き残りは逃げ出し、ここで命を落とした戦士達は屍を晒すのみ。ウァラクと一緒にここまでやってきたジェレミーも、遠く撤退してしまったらしい。

 戦いを終えた帝国兵達がウァラクの周囲に集まってくる。彼等はウァラクに加勢すべき立場にあるが、二人の戦いの激しさからそれを躊躇していた。

 それでいい、とウァラクは心の中で呟く。

 鋭い剣撃が交差して、二人の身体が互いに弾きあう。

 距離を取ったその隙に、ウァラクは集まった部下達に対して号令を出した。


「お前等は撤退しろ。ジェレミーに言われた任務は完了した!」

「ですが、ウァラク隊長……」


 声をあげた帝国兵、ウァラクの部下が灰の少女を見る。彼にとってウァラクがこうして戦場で敵と一騎討ちに興じるのは珍しいことではない。

 だが、これほど長く戦っているのは初めてのことだ。しかもその相手が灰色の髪をした、間違っても戦士には見えない少女である。

 信じられないといった表情の部下に、ウァラクは上機嫌な笑みを見せる。


「俺は今楽しんでるんだ。わかるな?」


 それで全てを察したようだった。

 部下が号令し、辺りの帝国兵が引き上げていく。

 その様子を見て、灰の少女が笑った。


「統率の取れた部下達だな。悪くない」

「可愛い奴等さ。一緒に、地獄みたいな戦場にもついてきてくれる。今回の仕事みたいな気が進まないやつにもな」


 戦いを至上の喜びとするウァラクにとって、奴隷狩りなどという今回の任務は面白いものではない。

 一応は帝国兵という立場である以上、きただけに過ぎない。ジェレミーに恩を売っておけば、前線で暴れる際に補給が滞りにくくなるという特典もある。


「さぁて、続きと行こうじゃないか」


 大剣を構え、ウァラクが子供のような笑みを少女に向ける。

 目の前の少女との戦いは、ウァラクにとっても不思議なものだった。幾つもの戦場を渡り歩き、死地も経験した。それでも今よりも心が躍る相手には出会ったことがない。

 純粋な強さだけではなく、戦っていると心が躍る。繰り出す剣の一太刀が、その奥底にある力とは別の何かの片鱗をウァラクに見せつけてくるような、そんな相手だった。


「戦闘狂め。貴様、人間ではないな?」

「……気付きやがったか。身体は人間だよ、一応な。魂は魔族のもんだけどな。大昔に魔王って奴に負けちまってな、長い時間を掛けて人間に転生したんだが、これはこれでなかなか楽しいもんだ」


 魔王、という言葉を聞いたとき僅かに少女の表情に変化があったが、ウァラクは特にそれを機に留めることはなかった。


「心底戦馬鹿というわけか」

「そういうことだ。身体が変わろうが、時代が変わろうが関係ないし興味がない。人間でも魔族でも、戦いが起こるなら俺はそれを全力で楽しむだけだ」

「……貴様のようなものは他にも帝国にいるのか?」

「教えると思うかい?」


 こうして話し込んでいるが、ウァラクと敗の少女は敵同士だ。それ以上の関心を抱いているのもまた、本心ではあるが。


「だろうな。なら、もうここには要はない」


 少女の手から炎の剣が消える。

 それを見てウァラクは、肩を落とした。


「おいおい、ここまで楽しませといてそりゃねえよ」

「だったら掛かってくればいい。私は抵抗しないぞ?」


 挑発的に灰の少女が笑う。

 彼女はわかっていた。

 ウァラクがここで無抵抗の灰の少女を斬るような男ではないと。

 それは騎士道精神や優しさなどではない。ここで彼女を逃がした方が、より大きな戦いを楽しむことができる。灰の少女はここで逃げ出したまま、姿をくらますことはない。

 恐らく彼女はより強く大きな存在となって、ウァラクの前に立ちはだかることだろう。それがわかってしまったから、ウァラクは無抵抗の彼女を斬ることができなかった。


「くっ、はははっ! 素直な男だな、お前は」


 ごう、と風が吹いた。

 少女が魔法によって起こしたものだろうか、一瞬視界を奪われた隙に、少女は近くの建物の上からこちらを見下ろしていた。


「改めて宣言しておこう」


 風によって炎が吹き散らされ、辺りには暗闇が満ちる。その闇を斬り裂くような月光が、少女を照らしてた。

 そこから堂々と、彼女は胸を張って声をあげる。


「私の名はアシェン。契約に従い、貴様達帝国を打ち倒す者だ」

「帝国を倒すだぁ?」

「不可能と思うか?」


 ウァラクはそれには答えない。

 常識で考えれば、幾ら少しばかり腕が立とうとも手勢の一人も持たない、しかも華奢な少女がそれを果たすことなど不可能だろう。

 だが、目の前の少女には例えどんな不可能でも成し遂げてしまえるほどの覇気がある。

 そして何よりも。

 かつて魔王と呼ばれる最強に挑んだウァラクが、彼女の言葉を否定できるわけがなかった。


「今日はこの辺りにしておこう、魔族の戦士よ。貴様との戦い、なかなか楽しめた! 次に会うときを楽しみにしている!」


 一方的に宣言し、アシェンはそのまま建物の陰に消えていった。


「やれやれ。変な奴が現れたもんだ」


 そういうウァラクの顔には、無意識な笑みが浮かんでいた。

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