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紙一重

 男は紙一重で剣を止めていた。


 大剣はカイの頭の上、ちょうど髪の毛に触れた辺りで静止している。後僅かでも送れていたら、そのままカイの命を奪っていただろう。


 そうした理由は他でもない。


 圧倒的な何かの存在を感じたからだ。




「そいつを殺されては困る。まだ若く愚かだが、見込みがあると思っているのだ」


「奇遇だね、俺も同じ意見さ」




 アシェンの存在に驚くこともなく、見くびることもなく、男は大剣をカイの頭上からどけた。


 肩に担ぎなおしてから、改めて男がこちらを見た。


 アシェンの身長では見上げなければならないほどの大男。傍から見ればどう贔屓目に見ても、戦いになどなりようがない。


 だが、男は警戒を解かない。真っ直ぐにアシェンを見つめたまま、顔には凶暴な笑みを浮かべている。




「一応お前さんの話は聞いてたぜ。あのギルグって奴からな」


「知らんな、そんな奴は」


「ああそうか。まあどうせ死んでるだろうし、どうでもいいさ。寝てるところに悪かったな。俺は叩き起こして顔を拝みたかったんだが、生憎と上がそれを許してくれなくてね」


「あの無能貴族か。いや、正しい判断だろうな。私が動いたら、お前達に勝ち目はないだろうからな」


「よく言うぜ、この状況でな」




 奴隷地区の大半は炎に巻かれている。


 エリン達と一緒にいる以外の者達はほぼ全員、殺されているだろう。事実、先程までは響いてた奴隷の男達と帝国兵との戦いの音も、今は静かになりつつあった。




「別にここの連中が幾ら死のうと私の知ったことではない。私の部下になる機会を与えてやったのに、それをふいにした馬鹿どもだ。生き残らせるべき連中は、もう助けた」


「負け惜しみってわけじゃなさそうだな。可愛い顔してキツいこと言いやがる」




 男が一歩、足を前に出す。


 大剣を持ち、構えた。カイとの戦いでは見せなかった姿だ。それだけの脅威を、男はアシェンから感じ取っていた。




「小僧、向こうにエリン達が逃げている。今から追いかけて、奴等をまとめて奴隷地区の外まで連れて行ってやれ」




 呆けていたカイが、その言葉に我に返る。




「駄目だ。俺も戦う! こいつ、物凄く強いんだ!」


「ああ、わかっている。だからこそお前がいても何の役にも立たん」


「……ぐっ……」




 傷の痛みもあるのだろうが、アシェンにはっきりとそういわれ、カイが消沈する。そんな彼に、アシェンは更に続けた。




「だが、逃げている奴等を助けることは今のお前でもできる。こいつを倒すのは私に任せて、お前はお前のすべきことをやれ」


「……でも……」


「くどいぞ。この私がお前達を生かすというのだ、黙って従え。不満があるなら、それを口にできるだけの力を手に入れて見せろ。それもできないから、お前の父は死んだのだ」




 アシェンの一喝に、カイは言葉を返すことはなかった。


 一瞬だけ男を睨みつけてから、剣を拾って走り去っていく。ひょっとしたら少年は、泣いていたのかも知れない。




「厳しいねえ」


「事実だ。そして乗り越えてもらわなければ困る。大事な手駒にする予定なのだからな」


「それもお前さんがここから生きて逃げられればの話だけどな」


「できるさ」


「言ってくれるじゃねえか!」




 その言葉を合図に、男が地を蹴る。


 石畳を踏み抜くような勢いの加速で、その大剣が上から下にアシェンに向けて振り下ろされた。


 アシェンはそれを、先程ジェレミーから奪った装飾剣で受け止める。




「止めやがった!」




 そのまま懐に潜り込もうとしたところを、凄まじい速度の横薙ぎが封じる。


 上に飛んで避けたアシェンに対して、更にそれを追うような斬撃が繰り出された。




「流石に」




 アシェンはそれを装飾剣で弾き、地面に着地する。


 貴族が権威を示すために作られた剣は、二度のぶつかり合いに堪えることはできずそのまま砕けて地面に落ちた。




「勿体ないな。宝石だけでも回収したいが」


「そんな時間はやらねえよ」




 再び男が迫る。


 斜めから振り下ろされた大剣を避け、追撃も全て紙一重で避けきる。


 だが、男の攻撃もやむことはない。


 アシェンを少しずつ追い詰め、逃げ場所を奪っていく。


 圧倒的な大きさの大剣を、重さを殆ど感じさせないほどの勢いで振るっているにもかかわらず、その動きが鈍ることはなかった。




「捉えた!」




 宣言通り、アシェンは建物の傍に追い詰められていた。


 逃げ場はなく、そこに容赦なく大剣が振るわれる。




「こいつは結構疲れるんだがな」




 アシェンの手には、いつの間にか剣が握られている。


 この奴隷地区全てを飲み込まんとしているものと同じ、赤々輝く炎が剣のような形になってその手の中にあった。


 そしてそれを持って、アシェンは男の斬撃を受け止めていた。細身の少女が、見上げるような大男の渾身の一撃を。

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