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ウァラク

 奴隷地区から少し離れたところある街。


 ジェレミーはその屋敷を借り上げ、利用していた。


 あの恐ろしい父から離れられるのはありがたいが、ここは辺境過ぎて娯楽に欠ける。今はジェレミーはオラスの息子として彼の指揮下に入っている。


 できるだけ早く手柄を立てて、父を無視して本国に帰還したい。田舎の空気は自分には合わないと、ジェレミーは考えている。


 そのための何かを探しているのだが、平定がほぼ終わってしまった土地ではそれも難しい。


 せめて反乱の一つでも起こればいいのだが……。


 そんな物騒なことを考えながら、ジェレミーはしかめっ面で目の前にいる男を見上げている。


 場所は屋敷の入り口。ジェレミー自ら迎えに出た理由は簡単で、この男に屋敷内を歩き回られたくなかったからだ。




「相変わらずしけた面してんなぁ」




 全く悪びれずに、男がそういう。


 身長は見上げるほど高く、手足はまるで丸太のように太い大男だ。


 獣のように鋭い目つきと、炎のようにも見える赤い長髪が特徴的で一目見たら二度と忘れることはないだろう。


 男の名はウァラク。


 詳しい出身はジェレミーの知るところではないが、名字がないことから恐らくはあまり位が高くないはずだ。




「何の用だ、ウァラク」




 嫌がっている態度を隠しもせずに、そう尋ねる。そこに僅かばかりの恐怖が込められていることには、ジェレミー自身も気がついてはいなかった。




「何って、魔物狩りの帰りだよ。ゴブリンの数が増えたって話で、お前も任務に就いたんじゃねえのか?」




 そういえば、そんな話だった。


 ゴブリン討伐なんてものは、ジェレミーにとっては奴隷を戦わせる娯楽に過ぎない。ウァラクにそういわれるまで、そんなことがあったことも忘れていた。




「ああ、あったな。部下達がゴブリン・ロードが出たって言ってたけど……」




 あの戦いの詳細を、ジェレミーも忘れていた。


 というよりも、あの状況でどう生き延びたかを幾ら考えてもまともな答えが出ないので、大した戦いではなかったと思い込んでいた。




「実際のところはどうだった?」


「奴隷如きに倒されたんだ。ゴブリン・ロードなんかいなかったよ。まったく、あいつらときたら」


「……それはどうかね」


「なに?」




 ウァラクの一言に、彼の顔を見上げながら問い返す。




「俺達の方でもゴブリン・メイジを何匹か狩ってる。それ以外にも、妙に武装したゴブリンが多かった。そして連中はどいつもこいつも、まるで指揮官を失った兵士みたいに無秩序な動きをしてやがった」


「ふん、ゴブリン如きの動きに理由を付けようとするのか?」


「そういうことをするから面白いんだよ、戦場ってのは」


「僕には理解できないね」




 ジェレミーが目の前の男を嫌う理由が一つ。


 彼は戦闘狂であり、自ら進んで戦いに赴く。そして圧倒的な武力により、数々の武勲を打ち立ててジェレミーに対してこのような態度を取れる地位についた。


 それが親の七光りで今の立場にいるジェレミーには気に入らないことの一つだ。


 楽をして手柄を立てることこそが一番であり、わざわざ痛みを伴う戦いを好むなどジェレミーには理解できない。


 もっとも、相手を一方的にいたぶれるのならばその限りではないが。




「とにかく、そういうわけだ。あらかた片付いたんで戻ろうとしたんだが、ここが近いことに気付いてな。ジェレミー殿には、俺の可愛い部下達に飯でも振舞っちゃくれないかと」




 目の前のウァラクという男も苦手だが、その部下もジェレミーは嫌いだった。指揮官に似て礼儀知らずで、品がない連中だ。


 ジェレミーは舌打ちをして、傍に使えていたメイドに指示を出す。




「ちっ。お前、食事の手配をしてやれ!」


「は、はい!」




 メイドは泡を食って飛び出していく。決して大規模な部隊でないとはいえ、数十人はいる。その食事の用意などすぐできるものではないが、遅れて面倒が起きれば不機嫌になったジェレミーから折檻が飛ぶ。




「これで用件は終わりだろ? さっさと何処かに行け」


「連れねえなぁ……。まあいいけどな、俺も飯以上は望まねえよ」




 ウァラクは苦笑いを浮かべて、その場を後にしようとする。


 そこに、一人の帝国兵が小走りでやってきた。




「ジェレミー様、緊急のご報告が」




 帝国兵は一瞬ウァラクを見て驚いたが、すぐに彼に礼をするとジェレミーへと向き直り報告を始める。




「奴隷地区にいる奴隷の一人から、こちらに情報提供がありまして」


「……なんだと?」




 話の内容を簡潔にまとめると、奴隷地区の者達が反乱を企てているというものだった。


 まだしっかりと調査をしていないので確定ではないが、目の前の兵士が言うには炭鉱からも破損を理由につるはしが数本消えているらしい。




「無様に奴隷として生きるより、死に花を咲かせようってか? 立派だねぇ」




 愉快そうにウァラクが笑った。


 ジェレミーは奴隷如きの反乱と聞いて、一瞬で頭に血が上りかける。だがすぐに事態が自分に都合よく転がっていることに気付いた。


 そもそもあの奴隷地区は、帝国の無計画ともいえる版図拡大によって収容しきれなくなった奴隷達を飼い殺しにしている場所でもある。


 父であるオラスも常々、あの場所を放棄したいと考えていた。


 勿論、ジェレミーにとっての連中の命などどうでもいい。唯一、あの場所にいる魔導師の血筋さえ確保できれば。




「ウァラク、お前に仕事だぞ」




 本来ならばきちんと調査をして、軍の編成を整えるべきなのだろう。奴隷とはいえ、死に物狂いで抵抗されては被害ができるかも知れない。


 だが今のジェレミーにはそんなことは関係ない。要は名目さえあればいい。


 そして戦力も、目の前に都合のいい男が一人いる。


 それこそたった一人で、奴隷地区の連中を皆殺しにできるほどの力を持った男が。




「……奴隷相手かぁ、あんまり気合が入らんのだがね」


「文句をいうな。一応、僕の方がお前より立場が上なんだぞ」




 指揮権としては同じ程度の権限を持っているが、貴族ということもあってか実質ジェレミーの方は一つ上の位として扱われている。




「……まぁ、いいか。俺もちょっと、気になる噂を耳にしたんでね」


「なんでもいいさ。別に何かをしろってわけじゃない、奴等の抵抗が激しければお前が出陣しろ。そうじゃないなら、後ろで見てればいい」




 帝国軍に所属している以上、ウァラクがその命令を拒むことはできない。


 こうしてジェレミーは、最高の保険を手に入れたうえで奴隷狩りという娯楽に向かうのだった。

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