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アシェンと反乱軍

 ある日の夜、床につこうとしてたアシェンはカイによって起こされた。


 もう既に頭が睡眠に入ってたアシェンが眠い目を擦りながら彼の後を付いていくと、奴隷地区の奥まった場所へと案内される。


 そこには小さな篝火が建てられており、中央にはボロボロだが大きめのテントが張られている。


 どうやら大分警戒が強いらしく、奴隷の中でも屈強な男達が何人か周囲で見回りをしているのも見えた。


 彼等はアシェンを見ると、変わらずに侮蔑的な目線を送ってくる。絡んでこないのは、近くにカイがいるからだろう。


 テントを潜って中に入ると、木製の椅子が円を描くように並んでいる。殆どボロボロで、なんとか使えそうなものを集めてきたといった感じだった。


 椅子は一ヶ所だけが開いており、中心にいるのはカイの父ボルスだった。その隣には彼の妻が座っている。彼女が、この場での唯一の女性だった。




「楽しそうな集まりだな」




 アシェンの軽口には誰も答えない。


 ボルスが視線でカイに座るように促す。カイは一瞬、アシェンの方を見たがやはり父には逆らえないようだった。


 ここにアシェンの椅子はない。立った状態のまま、ボルスは話を始めた。




「灰色。先日のゴブリン討伐任務、無事に戻ってこれたことを褒めてやろう」




 エリンやカイから話は聞いている。


 ボルスはこの辺りを治めていた部族の長で、本人も武芸に秀でている。だからこそこうして奴隷達を纏め上げることができているのだろう。


 だが同時に、彼の力は納得していない。自分達が敗北して虐げられる立場にあるという事実に。


 だからこうやって、同じ奴隷という階級にも関わらずに恥じることもなく人を見下せるのだろう。


 とるに足らん男、というのが今のところのアシェンの評価だった。




「そのことについて、カイが妙なことを言っていてな。お前がゴブリンの大半を倒したと。そして魔法のような力で、ゴブリン・ロードを討伐したともな」




 アシェンは答えず、周りの様子を見渡した。


 カイは真剣さと不安さが入り混じった表情をしていて、それ以外の連中は半信半疑といった顔だ。


 その中に一人、妙に顔を青くしてアシェンを見ている男がいる。




「その話は真実なのか?」


「仮に私が本当だと宣言したところで、お前達はそれを信じるのか?」


「俺の名において、バアルの民の誇りにかけて信じよう。だが騙したとしたらそのときは……」




 確かめること自体は難しくはない。誰かと模擬戦でもやらせればいいだけのことだ。もしそれだけの力がないのなら、灰色如きすぐに殺してみせるということなのだろう。


 奴隷が奴隷達の中で地位を持ち、他者を下に見る。


 なんとも愚かなことをやっている連中だ。


 ここで嘘を吐いても何も変わらない。奴隷としての日々を長々と過ごすわけにもいかないのだ。エリンのためにも。




「本当だ」




 息を吐いてから放った一言に、ざわめきが起こる。


 カイの表情がこれまでの不安そうなものから一転して、明るいものへと変わったのが見えた。




「理由は語らんがな。ここにいる連中で、私に勝てる者はいないだろうな」


「なんだと?」




 椅子に座っていた男の一人が、立ち上がろうとする。


 それをボルスが手で制した。とはいえ、アシェンの不遜な言葉に苛立っているのは彼も一緒のようではあるが。




「お前に提案がある」




 静かに、しかし確かな重さを込めてボルスが口を開く。




「俺達に協力しろ」


「順番がおかしいだろう」




 間髪入れず、アシェンはそう返した。


 灰色が生意気な言葉をいうのが許せないのだろう、周りからは明らかな怒気が放たれ始めている。




「私はお前達が何をやっているのかも知らん」


「……確かにそうだな。だが、それを聞けばお前はもう後戻りが出来なくなる。秘密を知り、我等に協力しないのならば」


「殺すと?」


「これまでもそうしてきた」


「……ま、何をしようとしているのかは想像がつく。大方、帝国への反乱を企てているんだろう?」




 ボルスの表情が歪む。




「正解のようだな。それで、自分で言い当てた場合はどうなる?」


「知ったなら同じことだ。お前が帝国に話を持っていけば、俺達は殺される。ならば」


「勝算はあるのか? ここにいる僅かな人員でどう戦う? 武器は? 帝国から逃げ出したところで、何処に向かう? そもそも、お前達にとっての勝利はなんだ?」




 矢継ぎ早な質問に、ボルスは面食らった様子だった。


 それでも一族の長である彼は、アシェンの質問に答える。




「奴隷地区の者達全員を集めれば、それなりの数になる。まずは緒戦を勝利し、同じように虐げられている者達を仲間にする。武器は少しずつだが貯め込んでいる。逃げる必要はない、このまま帝国を倒してしまえば」


「話にならんな」




 明らかな嘲笑を交えて、アシェンはボルスの言葉を遮った。




「奴等の装備を見たことがあるだろう? 騎士階級は魔法金属の装備、兵士達もいい質のものを使っている。ここで用意できる武器はなんだ? いいところ炭鉱からくすねたつるはしだろう?」


「足りぬ部分は誇りと連携で……!」


「誇りなど敗北した時点で奪われた。どうして同じ奴隷同士ですら対等に接せない貴様等が、訓練を受けた兵士と同等の連携ができると思う?」


「貴様!」




 我慢できなくなったのは、ボルスの隣に座っていた男だ。彼も同じ部族なのだろう、肌の色や髪の色が似ている。


 ボルスもどうにか堪えてはいるが、額に青筋が浮かんでいる。後一言多ければ、アシェンに殴りかかっていたかも知れない。


 手を伸ばした男をひょいと避けて、足払いを掛けて転ばせる。うつ伏せに倒れたその背に座り、首に手を掛けた。




「私は魔法が使えるぞ? こいつの首を吹き飛ばしてもいいが」


「よせ!」




 焦った様子でボルスが止める。どうやら同じ部族の男のことは大事らしい。


 アシェンは男の背に座ったまま、話を続ける。




「交渉の余地はある」


「……なんだと?」


「私に全ての指揮権を寄こせ。そうすれば、お前達を勝たせてやろう」


「……全てとは?」


「言葉通りだ」


「……権力を持ったお前が、これまで虐げてきた者達に報復しない保証は?」


「ないな。お前達が自分でやってきたことだろう?」




 実際のところ、アシェンは灰色と呼ばれる少女が何をされてきたかなどそれほど興味はない。


 エリンやカイの話から察するにちょっとした嫌がらせた暴力、雑用の押し付け程度の話のようだっが、果たしてそれが幼い少女にとってどれほどの重みになっていたかまでは理解しようもなかった。




「それはできん。その代わりに、お前の待遇は改善させることを誓おう」


「お前達は面白いな。虐げてきた自覚があって、それでもなお悪びれもせず私を操れると思っている」




 これはアシェンにとっては、ちょっとした嫌がらせに過ぎない。あの灰色の少女がそれを願っているかは別として、小さな復讐でもあった。


 現にアシェンの言葉を聞いたボルス達は、明らかに動揺している。


 彼等は無意識に親のいない、自分達とは遠いところで生まれたであろう少女が灰色と呼んで蔑み、それを当然のこととした。


 虐げられる痛みを知っていながら、それを他者に押し付けて自分達の慰めにしていたということだ。




「交渉決裂だ。夢見がちな死にたがりを手伝って死ぬ気はない」




 アシェンは男の背から立ち上がり、テントを後にしようとする。




「まだ話は終わっていない」




 それをボルスが低い声で制した。


 歩き始めたアシェンは立ち止まり、一度だけ振り返った。


 金色に変わった瞳で、その場の全員を睨みつけながら。




「私が終わりといったら終わりだ」


「俺達を敵に回して、この地区で暮らせると思っているのか? 適当な罪をお前に着せ、帝国に売ることだって」


「くははっ……!」




 ボルスの言葉に、アシェンは腹を抱えて笑った。


 彼等は怒りより前に、アシェンに対する恐怖と戸惑いが勝ったようで誰も殴りかかってくることはない。




「御大層な部族の誇りとやら、やはりもう消えているではないか」




 今度こそ、誰もが沈黙した。


 帝国を憎み打倒を志す彼等は、制御できないアシェンの処分に帝国の力を借りようとした。


 その矛盾を突かれて、誰もが言葉を口にできなくなっていた。




「明日も朝から仕事があるんだ。私は寝るぞ、起こすなよ。水を沢山運ぶのは結構体力を使うんだぞ?」




 今度こそ、去っていくアシェンを止めるものは誰もいなかった。


 アシェンが去った後、ボルスが解散の号令をかけるまでテントの中を沈黙が支配する。


 その中で一人、ずっと青い顔で小さく震えている男がいた。


 彼の名はギルグ。


 ここ数日は体調が悪いと訴えていた男。


 勿論それは嘘。


 彼は灰色と呼ばれていた少女を殺したはずの男だった。

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