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反乱の兆し

 奴隷地区の夜の闇のなか。

 僅かな篝火が灯されたその場所は、奴隷地区の中でも外れの方に位置していた。

 奴隷地区には時折帝国の兵士が見回りに来るのだが、彼等の大半はやる気がなく、同じ巡回ルートを回って終わりだった。

 彼等にとって奴隷とは、その程度の存在でしかない。

 特区に生きる理由を奪われた、動く屍。

 だが、ここに集まった者達はそうではない。


「だからさ、俺は見たんだ! あいつが、凄い力でゴブリンを倒すのを!」


 小さなテントのなか。

 一部の選ばれた者だけが入ることを許されたそこは、反乱軍の本部とでも呼ぶべき場所だった。

 とはいってもそこにはボロボロのテーブルが一つと、椅子が幾つかあるだけ。本部、とは名ばかりだ。

 だが、彼等にとってはそれが何よりも重要だった。こうやってシンボルを立て、辛い日々を生きる上での心の拠り所にすること。

 いつか帝国軍を妥当し、忌まわしき貴族達の首を晒してやることこそが彼等の生きる意味。

 その中心である男が、カイとエリンの父だった。

 名をボルス。カイと同じ茶色がかった短髪の、逞しい身体をした壮年の男だ。

 その隣には彼の妻もいる。何かを発言するわけではないが、寄り添うようにボルスを支えていた。

 その両親の姿は、カイにとっては誇りだった。

 奴隷として服従させられながらも、誇りを持ち続ける両親のためになるだろうと思い、カイはあのとき見たアシェンの姿を語っていた。

「カイよ」

 重々しく、ボルスが口を開く。

 ここで見る父は、家にいる彼とは別人のようだった。

 反乱軍のリーダーとしての立場が、そうさせているのかも知れない。


「お前の話を疑うわけではない。俺達はお前を、嘘を吐くような子供に育てた覚えはないからな」

「だったら……!」

「だからと言って全てを信じることができないのも、聡明なお前なら理解できるだろう? 何せお前が語るのはあの、『灰色』なのだから」

「……それは……そうだけど」


 父の言うことは正しい。

 アシェンは何もできない少女だった。

 娘であるエリンと仲がいいので両親やカイも一緒に過ごすことがあったが、彼女は何の仕事をやらせても失敗ばかり。

 自分の意見を言うことも滅多になく、誰かに何かを言われてはひたすらに謝り続けていたような記憶しかない。その程度の存在だったはずだ。

 そんな彼女が強大な力を発揮して、ゴブリンを倒した。そしてカイ達を生存させたなど、すぐに信じられるわけがない。


「でも、俺はこの目で見たんだよ。あの場には、ゴブリン・ロードもいたんだ。アシェンがいなければ、俺達が無事に帰ってこれるわけが」

「それ自体が何かの間違いだった可能性はないのか? 大きめのゴブリンを見間違えたような」


 父のその言葉を、カイはすぐに否定することはできなかった。

 実際あの場でのカイは冷静ではいられなかった。初めての戦場という場で、興奮と恐怖が頭の中を支配していた。

 だからこそ、少しだけ他と違うような個体を見て混乱していた可能性も否定できない。

 勿論それはカイに限った話ではなく、他の奴隷兵士達も同じように考えていのだろう。

 彼等の頭の中には、一様に「あの灰色にそんなことができるわけがない」という先入観がある。

 何よりも。


「それにあの灰色がそれだけの力を持っていたとするのなら、何故」


 父は一度、言い淀む。

 彼もアシェンが奴隷地区でどのような扱いをされていたかは知っているが、それを口にするのには抵抗があるようだった。


「何故これまで愚図の振りをしていた? 我々を図っていたとでも?」


 それは一つの、恐怖の可能性だ。

 カイは思わず、周りを見る。

 反乱軍には男も女もいるが、その誰もが気まずそうな顔をしていた。

 彼等は多かれ少なかれ、アシェンに対して酷い対応をしていた。奴隷という身分を誤魔化すため、自尊心を保つために彼女を最下層と思っていた。

 仮に彼女がそうでなかったら。

 自分達の手に負えない力を持っていたとしたら。

 それが自分達に振るわれることも、おかしな話ではないからだ。


「それは、わからない……。けど、何か事情があるんだと思う。でも確実に、あの時のアシェンは俺達を助けてくれた」


 アシェンがその気なら、カイ達はあの場で殺されていた。彼女がそれをしなかった理由を、カイは信じたかった。


「……あの灰色がな、にわかには信じられんが」


 それを伝えてもなお、ボルスはアシェンを灰色と呼ぶ。

 カイ達はこの辺りの地区で栄えていた民族だ。それが帝国の侵略により、住む地を奪われてそのまま奴隷とされた。

 ボルスはその長として君臨していた。その血が、アシェンを認めることを拒否するのだろう。彼女は流れ者で、最初からここにいたわけではない。

 父ボルスに憧れる一方で、そういう大人の頭の固さのようなものを受け入れがたいというのが、カイの本音だった。


「……だが、どちらにせよその話は確かめる必要があるかも知れん」


 息子を言葉を全て嘘やまやかしだと切って捨てることもできない。

 何よりも、反乱軍にとって戦力が欲しいというのも事実だった。


「カイ、次回の会合。アシェンを連れてこい」

「わ、わかった……」


 ガタリと、椅子が倒れる音がした。

 全員の視線がそちらに向かう。

 そこにいたのは、一人の男だった。名前はギルグ。反乱軍の一員だが、粗暴な印象が強くあまり好かれてはいない。


「どうした、ギルグ?」


 小さな灯りに照らされたその顔は、蒼白と言ってもいい。まるで何かに怯えるように、小さく震えているようにも見える。


「い、いや」


 ギルグは何かを言いかけ、躊躇った。


「ちょ、ちょっと体調が悪いみたいだ。すまねえ、今日は早めに休ませてもらうぜ」

「それがいいだろうな。明日も早朝から仕事だ。……今日はこの辺りで解散にしよう」


 ボルスの言葉を聞いて、それぞれが席を立って建物から出ていく。

 残されたのは、カイとボルスとその妻の親子三人だけだ。


「あの、父さん」

「どうした?」

「エリンのことだけど」


 最近、父や母のエリンに対する態度が目に見えて冷たい。

 カイからすれば彼女は大切な妹なのだから、現状を何とかしたいというのが本音だった。


「ああ、あいつか」


 だが、変わらず父の声色は冷たいままだ。


「反乱のための資金になるかと思っていたが、やはり約束は違えられたようだな。後はあの帝国貴族に差し出して、時間稼ぎにでも使うしかないだろう」


 それが全く過ちでもないかのように、父は吐き捨てる。


「あの子を引き取ったときには、お金を沢山もらえたのにねぇ。いつか引き取りに来て、そのときに残りの謝礼を渡すって言ってたのに、もう十年以上」


 仕方がない、とばかりに母が付け加える。

 兄ならば、本来ならばここで言い返すべきなのだろう。

 だが、カイにはそれはできない。

 カイにとっては奴隷となっても族長である父の言葉は正しく、何よりここで二人が分裂することがあっては帝国に対する反乱など成功するわけがないのだから。


「……じゃあ、俺ももう寝るよ」

「それがいいだろう、カイよ。後少しだ、後少しで反乱の狼煙が上がり、全てが報われる」


 そう語る父の顔は、いつもの優しい彼のものではない。

 何かに憑りつかれたような表情をしていたが、子供であるカイにはそれを直視する勇気はなかった。

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