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貴方は誰?

「おい、起きろ」

「……んあ?」


 身体を揺すられ、乗り心地の悪い馬車の中で目を覚ます。

 どうやら帰りの馬車の中ですっかり眠りについてしまっていたらしく、気がついたら奴隷地区へと戻ってきていた。

 本来は人を乗せることを想定していないのだろう、荷物用の馬車には窓がない。建付けの悪い扉の隙間から差し込む朝日が、妙に眩しい。

 ガタンと、乱暴に馬車が止まる。

 すぐに扉が開け放たれ、「降りろ」と指示が飛んだ。

 のそのそと、未だに生きて還れたことを信じれられない奴隷達が下りていき最後にカイとアシェンが続いた。

 帝国の馬車がきたことで本来ならばジェレミーの出迎えに来たのだろう。徴兵された者達が戻ってくるとは思ってもみなかった奴隷達は、全員無事な姿を見て目を見開いて驚いている。

 アシェンはそんな彼等の表情を見て、愉快そうに唇の端を釣り上げる。そんなアシェンの視線を向けるカイは、訝し気な表情を隠そうともしていなかった。


「あー、今回は奴隷兵士諸君の活躍によってゴブリン達を想定より手早く片付けることに成功した」


 何処かバツが悪そうに、ジェレミーが告げる。

 夕闇に閉ざされた森の中では、彼等にとっても誰がゴブリン・ロード達を倒したのかはわからなかったようだ。或いはアシェンの働きを見たものもいたのかも知れないが、そんなことはありえないと思い込むことにしたのだろう。


「今回の戦いで活躍したものには、後日報奨金を約束しよう」

「本当に払われるのか?」


 小声で、隣のカイに尋ねる。


「前も生き残りには幾らか金は出されてたよ。とはいっても、俺達のところにくるころには中身は殆ど残ってないけど」

「なるほどな」


 それからのジェレミーは何か言っていたが、大半はくだらない内容だった。彼等も疲れているのだろう、早々に引き上げていく。

 ジェレミー達が去っていくのを待ってから、奴隷達の間で喜びの声が上がる。死ぬと思っていた者達が無事に生きて帰ってきたのだから、それも無理もない話だった。


「でもどうやって生きて帰ってきたんだ? あの貴族野郎が護ってくれるとも思えないし」

「あ、ああ……」


 徴兵された男が、何と答えていいのかわからずに言い淀む。彼はアシェンの活躍を見ていたはずだが、それを口にすることは憚られたのだろう。

 それまで役立たずと言われていたアシェンがゴブリンを倒したなど、誰にも信じられない。嘘つき呼ばわりされるだけならまだしも、もし信じられてアシェンの立場が向上しても彼にとっては面倒だった。

 アシェン自身もここで矢面に立つことは本意ではない、何も言わずに彼等に手柄をくれてやろうと思っていたのだが。


「アシェンだ」

「おい」


 止める間もなく、カイが通る声で名を告げた。


「アシェン……?」

「灰色のことか」

「あの役立たずが? カイ、冗談はよせよ」


 集まった者達から非難の声が飛ぶ。

 それでもカイは怯まずに、その中心にいる男、自分の父に向けて再度語り掛ける。


「本当にアシェンなんだ。剣を使ってゴブリンを倒したし、それだけじゃない。見たことない魔法だって」

「魔法? 灰色が?」

「そういえばしょっちゅう、あの怪しい石碑の前で何かしてたよな」

「それが魔法のための儀式だったってことか?」


 口々に勝手な憶測を話す奴隷達。

 その中でカイの父親は、真剣な目で息子の話を聞いていた。

 彼は恐らく奴隷を取りまとめる立場にある。多くの奴隷達が希望を見失っているなか、まだ目には光が灯っている。

 もっともその輝きは、アシェンにとっては己も他者をも顧みない危険なものにしか映っていなかったが。


「カイ、お前の話は本当なのか?」

「嘘なんか吐くもんか! 俺達が生き残れたのはアシェンのおかげなんだ! なぁ、みんな……」


 視線を他の奴隷兵士達に向けて、カイは絶句した。

 彼等は一様に、首を横に振っている。アシェンの活躍を、決して認めないといわんばかりに。


「い、いやぁ……どうだったかなぁ……あの時は必死だったから。カイがゴブリンを倒したところは見てたけど」

「そ、そうそう! カイの活躍は凄かったけど……灰色はなぁ、こんな細くて小さいし」

「み、みんな……なんで……?」


 カイという少年は、少しばかり正直すぎた。

 ここに暮らす奴隷達にとっては、灰色が自分達が思っているよりも力を持っていることなど、認めがたいことだ。

 灰色に力があるとわかれば、そこに取り入る者達が出てくる。そして派閥が生まれれば、これまで灰色を蔑んでいた者達が復讐される恐れが出てくる。

 彼等はそれを望まない。


「なあ、アシェン!」


 カイがこちらを見るが、アシェンは目を逸らした。

 そしてそれが彼等にとって、最も望むべき答えだったようだ。


「激しい戦いだったし、カイも混乱してたんだろ」


 誰かの言葉が、この話し合いの終わりを告げた。

 それから口々に仕事のことをぼやきながら、彼等はいつもの日々に戻っていく。

 カイも何か言いたげにしていたが、父親に促されてそのまま自宅へと戻っていく。流石に戦いを終えて戻ってきた者達には、今日一日は休養が与えられるようだった。


「アシェン、なんにせよお前も戦場帰りだ。今日はゆっくり休め」

「仕事サボって戦地にいって、男の影に隠れてまたお休みとはいいご身分だこと」


 女の一人がそんな嫌味を言いながら、仕事へと向かっていく。


「……ふぅ」


 人が捌けて、アシェンが息を吐く。


「やるべきことは見定まった。……後は、なんにせよ情報か」


 この奴隷地区でもまだ得られる情報は幾らでもある。自分が置かれている状況や帝国の規模など知らなければならないことは多い。


「焦りは失敗に繋がる。……かつての私のようにな」


 過去の自分に想いを馳せて、それを自嘲する。

 その行いが間違っていたとも思わず、全てが失敗したともアシェンは思わない。ただそれでも、その全てを肯定できるほど、愚かでもないつもりだった。


「アシェン」


 考え事をしていたら急に名前を呼ばれて、アシェンは珍しく身体をびくりと震わせる。

 振り返れば、そこにはエリンが立っていた。恐らく最初からいたのだろうが、人混みに紛れて見えなかったらしい。


「エリンか。仕事はいいのか?」


 振り返ってそう声をかけても、エリンは何も言わない。

 じっとアシェンの目を見つめて、押し黙っている。

 慌ただしく奴隷地区が動き出し、幾人かの奴隷が二人の傍を通っても、彼女は何も言わない。

 何を言葉にするか、どう口にするかを考えているのだろう。元々無口なエリンだから、それには余計に時間がかかるのかも知れない。

 だが、これからの問いは彼女にとっては何よりも重要なことだ。それを理解しているから、アシェンもエリンが言葉を選ぶのを待ち続けた。

 やがて、エリンが口を開く。

 視線を逸らさず、はっきりとした口調で。


「貴方は、アシェンじゃない。貴方は誰?」


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― 新着の感想 ―
人は弱い……という顔をしていたら最後の展開でうおおおおお!!!???やっぱり気づいちゃった!?やっぱり気づいちゃいましたか!!?となり、ちょっと浮いてしまいました。幾らなんでも魔王、前のアシェンの人格…
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