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少女の祈りと、理不尽な死

 ある集落の路地裏。

 誰が何のために置いたのか、そんなことすらも忘れ去られた小さな石碑の前。

 一人の少女が二人の男達に囲まれ、いたぶられ続けていた。

 それは彼等にとっては必然の懲罰。

 しかし、少女にとっては急に襲い掛かった理不尽な災害。

 男達と少女に縁があったわけではない。狙って彼女に暴力を振るっているわけではない。

 ただ見られてしまったから、聞かれてはいけない会話を聞かれてしまったから。たったそれだけの理由が、彼等にとっては何よりも重要だった。

 そして何よりも、少女の存在が彼等が今暮らしている『奴隷地区』において殆ど役にも立たず厄介なものであるという理由もあったのかも知れない。

 男が、少女よりも何倍も太い足で蹲った身体を踏みつける。

 そのたびに少女の身体は痛みを堪えるように呻き震えるが、彼等にとってはそんなことは大した問題ではなかった。

 その暴行の音、少女のくぐもった悲鳴が木霊してもなおここに助けがくることはない。

 自分の命を懸けて、余計なトラブルに巻き込まれてもか弱い命を救おうなどというお人好しは、殆どいなくなってしまったのがこの奴隷地区と呼ばれる町だった。

 ここに住む者達に人間として最低限の権利はなく、例え路傍で死んでいたとしても無機質に処理される。

 その中でも家族を持たない少女は、もっとも憐れな死に方が約束されていたようなものであった。

 時刻は夜中。

 真っ暗な闇の中に、人を殴る音だけが響く。

 少女を執拗に殴る理由には、或いは日々の鬱憤を晴らすというものがあったのだろう。

 少女の身体が朱に染まる。

 殴られた場所は鬱血し、不気味な色へと変わっていく。地面に垂れた液体は闇の中に溶けるようで、それが血であることを理解するのに少しの時間を要した。

 蹲り、暴行を受け続け。

 時間にしてそれほど経ってはいないだろうが、それでも大人が幼い子供を死に至らしめるには充分だった。


「だ、れか」


 視線だけを動かす。

 霞みつつある視線の先にあるのは、小さな石碑。

 誰がここに置いたのか、何のためにここにあるのか。

 遠い昔に忘れされられたその場所を、少女は見つめ続けていた。

 蹲り、手を組み、祈る。

 果たしてそれは天の神にだろうか、或いは幾ら祈っても自分達を助けてくれないそんなものに対しての敬意は消え去っていたのかも知れないが。

 少女自身にもそれはわからない。

 一瞬、痛みが消える。

 少女が顔をあげ、その石碑を見る。

 ごぼ、と。

 口から血が溢れだした。

 そして視界の端に、何かが見える。男の一人が何処からか持ってきた、砕けた石の欠片だ。両手で持つほどの大きさがあり、それを振り下ろされれば今度こそ命はない。

 もうそんなことは少女の眼中にない。

 ただひたすらに祈る。

 祈りの言葉を口にする。


「あの子を、救ってあげて。わたしの、たった一人の」


 ――灰の髪の少女は祈る。


 自分のためではなく、他人のために。

 こんな自分に優しくしてくれた、ここにいない別の少女のために。


「お願い、しま」


 少女の言葉が最後まで紡がれることはない。

 振り下ろされた石の、その鈍い耳を塞ぎたくなるような音が全てを掻き消し、少女の命を奪ってしまったからだ。

 少女の息がないことを確認して、男達はその場を去っていく。

 死体を処理する必要などはない。この町ではさして珍しいことではなく、誰がやったかさえわからなければ大きな問題にはならないのだから。

 やがて周囲に静寂が訪れる。


 ――斯くして少女の死に際の祈りは、この国の運命を大きく変えることになった。


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― 新着の感想 ―
ホムンクルスの時から思っていましたが、しいたけさんの文章やっぱり好きです。少女が複数人に暴行される辛い始まりではありますが、死にかけているというのに自分には優しくしてくれた少女のために祈るというのがと…
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