5話
一年と一ヶ月前。
十五の歳を迎える少年少女が講堂に集められた。
講堂から少し離れた庭で、二人の少女が話しこんでいた。
「アッシュ、ほんとのほんとに、この学園に残る気なの?一緒に外に出ようって言ってたじゃない」
栗色の髪の少女が、背の高い少女に詰め寄っていた。
アッシュ――アシュレイは、自分を見上げる栗色の髪の少女を見下ろして、困ったようにゆるく首を振った。
「エリン、もう決めちゃったの」
肩につくかつかないかという長さの砂色の髪が揺れた。
エリンが懇願するように、アシュレイのブレザーの裾を掴んだ。
「なんでよ。アッシュだって、将来は結婚して子ども生みたいって言ってたじゃない。ここで母の道を選べば、学園がいくらでもいい縁を用意してくれるわ。魔法の素質があるからって、勝手にこんなところに閉じ込められて‥‥それでも我慢してこれたのは、その話があったからじゃない」
五歳になる子どもを対象に、国中で行なわれる魔力診断。
そこで魔法使いの素質ありと診断された子どもは、魔法学園に入ることを義務付けられている。
アシュレイは五歳のときに魔力を見落とされ、七歳で学園に入学したが、他の生徒たちはほとんどが五歳からここで暮らしている。
しかしその義務も、十五歳までだ。
十五歳になれば、学園の生徒たちは自由に外に出ることができる。
しかし実際のところ、学園以外に生きる術を知らない子どもたちは、門を開けられても外の世界に出ようとはしなかった。
たとえ外に出たとしても、数ヶ月とたたないうちに再び門の中に戻ってきた。
男の子は学園の上部組織である魔法協会に属し、女の子は魔法を捨て学園が縁組した相手に嫁ぐ。
それが普通だと思われている中でのアシュレイの選択を直前に聞かされたエリンは驚き、とんでもないことを言い出した相手を問い詰めた。
「なんで突然そんなこと言い出したのよ」
「突然じゃないよ。前から考えてた。このまま魔法を捨てていいのかどうか。せっかく魔法学園に入れて何年も勉強してきたっていうのに、それを無駄にしていいのかなって」
「別に来たくて来たわけじゃない」
「でも、来たくて来れるような場所でもないんだよ。ここで学べるのは貴重な体験なんだから、それを生かしたいだ」
アシュレイの言葉に、エリンは納得できないようだった。
「でも、魔法使いの道なんて選んだら結婚できないわ」
「別に魔法使いが結婚することを禁じられてるわけじゃないんだから、そうとは限らないよ」
「禁止されていてもいなくても、結果は同じだわ。魔法を使うことが、どれだけ身体の負担になるか、アッシュも知っているでしょう。子どもが生めないようになるかもしれないし、老化も進むわ。どんな男が、好き好んで魔法使いを妻にするかしら。結婚の条件に『若くて健康であること』『3年経っても子が出来なかったら離縁すること』っていう条項を入れることだって、珍しいことではないのに」
魔法は肉体を媒体にして使う力。肉体への負担は大きく、通常の何倍ものスピードで肉体が衰えてしまう。魔法使いに短命が多いのも、このためだ。
「魔法使いを選んでも、できるだけ魔法は使わないようにするよ」
アシュレイが一度決めたら曲げないことを知っている親友は、諦めたように掴んでいた手を落とした。
「‥‥そうしてちょうだい。次に会ったときにあなただけヨボヨボで皺くちゃのおばあちゃんになってたら、私泣くわ。せっかくきれいな顔してるのに‥‥」
身体が出来上がっていないうちに魔法を使いすぎると成長が止ったり、女性の場合は身体のリズムが崩れて月経が来なくなったりと、弊害は大きい。
「それでもさ、ここで頑張れば、何かつかめるような気がするんだ」
エリンに語ったのが、ずいぶん昔に感じる。
あの頃は成績もよく、自分が何でもできるんだと信じていた。
今思うと、自分を買いかぶっていたのだ。
‥‥もしかしたら、それも違うのかもしれない。
ふわふわの髪と甘い雰囲気のエリンと、男と間違えられるような自分との違いを日々感じていた。
彼女が男の子に人気があることも知っていたのだ。
男がどんな女を好むのかも、知っているつもりだ。
自分を女として欲しいと言ってくれる人が現れるのか、誰かが自分を選んでくれるのか、不安になったのだ。