3話
「サザム師から、お前を見て来いって言われたんだよ」
宿の部屋にぽいと放り出されて、どういうことかと問いただしたアシュレイに、ダリウスはそう答えた。
「外に出るのが初めてだっていうのに、魔法もまだまだで。師が心配されていたぞ」
セカンドネームは、学園の中での位置を示している。
アシュレイと同じエルサザムというセカンドネームをもつダリウスは、サザム師のもとで共に学ぶ、アシュレイの兄弟子だ。
魔法使いになる道を選んだとしても、すぐに一人立ちできるわけではない。
18歳以下の魔法の使用にはいくつもの制限がある上に、魔法を実践で役立てるためには、今まで学園で習ってきたことだけではまだまだ足りない。
15歳で魔法使いの道を選んだものは、一人立ちするまでに短くても3年は師について魔法を学ぶ。
ダリウスは今年19歳になり、すでに一人で動くことも多い。
天才児と呼ばれ、下級生のアシュレイの耳にも、その噂は届いていた。
かっこよくて強い先輩。
あのダリウスと同じ師のもとで学ぶことができるのを楽しみにしていた。
だが、それもダリウスが兄弟子になるまでだった。
「最初は憧れてたのに‥‥」
「なんだって?」
「なんでもない。それより、こんなとこに連れてきて、なんか用なの?」
「お前、今日はここに泊まれ」
「なんで。やだし。さっきの子のところに泊めてもらうからいい」
アシュレイは出て行こうとしたが、ドアの前にダリウスが立っていて、道を塞いでいる。
「さっきの子?あの娼婦か。だからお前はアホだって言ったんだ。客引きに引っかかるなんて」
「なんでそんなこと分かるんだよ」
「髪にカザミの花をさしていたろ。あの花の香は娼婦がよく使うやつで、娼婦はあの花を印にして男に近づくんだよ」
アシュレイは少女を思い出した。
年齢に似合わない蓮っ葉な仕草がちぐはぐな印象を与えていた。
それは少女の意図に反して、頼りなさを増しているだけだった。
勧誘かもしれないと、それくらいはアシュレイも半ば覚悟していた。
外の世界では、食べていくために幼い少女でさえ自分の性を売り物にしなければらないと知っていた。
しかし、あの少女にはどこか放っておけないものがあった。
今まで、短い文字だけで書かれた少女たちの現状。
強がりの向こうにある彼女の生きた声を、本心を、聞いてみたい気がしたのだ。
アシュレイが思案していると、反応が薄いことが不満な男は、
「お前、また男に間違えられたんだよ」
唇を歪めて言い放った。
途端にアシュレイの頭に血がのぼる。
「んなわけないでしょ!最近女の子っぽくなったって言われるんだからね!」
「誰が言うんだよ、そんなこと。誰も言わないだろ」
ダリウスが鼻で笑う。
「ダリウス兄さんの知らない人が言ってくれたもん!ダリウス兄さんの知ってる人だけだもん、あたしのことをまともに扱ってくれないのなんて。それだって、兄さんのせいじゃん!」
「どうして俺のせいなんだよ。お前が周りにどうこう言われるのは、お前はまともに魔法を使えてないせいだろ」
ぐ、とアシュレイが言葉に詰まった。
「でも、魔法がちゃんと使えてなくたって、エリンだってセリーンだって、みんな普通に女の子として大事に扱われてるじゃん。ダリウス兄さんの言葉は、他の人にも影響力があるんだから。みんなはダリウス兄さんのこと真似して、あたしのことをすぐからかってくるんだよ」
「‥‥ふぅん。じゃあ、もう言わないよ」
急にそっぽ向いたダリウスに、アシュレイは戸惑う。
「別に‥‥あんまり言わないでほしいってだけで‥‥あたしは」
何も言われなくなることも、彼からの関心が全くなくなってしまうのも、寂しい。
本音を言えば、アシュレイはただダリウスに認められたかった。
ダリウスに認められれば、自信をもって魔法使いとしての道を進むことができる。
「‥‥」
二人の間に沈黙が降りた。
ダリウスがため息とともに、言葉をこぼした。
「お前とその二人とは、立場が違うだろ」
わかってる。
わかってる。
でも、魔法を捨て女として磨かれていく友人を見ていると、不安になるのだ。
自分もこうなれる可能性があったのに、それを駄目にしてしまったのではないか、と。
自分が選んだ道は、もしかしたら――。
「とりあえず、今日はここに泊まれ。いいな」
「‥‥わかった」
アシュレイは下を向いたままこくりと頷いた。