2話
魔法学園の周りには、円のように街が広がっている。
始めは小さかった円が、魔法使いを目当てにやって来た者がここに留まるようになり、次第に大きな円になっていったという。
今では王都に次ぐ巨大都市だ。
家並みが切れるまで、学園の門から歩いて約半日もかかる。
門の外に出たアシュレイは、きょろきょろしながら大通りを歩いた。
学園の窓から街を見たことはあったが、やはり上から見るのと目線が違うと雰囲気もかなり違うように感じる。
通りの左右には露台が立ち並び、食べ物やお菓子、宝石や布、様々なものが売られている。
店主の掛け声を人々の怒鳴り声などがまざりあい、かなり騒がしい。
頭の中の教科書によると、こうした人々は貨幣というものを利用して、欲しい物を私有する権利を得ているらしい。
頭の中の知識と照らし合わせながら周囲を見回して歩いた。
「そこのあんた」
自分のことだとは気付かずに通りすぎようとすると、
「学園から出てきたばっかだろ?」
そう言われて、声のしたほうを振り返った。
そこにいたのは、髪にカザミの花を挿した少女だった。
赤や黄色の色鮮やかな服を着て、細い腕を組んでいる。
「やっぱりね」
少女はじろじろとアシュレイを見て、にっこりと微笑んだ。
「今日泊まるところは決まってるの?」
「まだだけど」
「あんたは運がいいよ。学園を出てすぐにあたしに会えるなんて」
少女はアシュレイの側に近づくと、そっと囁いた。
「振り向かないでよ。あんたの後ろ、門の外からあんたを狙ってついてきた連中がぞろぞろついてきてんのよ。あんたなんて外の連中のいいカモよ。今夜はあたしが泊めてあげるわ」
アシュレイは少女の瞳を見下ろした。
「いいの?」
「いいのよ。あたし、あんたみたいに学園から出てきたばっかの生徒さんを毎年お世話してあげてるの」
「ありが―――」
とう、と言おうとした瞬間、後ろから頭を思いっきりはたかれた。
「いったぁ!!」
後頭部を押さえて振りかえり、そのにいた男を見たアシュレイは思いっきり顔をしかめた。
「なんか用?」
アシュレイより頭ひとつ高い位置にある、整った小さな顔。
その顔が、呆れたような表情でアシュレイを見下ろしていた。
「お前はアホか」
男の口から放たれた言葉に、アシュレイは男を睨みつけた。
「は?いきなりアホみたいな力で人の頭を叩いてくるような奴に言われたくないし。
あー、今ので脳細胞が何万個も死んだかもな。アホになったかもなぁ」
「お前の使えない脳細胞などいっそ死滅してしまえ」
「いった!いた、い、痛いっつってんでしょ!」
ぎりぎりと片手で頭を締め上げられて引きずられていくアシュレイをぽかんと見送っていた少女は、はっと我に返って男に追いすがった。
「ねぇ、お兄さんも一緒にどうかしら?あたし歓迎するわ」
アシュレイと話しているときよりもしおらしい態度で、頬まで染めている。
それを視界の端で見たアシュレイの気分が落ち込んだ。
誰も彼も、初対面の相手でさえ、自分よりもこの男を優先する。
なんでこいつばっか、と心の中で叫んだ。
性格がいいわけではない。愛想はないし、他人への対応もそっけない。
それなのに、誰もが彼に一目置いているのだ。
このダリウス・エルサザムに。