前編 新たな世界
作者の川井綱士です。別作品連載中ですがそちらを休んで書きました。
短い作品で3話程度で終わる予定です。
どうしてこうなった?レイナはただ今絶賛全力逃走中であった。
「ギャーーーオゥーーーッ」
「何なのよあれー!・・・」
レイナは全く状況を飲み込めずにいた。目が覚めたら突然草原の中に居て、
そして怪物がいた。怖くて逃げ出すのは当然であり、怪物もまた餌を追うのは
至極当然の事であった。
レイナの記憶では16才という若さで病気で入院して余命幾ばくも無い状態で
最期の刻を迎え走馬灯が走り幸福感に包まれていた。それで今の状況である。
「あっ、森がある!あそこに逃げ込めば・・・」
レイナは目の前に広がる森へと全力で疾走する。後ろから唸り声を上げながら
迫って来る怪物に目もくれず走り切ったレイナは間一髪で森へと逃げ込んだ。
怪物は森の樹に激突したのか大きな衝突音と唸り声が聞こえてくる。
後ろには目もくれずに森を駆け抜けて行くとこの森が朽ち果てた街の遺跡を
覆うように繁茂してる事にレイナは気付いた。そしてその中にあるひとつの扉が
目に入る。まだ怪物は諦めていないのか木をへし折りながら進んで来ていた。
「あそこに隠れよう」
そう呟くとレイナは扉のある建物まで走り扉を開け中へと入ったのだった。
「ここは・・・、ホテル?・・・」
レイナが建物に入るとそこは外とは別世界で彼女が入った建物は平屋の筈だが
今いる場所は大きな円形の建物に扉が沢山並ぶ円状の通路があって中央は
吹き抜けになっており、そちら側には闌干が付いている。通路は下の階から
上の階まで続いているようである。
レイナのいる場所から吹き抜け越しに上の階を見ても天井は見えないくらい
高く続く建物だった。彼女が呆気に取られているとそれは不意に現れた。
「まぁ・・・どんな侵入者かと思えば可愛いお嬢さんだ事。オホホホホ」
レイナは驚いた顔をして声のした方を見つめていた。そこには綺麗な女の上半身が
浮かんでいる。吹き抜け側の空中に窓の様な扉が開きそこから女が体を覗かせて
いたのだった。
「えぇーーーーーーっ!」
余りに非常識な光景にレイナの発した驚きの奇声が建物内に木霊した。
「お黙り!静かにオシっ、ここにどうやって入った?」
「・・・」
勝手に建物に入り怒られて黙り込むレイナだった。
「悪いようにはしないから安心して話なっ・・・」
「えっと・・・あのー、怪物から逃げてたら、あのー・・・扉があって
逃げ込んだら・・・こんなとこに・・・はい」
何とか話し終えたレイナを上から下まで見定める綺麗な女。
「ふーん、そういう事かい。禁じられた扉から入って来るとはね、大問題!」
そう言って女が空中に指で何かを描き出すとそれが文字だったと分かるくらい
輝き出し、女はそれをレイナの入って来た扉へと飛ばしたのだった。
それは扉に届くと魔方陣を描き何かをロックする様に『カチッカチッ』と
段階的に回転し全ての仕事を終えると消えたのだった。
「これで安全だね。何故鍵が開いたかは謎だけど面白い嬢ちゃんが手に入った。
お前名前は何という?ここがどういう場所か分かってるかい?」
「レイナって言います・・・ここの事は知りません」
「レイナあんたのいる場所はね『扉の塔』。この私『扉の魔法使い』の治める
場所さ。ここはあらゆる場所あらゆる世界へと繋がる扉のある時空港なのさ。
だからここを利用するものは高い対価を払う事になる。お前さんはここへ
足を踏み入れてしまった以上その高い対価を支払う必要があるのさ。
あんたに払えるかい?」
「・・・」
全てが急展開過ぎて扉の魔法使いに言われた事を全く飲み込めず黙り込む
レイナだった。
「だから・・・払えるのか払えないのかぐらい言えないのかい、この嬢ちゃんは」
「払えません・・・」
『ニヤッ』と笑う魔法使いはベルを取り出し鳴らすと誰かを呼んだようだ。
「払えないのかい、ならあんたには働いて返してもらうしかないね」
魔法使いがそう言うと下の方から円盤状の床が人を載せて上がって来る。
レイナは未だに戸惑っていた。
「ご主人様お呼びでごにゃいましゅか」
円盤状の浮遊床に載って来たのは可愛らしい猫の獣人の少女だった。
「モネアこのレイナって娘を私の部屋まで連れて来るんだ」
「ハイにゃ」
『魔法使いに獣人・・・ここって異世界なの・・・』
初めて自分の置かれた状況を少しだけ飲み込めたレイナが心の中で呟いていると
猫獣人の載った浮遊する床が通路に接続し通路の闌干が駅のホームドアのように
開いたのだった。
「こっちに来るにゃ」
モネアに手を引かれ浮遊する床に載せられるとそれは上階に向かって急速に
上昇を始めた。多くの通路と扉を通り過ぎて行く。そして暫く移動すると
先程は見えなかった天井が見えて来る。天井に近付くと周囲に灯りが点滅し
その合図に合わせる様に天井に円形の穴が開きそこへ入って行く。
浮遊床は天井を抜けると着いた部屋の床と一体化したのだった。
そこはドーム状の部屋で一際大きな扉ひとつと普通の扉が三つある
白亜に金や赤の装飾が施された豪華な部屋だった。
「凄いっ!」
全てが驚きの連続のレイナ。
「私の後を付いて来るにゃ」
「・・・」
部屋で一番大きな扉へ向かって歩き出すと勝手に扉が開きまた豪華な意匠を
施された大廊下を進んで行く。途中部屋の扉があったが構わずに真っ直ぐ
進んで行くとまた大きな扉が見えて来た。
「ここにゃ、行くにゃ」
大きな扉がゆっくりと開いて行き中へ入ったレイナは眼前に広がる光景に
驚いたのだった。
「えっ!宇宙・・・地球」
「また面白い事を言ってくれたね、ふむふむそういう事かい。これはいい。
ようこそ我が月明宮へ」
ここは魔法使いの執務室の様だがそのバックに広がる景色が異様だったのだ。
全面ガラス張りの様な壁から宇宙と地球の様な星が見えていた。
まるで宇宙ステーションから見た地球の景色だったのだ。
そんな光景をバックに立派なデスクと豪華なチェアーに座る豪華な金の刺繍の
施された黒いローブに身を包んだ魔法使い。
レイナが呆然としているとモネアが小突いて来た。
「ちゃんと挨拶するにゃ」
「・・・あっ、レイナです。よろしくお願いします」
「よーし、レイナあんたにはこの塔で今日から働いてもらう。期間は
借金の返済が終わるまでだよ。普通に働いたら10年で返せるが能力次第で
早まる事もある。返済終了後は自由さ、残りたければここで働き続けてもいい。
分かったらこの契約書にサインしておくれ」
「早くサインするにゃ、否はないのにゃ」
モネアに急かされサインしてしまったレイナだった。
「これでレイナもこの塔の立派な従業員さ、頑張りな。モネア、この子の
教育係任せたよ。さっさと一人前にするんだよ、分かったね」
「ハイにゃのにゃ」
「よろしくお願いします」
二人は魔法使いの執務室を後にして浮遊床のある部屋へ戻った。
「これからこの塔のロビーに向かうにゃ。そこにこの塔の事務室と休憩室が
あるにゃ。他の従業員もいるから紹介するのにゃ」
「モネアさんこの塔で働くって何をするの?」
「何にゃそんな事にゃ」
モネアさんは良い人らしく丁寧に説明してくれた。
この『扉の塔』にやって来るお客さん相手の仕事だそうだ。
扉を利用して目的地に移動する旅行客相手に旅券の発行、精算、誘導他、
この塔の維持管理業務が主な仕事らしい。
「駅とか空港みたい・・・」
「何にゃそれは?」
「私のいた世界の話だよ」
「面白そうにゃ、後で聞かせるにゃ」
「うん、いいよ」
「着いたにゃ、ここが第5ターミナルのロビーにゃ。ここで私の元で働く事に
なるにゃ。全部で5つあるロビーの内の最上階のロビーになるにゃ」
モネアの後を付いて行くと広く豪華なロビーと受付がある。受付へと向かう途中に
見えるロビーには飲食をするラウンジ、宇宙の見える展望スペース、待合場所等
いろんな施設が用意されていた。
「凄い!」
「驚いたかにゃ、ここは金持ちや偉人しか来れない場所にゃ。あそこでは
いろんな異世界料理も味わえるにゃ。それがこの塔の売りでもあるにゃ」
機嫌良さそうに喋るモネアの後を付いて行き受付に到着する。
「あら、モネアその子は誰なの」
「リセル、この子は新人のレイナにゃ。この第五で預かることになったにゃ。
そして私が教育係をご主人様より任命されたのにゃ」
「まぁ新人なんて久しぶりね。楽しくなりそう。私リセルよ、よろしくね」
「はい、レイナです。よろしくお願いします」
そんな会話をしながら中の事務室へと二人が入っていくと中にも人がいた。
モネアによって次々とレイナが紹介されて行く。
第五の支配人のラミエルに事務員のトミオとアヤノ、もう一人の受付嬢メルの
4人だった。他にもレストランなどの従業員も居て2交替の20時間営業で
やっているらしい。
「こっちに来るにゃ、制服と従業員用の部屋に案内するにゃ」
モネアから体に勝手にフィットする不思議制服を支給され驚き、自分用の部屋へ
案内され驚くレイナだった。
「凄い!」
「レイナは凄いばかりにゃのにゃ。この塔は福利厚生が充実してるにゃ。
ここで働く事は誇っていいけど外の人間に話すのは駄目にゃ。
契約で喋れないから要らぬ心配だったにゃ。今日はこれで終わりにゃ。
明日は朝7時出勤、事務室に来るにゃ。今日の晩ご飯はこれにゃ」
モネアはどこからともなく食事を取り出しテーブルに置くと手を振りながら
部屋を出ていったのだった。目紛しい1日を経験しやっと一人になって
落ち着いたレイナ。
「死んだと思ったら生きていて、私元気に健康ってどういうこと?
しかもあんな怪物がいる世界からこの不思議いっぱいの塔に来て就職。
急展開過ぎて訳分かんないよ。で何このトンカツ定食」
そうモネアが置いていったのは見るからに日本のトンカツ定食だったのだ。
そして涙を流しながら美味しそうに料理を食べるレイナは病床で弱り切り
食べたいものすら食べられなくなった憐れな自分を思い出していたのだった。
「よしっ、もう今の私は健康だ!多分神さまがくれたチャンスかも。
終わったはずの人生の続き頑張ろう」
涙を拭い料理を食べ切ったレイナはこの異世界で始まる人生の再スタートに
戸惑いつつも終わらなかった人生に感謝して眠りについたのだった。
読んで頂いた方ありがとうございます。
次回は書き上がり次第投稿します。お楽しみに。




