初めてのクエスト
シープメン。
臆病な性格をした羊の魔物。自ら人を襲うことはないが、中途半端に刺激を与えると怒って突進してくる。
鳴の話では、シープメンに敵わないと思わせれば突進してくることはせず、逃げるだけだという。
そんなシープメンを探して平原に来た俺と鳴。
街から大体三十分くらい歩いたかな?これだけ歩けば、もうどこから魔物が襲い掛かって来てもおかしくないらしい。
と言っても、ここで襲い掛かって来るのは精々スライムとかゴブリン程度らしいが。
「マスター。この服はいいですね。見た目に反して、身体の動きを阻害する感じが全くしません」
「そうか?それは良かった」
鳴はシープメンを探すついでに、改めて服の性能を確かめていた。軽くジャンプしたり、腕を回したりしながら。
傍から見ると新しい服が嬉しくてはしゃいでる子どもみたいだ。可愛い。
「ではマスター。近場の魔物から討伐していきますか?それともシープメンを先に探しますか?」
「先に戦いに慣れておきたいからな…。とりあえず、安心して狩れる魔物と戦いたいな」
「わかりました。ではあちらへ行きましょう」
鳴の指す方へ向かうと、そこには緑色の身体をした人型の魔物が三匹いた。
鼻は長く、腹が丸く太っているような体型。顔はお世辞にも良いとは言えない醜悪な見た目をしている。
大きさは鳴より少し小さいくらいだろうか?腕も細いし、とても強そうには見えない。
あれがEランクモンスター、ゴブリンか…。一匹一匹の強さはFランクの魔物と変わらないらしいが、必ず10匹以上の群れを作って行動するらしい。
あの三匹は群れからはぐれた個体か?
「どうしょうか?あれならマスターも安心して戦えるかと」
「ありがとう鳴。俺の力を知るには持って来いの相手だと思う」
鳴には後ろで見ててもらうようお願いして、俺一人であのゴブリンたちと戦ってみることに。
「さて、まずはこれを試すか」
まずは数を減らすことから始める。
野球ボールサイズの魔力玉を生成。そして狙いを定め、大きく振りかぶって……シュートッ!
―――ゴンッ!
「ギャヒッ!?」
剛速球とも呼ぶべき速度で投げられた魔力玉が右側のゴブリンの横顔にヒット。その後ゴブリンは地面に何度もバウンドしながら飛んでいってしまった。
首もあらぬ方向を向いてしまっていて、完全に絶命してしまったように見える。
「お、おう…。これは予想外…」
さすがは木をなぎ倒すほどの俺の力。これくらいの魔物になら問題なくワンパン出来るようだ。
しかも魔力玉は当たったあと霧散して消えるから、後処理に困らない凶器になる。エコだな…。
「ギャッギャギャー!?」
「グギャー!」
残りの二匹がこちらに気付き、こちらへ向かってくる。
二匹とも素手なので、近接戦闘の練習をしてみたいが念の為もう一匹、魔力玉を投げて倒しておく。
残るは一匹。こちらは予定通り近接戦闘の練習台になってもらう。
なんとなくそれっぽい構えで待ち構えてみるが……
「ギャー!?」
「……おっそ…」
ゴブリンが腕を振りかぶって、鋭い爪で襲い掛かって来る。
しかし俺の目には、ほぼ止まっているように見えて、余裕を持って避けることが出来た。これなら二匹同時でも問題なかったな。
何度か回避を続けて、一発だけ軽めに顔を殴ってみる。
―――ボギリッ!
するとゴブリンは二メートルくらい軽く吹っ飛んだ。
軽めでこれか~と自分の力を確認してもう一度構えを取るが、なぜかゴブリンがピクリとも動かない。
……あれ?
「マスター。そのゴブリンはもう死んでいます。首も折れてますし」
「うっそ!?俺全く本気で殴ってないよ?軽くだよ、軽く殴っただけだよ!?」
「マスターはそのつもりでも、ゴブリン程度の魔物からすれば十分凶器に成りえます。それがマスターが今持ってる力、と私は思います」
「……………」
そういえばボクシング選手とかは、身体そのものが人を殺す凶器扱いなんだっけ…。
でもさすがのボクシング選手も軽く殴っただけで相手を殺すほどの威力は出せないよな?ましてや首の骨を折るなんて…。
「これは自分の身体をよく知らないとだな。じゃないとその内、人を殺しかねん…」
「そうですね。まぁルドルフくらい鍛えられた人物であれば、まだ大丈夫だとは思いますが」
「それでも『まだ』の範囲なんだ…」
女神様のバフ、ちゃんと使いこなせるようにならないとな…。
「それではマスター。ゴブリンの耳を回収しましょう。左耳が討伐証明になります」
「はいよ。他に使える部位とかは?」
「ありません。ゴブリンはただの害獣でしかなく、何の利益も生み出さない残念な魔物です」
「辛辣~…」
ということで、冒険者ギルドから借りたナイフを使ってゴブリンの左耳を切り落とす。
……うぇ…。耳を切り落とす感覚って、なんか気持ち悪い…。ギコギコするみたいに切ってるから余計に。
「吐きそう…」
「……確かに気持ち悪いですね。嫌悪感が凄いです」
鳴もギルドから借りたナイフでゴブリンの耳を切り落とす。
そう言いつつ、淡々とこなしてるようにしか見えないのですが…。なお切った耳は俺のバッグの中に入れた。後でよく洗わなきゃ…。
……そういえば、鳴はナイフだけでなく大量のロープも借りるよう言っていた。
今は俺のバッグの中に入っているが、一体何に使うんだろうか?
「よし、三匹目も終了…。ふぅ、なぜだろう。うがいしたい」
「なんとなくお気持ちはわかります。ですが、これに慣れるしかないですね。マスターだけでなく、私も」
「あまり無理するなよ?全部俺がやってもいいし」
「いえ。マスターばかりにやらせる訳にはいけません。マスターの精霊として、頑張ります」
鳴はギュッと拳を作ってそう意気込む。
生後二日目。うちの子は大変頼もしいです…。これは俺も気合いを入れてかないとな。
「よし!じゃあ次だ!次は鳴も一緒に戦ってくれ」
「はい。お任せください。ではあちらに20体ほどの群れの気配を感じますので、そちらを狩りましょう」
「いや、さすがにそんなには……いや!行こう!対多数の戦いにも慣れておくべきだろうしな」
「わかりました」
――――――――――――――――――――――――
その後は一時間ほど俺たちはゴブリンを狩りつつ、シープメンを探した。
鳴の実力だが、まぁツインホーンベアーでわかり切ってはいたが、やっぱり超強ぇ…。
瞬く間に相手の懐に飛び込んで雷を纏わせたパンチでゴブリンの腹を抉り飛ばし、囲まれたら周りに雷を放電させて一層するという爽快な戦いをする。
実験として精霊魔法も使ってみたが……うん。雑魚相手に使うのはやめた方がいいということがわかった。
この精霊魔法だが、精霊の力を借りて行う物なので、平たく言うと俺が鳴みたいに雷魔法が使えるようになるというもの。
試しに鳴みたいに雷を纏わせたパンチをしてみたのだが……殴ったゴブリンの頭が塵になって無くなった…。耳ごと無くなったので完全に損しかない。
精霊魔法は鳴の魔力を必要とせず、俺一人の魔力で使う物みたいだ。
ただ魔力消費が激しいみたいで、俺の感覚だがあと三発程度しかさっきみたいなパンチは打てないと思う。
魔力玉ならまだいくらでも作れそうな感じはあるから、こっちが主体になりそうだな。
「鳴の魔力って相当多いんだな?これを余裕で連発出来るんだろ。俺もそれが出来れば、もっと戦力になれるんだが…」
「はい。ですがそれは仕方ないかと思います。精霊魔法使いは、精霊に戦ってもらうのが基本です。自身は後ろで待機し、いざという時の防衛手段として精霊魔法を使います。なのであまり気にしないでください。私は絶対にマスターの身を危険に晒させませんので」
「そうか。じゃあ俺は、そんな鳴の足を引っ張らないよう頑張るよ」
「……はい。わかりました」
やはり鳴としては俺に前に出てほしくないのか、渋々といった感じで了承する。
……安心して背中を任せてもらえるよう、精一杯努力して強くならないとな…。
「マスター。あちらからゴブリンとは違う気配を感じます」
「ん?てことは…」
「はい。恐らく…」
鳴の指す方へ行ってみる。
するとそこには、羊をそのまま二倍くらい大きくしたような奴が数十匹いた。
「デカっ!そして多っ!?何匹いるんだこれ?」
「ざっと40匹くらいはいるかと。相当大きな群れですね、これは」
「全部狩ったらいくらになるんだろうな?」
「いえ。さすがに全部はまずいかと思います。ゴブリンのような繫殖力の高い魔物ならいいですが、下手に群れを狩っては生態系を壊す要因になってしまいます」
「そうか。それじゃあ肉は指定された分だけでいいかもな。角は20本ってことだし、十匹狩ればいいか?」
「はい。お肉もそれでお釣りが出るくらいには集まるかと思います」
「おっけー。じゃあ目標は十匹だな」
だがシープメンは基本臆病な性格。下手に襲い掛かっても逃げてしまう。
だから俺と鳴は挟み撃ち作戦を行うことにした。
まず鳴が素早く反対側へ移動。その後はシンプルだ。俺が突撃する!
「ウラーーーーーッ!!!」
「「「ッ!?」」」
こちらに気付いた群れが一斉に逃げ出す。
どうやら俺は足も早くなってるらしく、かなりのスピードで駆け抜けることが出来る。
なので群れに余裕で追い付くことが出来た。
「まずは一匹!」
最後尾のシープメンの首に一発。半分くらいの力で殴りつけると、ボキッ!と骨が折れる音がして、地面にバウンドする勢いで叩き付けられた。
……もうちょっと弱くても良かったかな?地面をバウンドするって相当の威力だぞ…。
―――バチィーーーッ!ビリビリビリビリ…!
「「「メェーーー!?」」」
先頭の方から雷が迸るのが見え、そこからシープメンの悲鳴が聞こえ始めた。
鳴は電力を調節して、シープメンの肉をダメにしないようにするとは言っていたが……大丈夫だろうか?
しかしそんな俺の心配は杞憂に終わった。
どうやら鳴も俺と同じように、シープメンの首を折ることで仕留めていたようだ。
おかげでかなり綺麗な状態でシープメンを捕獲することが出来た。合計で11匹。
俺が一匹多く倒してしまったのだが、まぁ誤差の範囲だろう。
「ではマスター早く木に吊るして血抜きをしましょう。食材は鮮度が命ですから」
「お、おう…。わかった」
早口でまくし立てるように鳴に急かされて、近くの森が生い茂ってる方へ移動。
さすがに手が足りないので、シープメンの足をロープで縛って引いて持って行った。ロープはこの時の為に必要だったのか。
森に着くや否や、鳴は素早くナイフを取り出して、シープメンの首を切っては吊るし、切っては吊るしを素早く行う。なるほど。これがロープの本来の用途だったのか…。
俺もそれに習って吊るしていくが、鳴の方がめちゃくちゃ早い。俺が三匹吊るし終わる頃には、後はもう全部鳴が吊るし終わっていた。
「ふぅ。これで美味しいお肉が納品出来ますね」
頬と服にシープメンの血を付けながら微笑む鳴。ちょっと怖可愛い。
しかしあの鳴が嬉々としてシープメンの血抜きを行うとは……しかもこんなに早く。
「もしかして鳴。シープメンの肉が食べたかったのか?」
「っ!? ち、違います。私はただ、どうせ納品するならなるべく美味しい方が依頼者も喜ぶと思っただけです!それにそうした方がギルドからの印象も良くなり、さらにはルドルフも私たちのことを信頼することでしょう。なのでこれは決して、そう決して私が食べたい訳ではないのですっ。例えシープメンのお肉はどのような味なのかとか、シープメンのお肉を食べるとどれだけの幸福感に包まれるのかとか気になっていたとしても、これは偏にマスターの為を思って行動した次第なのです。だからそれはマスターの勘違いなのですっ!」
顔を赤らめて、両手をあわあわしながらまくし立てる鳴。
そんな明らかにシープメンの肉が食べたいと言ってるとしか思えない鳴の様子があまりにも愛おしく感じ、思わず手を伸ばして頭を撫で撫でしてしまう。
「ぅんっ。マスター?なんですかこれは……もしかしてまた馬鹿にしてますか?」
「してないしてない。ただ鳴が可愛くて仕方ないだけさ」
「してますっ。絶対しています。マスターがそんな目を私に向けている時は、馬鹿にしている時と今朝学びました」
「だからしてないって。鳴にはまだわからないかもしれないが、人間がこんな感情になってる時は馬鹿にしてるのではなく、ただただ愛おしく思ってるだけなんだよ」
「むぅ~~~…。納得行きません…。しかも不快なはずなのに、なぜか嬉しいと感じる自分もいて、余計に納得出来ません…」
今朝とは違って、撫でるのをやめてと言わない鳴を撫でながら、シープメンの血抜きが終わるのを待った。
……ギルドに戻ったら、出来るならシープメンの肉を分けてもらおう。一匹分多いし、たぶん大丈夫だろう。
面白かったらいいねと高評価をお願いします。




