異世界の服
「うーん……ふぁ~…。よく寝た」
強制的に異世界生活を余儀なくされた人生二日目。窓から差し込む太陽の光によって目が覚めた。
大衆浴場のような感じだったが、昨日はしっかり風呂にも浸かったので、今朝は気分爽快だ。
えっと。今日はまず俺と鳴の服を買って、その後は道具屋さんでポーションとかいう回復アイテムを買って、さらにその後は……
「すー……すー……すー…」
「……うん?」
なにやら可愛らしい寝息が隣から聞こえてきて、そちらを見る。
そこには一糸まとわぬ銀髪美少女が気持ちよさそうに眠っていた。
……おはようございます。どうも幼女に手を出してしまった変態です、って違う!
「なんで俺のベッドで寝てるんだお前は!?」
「あぅ…」
ビシッ!と軽くチョップして叩き起こす。
別に幼女趣味はないからと、俺と鳴は同じ部屋で寝泊まりすることになったが、お互いちゃんと別々のベッドで寝たはずだ!
何故鳴は俺のベッドで寝てるんだよ。
「う~ん……おはようございます、マスター。良い朝ですね」
「そうだな。いい朝だな。でもお前が、しかも裸で寝ていて凄く心臓に悪い朝になったよ。どうして俺のベッドで寝ていた?」
「私がマスターのベッドに、ですか?……わかりません。ただ、なんとなくマスターと同じベッドで眠りたくなったので、マスターが寝静まった後にこっそりと…」
眠そうに目を擦りながら言う鳴。かわよ。
「なんとなくって……なんだ?一人じゃ心細くて、傍に誰かいないと落ち着かない、とかか?」
鳴は精霊で、人間とは違う存在だ。女神様からもらった知識もあって、大人びた印象が強い。
しかし……忘れてはならないと思うのだが、彼女はまだこの世に産まれたばかりだ。
度々「知識としては知っています」と言っているが、知識だけあっても精神がそれに順応するかは別問題なんじゃないのか?
「傍に誰かがいないと落ち着かない……すみません。よくわかりません。ただ昨夜は、胸のこの辺りがざわざわするような感覚があって、眠ろうにも眠れなかったのを憶えています。ですが、マスターのベッドに入った途端にそれが消えて、いつの間にか眠っていました」
そう言って鳴が抑えたのは、人間だと心臓があるところだった。
「精霊にも心臓ってあるのか?」
「いえ。ありません。ですが、その心臓にあたるところがざわつくのを感じました」
眠る時に胸がざわついて、誰かの傍にいないと落ち着かない……それって…。
「鳴。やっぱり一人で眠るのが心細くて、怖かったんじゃないか?」
「怖い?ありえません。私はマスターを守る為に作られた精霊です。一人で眠ることも出来ないようでは、マスターを守れるとは……そうです。きっとマスターを一人で寝かせておくのが不安だったのです。ルドルフの件もあったので、出来るだけマスターの傍にいたかったのです。そうに違いありません」
俺の指摘に対して、鳴はそうまくし立てる。
しかしその顔は、どこか自信なさげにも見え、強がりを言う子どもにしか見えなかった。
だけど俺は、敢えてそこまでは指摘しなかった。
「そうか。まぁお前のことだもんな。お前が一番理解してるか」
そう言って俺は鳴の頭を撫でる。
知識が豊富で、大人びていても、やはり彼女はまだ幼い子どもみたいなものなのだろう。
そして何より、これから先は鳴にとっても初めてのことばかりだろう。初めて美味しい物を食べた時みたいに、ゆっくりで良いから理解していけばいい。
「むぅー。なんだか馬鹿にしていませんか?マスター」
「してないよ。ただ、うちの子は可愛いな~って思っただけ」
「やっぱり馬鹿にしてます。マスターからはそんな視線を感じますっ。訂正してください、いくらマスターでも怒りますよ?」
「だからしてないって…。お前は頼りになる精霊なんだからさ」
「では頭を撫でるのをやめてください。なんだか気持ちいい、じゃなくて不愉快ですっ」
「え?撫でられるの好きなのか?」
「好きじゃありません。いいから離してください…」
さすがにこれ以上やって拗ねられたら、今日の予定が潰れてしまうかもしれないので撫でるのをやめた。
鳴の可愛い一面を知れた、良い朝だった。
「あ。ていうか鳴。服を着ろっ!」
――――――――――――――――――――――――
パン五つにベーコンエッグ、山盛りのサラダ。さらにはスープというなかなかボリューミーな朝食を食べた俺と鳴は、さっそくと受付嬢に教えてもらった洋服屋へ赴いた。
ここは女性を中心に大人気なお店らしく、店内はご婦人から冒険者らしき女性まで、色々な客がいる。
「さて、鳴に合う服は……」
「いらっしゃいませー。妹さんの服をお探しですか?」
鳴の服を探そうとすると、店員のお姉さんが話しかけてきた。
やっぱり親子には見えないか…。親子設定は早とちりだったな。でも今さら変えることも出来ない。
「いえ。確かに服は探しに来ましたが、この子は俺の娘なんです」
「まぁ!それは失礼いたしました…。お父さんお若いですね!」
「あっははは…」
思わず苦笑い。実際俺はまだ若いし、子どもを持つような年齢ではない。
いきなり話しかけられて少々驚いたが、せっかくだ。この人に見繕ってもらおう。
以前やっていたネットゲームではネカマだった俺だが、正直あまり服のセンスはない。なんか防御力の高いエロい装備を着させてた…。
「この子に似合う服とかわかりますか?本人の希望としては、出来るだけ機能性に長けた服が良いとのことです」
「かしこまりました!お任せください、機能性がある上にすっごく可愛い服がありますよ!それにこの子は素材がいいですし、なんでも似合いそう……はぁ~!何から着させようかしら!?」
「……パパ。この人なんだか変です」
「言うな。こういう人はたぶん都会じゃよくいる(偏見)」
一瞬不安になったが、誰かに服を着せるのが好きな人はセンスが良いと相場は決まっている。
なので店員さんに鳴を預けて、俺は男物のコーナーへ足を運んだ。
ちなみに店員さんに預ける際、訳あって鳴は下着を着けていないということも伝えたので、その辺りもしっかり用意してくれるだろう。
やはり男性客は少ないのか、男物は店の奥の方にあった。数も少ない。
しかし種類は意外と豊富だ。革製のスウェットやパーカーみたいな服が並んでいて、俺が見てもセンスが良さげなラインナップだ。
ここの店長は決して手を抜かない、真面目でストイックな人なのかもしれない。
う~ん。どうしよう。正直ダサくなければなんでも良かったのだが、これは悩むぞ?俺好みの服がいっぱいだ。
早いところ今のシャツに制服のズボンという格好から卒業したい気持ちもあるが、よくよく考えてみればちゃんとした服装にしないと鳴に恥を欠かせることになるんだ。
しっかり吟味することにしよう。
それから数十分、悩みに悩んで選んだ服は、上が黒のシャツに茶色のジャケット。下が皮で出来たジャージのような物だ。
そこからさらに十分ほど待つと、鳴が店員さんに連れられて戻って来た。
そして新しい服を着た鳴を見た瞬間、俺は思わず息を吞んだ。
「ッ!?……て、天使?」
「私は天使ではありませんよ?パパ」
鳴は黒いリボンが着いた白いブラウスに、丈の短い淡い紫色のワンピースという英国のお嬢様風の服を着ていた。
ブラウスには白い薔薇の刺繡が施されていて、鳴にピッタリの服装だと思う。
裸足だった足も、今の服装に合うお上品な茶色のブーツを履いている。
……だけどこれ、機能性はあるのか?ただのお洒落な服じゃ…。
店員さんにそのことについて聞いてみると……
「ふっふっふ。ご心配には及びません。こちらは冒険者の女性用にご用意した特別性でして。素材は軽く、肩の可動域も阻害せず、しかも頑丈で汚れても水洗いするだけですぐに綺麗に元通りになるという優れものです!冒険者を生業にしつつお洒落も嗜みたい、そんなお声に応える為、見事完璧に作りあげました!」
「貴女のお手製かい。そりゃすげぇな。でも、お高いんでしょ~?」
「金貨3枚です」
「安い!?……のか?」
「もちろんですとも!普通なら金貨5枚は頂きます。ですが、使った素材が思ったより安く仕入れることが出来ましたので、この価格で提供させていただいております。あ!ちなみに破損した際は修復も承っております。その際は銀貨20枚でお受け致します」
昨日鳴から教えてもらったのだが、この世界の通貨は上から『白金貨』、『金貨』、『銀貨』、『銅貨』の順で扱われている。
計算式としては、銅貨100枚=銀貨1枚。
銀貨100枚=金貨1枚。
金貨100枚=白金貨1枚という計算だ。
正直、日本円への換算の仕方がわからなくて、従って金貨の価値もわからない。
数学苦手なんだよ…。
「しかし金貨3枚か……手持ちの半分は無くなるな…」
「パパ。あまり無理しなくていいですよ。少々動きずらいですが、元の服でも大丈夫ですので」
「いぃや!そういう訳にはいかない!鳴の可愛い姿を見られるのなら、これくらい安いもんだ!会計お願いします!」
「かしこまりました!」
結局、俺の服も込みで、合計金貨3枚と銀貨10枚が飛んだ。
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洋服屋を出た後、道具屋にも寄ってみたが、ポーション1個で銀貨50枚と今の手持ちでは完全に家計に火の車なので買うのは断念した。
武具屋もチラッと見てみたが、表に飾ってあった武器が金貨5枚とかした為、しばらく素手でクエストに挑むことになりそうだ…。
ポーションに関しては二本くらい買っておいた方がいいのかもしれないが、まぁ鳴がいるから大丈夫だろうと、残りの金は宿代と飯代に取っておくことにした。
ということで、俺たちはクエストを受ける為に冒険者ギルドへ足を運んだ。
掲示板からクエストを選べと言われたが、俺はまだまだ初心者だ。だからまずは、受付に行ってオススメのクエストを教えてもらうことにした。
相手は昨日と同じ、俺と鳴の冒険者登録をしてくれた人だ。
「すみません。初心者の冒険者は、まず何を受けたらいいんでしょうか?」
「あ。カガリさん、メイさん。おはようございます。そうですね~…お二人なら、すぐに討伐クエストを受けちゃって良いと思いますよ。もし不安でしたら、薬草採取から始めるでもいいですし」
「なるほど。ありがとうございます」
受付嬢のアドバイスを参考に、掲示板の前へ移動する。
確か受けられるのはFランクとEランクのクエストだったな。
Fランクは討伐クエストだとスライムの討伐。採取クエストだと薬草の採取。
Eランクはゴブリンとコボルトの討伐に、毒消し草の採取か。
今あげたクエストは『常設クエスト』と言って、いつでも受けられるクエストのようだ。
他は依頼者の指定した素材の納品が完了したら受付が終了する『限定クエスト』。
昨日のツインホーンベアーのような危険度の高い魔物が街の近くで発見された時に起こる『緊急クエスト』がある。
特定の冒険者を指名して出される『指名依頼』などもあるが、これは今の俺たちには関係ない。
余談だが、指名依頼だけクエストと表記されてないのは、この制度を作った人が「なんか指名クエストって響きは好きじゃない」ってことで指名依頼となっているそうだ。
クエストの達成報告だが、実は事後報告でも良いそうだ。
つまり限定クエストをやってる最中に、本来はクエストの受注していないスライムを討伐したら、それもついでにギルドへ報告することが可能ということだ。
限定クエストに関しては、出来るだけ受けてから報告した方がいいそうだが。最初に受けた人が骨折り損になってしまうからな。そうなった場合は、ギルドから保証金が支払われるみたいだけど。
「鳴。俺は限定クエストを受けて、常設の魔物を見かけたらついでに狩るってスタイルで行こうと思うんだけど、どうかな?」
「はい。それで良いと思います。今のパパでも、恐らくDランクの魔物までなら遅れを取ることもないでしょうし」
「そうなの?ちなみにそれって、結構凄い?」
「はい。Dランクの魔物を倒せるようになれば、一人前の冒険者と名乗っていいそうですから」
「マジか」
なるほどね~。女神様のバフがあるとはいえ、俺は一人前の冒険者を名乗れるくらいの実力はあるのか…。なんかちょっと嬉しい。
……いやでも待てよ?力はあっても技術がないんじゃ意味ないだろ。
あっぶね~。危うく調子に乗るところだった…。
「とりあえずEランクの限定クエストを受けるか。えっと……『平原に群れで生息しているシープメンの肉の納品』か。お?こっちには『シープメンの角の納品』って書かれてる。確か三つまで同時にクエストを受けることが出来るんだったよな?」
「はい。しかし、無理して三つも受ける必要はないかと思います。シープメンのクエストだけでも合計で銀貨30枚手に入りますし、自分の出来る範囲でクエストを熟していきましょう」
「それもそうだな。じゃあとりあえず、これを受けるか」
ということで、初めてのクエストはシープメン……羊の魔物の討伐クエストを受けることになった。
「こういう人はたぶん都会じゃよくいる(偏見)」
「なんか指名クエストって響きは好きじゃない」
by作者
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