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エレナさんの言い訳

「“人質作戦”?」


エレナさんが俺をもう一度魔王軍にスカウトしたいと言った後のこと。彼女からその目的の説明を聞いていた。

もちろんこれは嘘で、ただ俺たちと一緒に行動する方便を述べているだけだ。


「そう。元々キミと一緒にいる名分として、魔王軍には『ただいま戦争の真実を知ってる強者をスカウト中!』って誤魔化そうと思ってたんだけど、エルフのボクは元々人間側だし?寝返ったんじゃないかって疑われる可能性は結構あるんだよね。それにいざって時にキミを守ってあげられないし」

「はぁ…。なるほど?」


女性に守ってもらう情けない男って矢印を刺された気分になりつつ頷く。

エレナさんが奴隷になることにどう繋がるのかよくわから……ん?


「もしかして、俺の奴隷になることで寝返ったという疑惑を晴らすことが出来る?」

「その通り!もちろん完全には晴れないけどね。でもそこは人間側の情報も横流ししつつやれば、問題はないと思うよ。真実を知ってる分、篝くんはある程度ボクの自由を許す甘ちゃんだってことも添えてね」

「甘ちゃ……まぁそこは別に好きにして良いですけど…。戦争に関わりたくない俺が止める権利はないですし。それで、俺を無事にスカウト出来たら、人質役として役立てる……という建前を作って報告するってことで良いんですか?」

「うん!ちょっと穴だらけだけど、『戦争の真実を知ったカガリくんは一人で王都から逃げて来た勇者』って報告するの。そんなカガリくんを『人質役としてスカウト出来れば、王都にいる他の勇者たちを無力化出来る可能性がある』。勇者は皆同郷の人間だって周知の事実だしね。そんな風に報告すれば、上も無視は出来ないと思う。というか、魔王様が無視しないだろうね。勇者の恐ろしさはあの人が一番理解してるだろうし」


確かに勇者って恐ろしそうだ…。

執事服の勇者先輩は遠くから剣を伸ばして一方的に攻撃出来るだろうし、シュリさんなんてきっと戦場を破壊しつくして回っていたに違いない。

今の俺でさえ地面をボコボコに出来るんだ。山の一つや二つは破壊してたんじゃないか?


……ん?今壁に立て掛けられてるハンマーが光らなかったか?

気のせいかな…。


「ていうか……」


エレナさんが笑顔が無くなり、突然ズーンと暗い表情になった。

なんだ急に?


「勇者のスカウトを嘘でも試みくらいはしないと、ボクの魔王軍で立場がかなり危うくなるしね…。もしダクネスへの裏切りがバレた時を考えると」

「危ないどころじゃねぇでしょ…。一時の感情に身を任せるからそうなるんですよ。後悔するくらいならやらなきゃ良かったのに」

「嫌っ!それじゃあキミたちを殺さなくいけなるから、それだけは絶対に嫌だったのー!」

「戦争関連に私情を挟むなよ…。我儘な」


その我儘のおかげでこうして生きていられるし、関わりたくないからあまり責めはしないけどさ…。


「うーん…。奴隷とか俺には忌避感の塊でしかないけど……鳴とシルバーの安全を考えると、それしか方法はなさそうだな…」

「まぁ、思い付く限りだとそうだね」


「決まりですね。ではマスターの体力が回復次第、奴隷商のある街へ向かいましょう」

「ルミナリアにはないのか?」

「はい。実はマスターが眠ってる間に奴隷商を探し回っていたのですが、一件も見つけることが出来なかったのです」


「まぁ昔に比べればだいぶ栄えてきたけど、ルミナリアはまだ発展途中みたいなところはあるからね。あと十年くらい開拓が進めば出来るんじゃないかな?奴隷商」


エレナさん感覚だとおよそ一年なんだろうな、それ…。

とそこで、「まぁそんなには待ってられないよね〜」と言いながら、彼女は自身のマジックバッグをゴソゴソし出した。


「ということで、これを使っちゃおー!今まで攻め落としてきた街の奴隷商から拝借して来た、“奴隷の首輪”でーす!」

「なんでそんなもんを都合良く持ってんだよ!?」

「いやー。力で解決出来ない相手は、これで拘束してから殺そうと思ってたからさ。数十個くらいバッグに詰めてるよ」

「こっわ。俺アンタより強くなくて良かったわ…」


――――――――――――――――――――――――


そんなこんなで、エレナさんの首にぶっとい奴隷の首輪を装着した翌日。

奴隷の首輪は対象に装着させたあと、首輪に魔力を流せば奴隷契約完了となる。俺が魔力を流したので、俺がエレナさんの主となる。

する気はないが、これで常識の範囲内であればエレナさんに好きに命令出来るようになった訳だ。背徳感やっべぇなこれ…。

邪魔にならないのかと聞いたら、「大丈夫!“カガリくんに縛れてるみたいで興奮する”!」と冗談を言うくらいには余裕そうだった。


だが忘れてはならない。彼女はどんなにおふざけキャラであろうと、魔王軍のスパイであろうと関係なく、Aランク冒険者として有名であることを。


「お、おい…。なんだよあれ…!なんであのエレナに奴隷の首輪が!?」

「俺が聞きてぇよ!誰か聞いて来いよ…」

「嫌だよ!何されるかわかったもんじゃない!」


「あー!そんな……私たちのエレナお姉様が〜…。奴隷落ちだなんてぇ〜…」

「おのれあの男、きっと卑怯な手を使ってエレナ様を嵌めたのね、そしてハメたのね!?」

「いやーッ!」


ただいまギルドにいるのですが、そのギルド内がものすっごくカオスです…。

そしてまさかのエレナ信者がいるという事実。月のない夜道には気を付けなきゃ!


「ん?なんか鼻がムズムズと……ハックショイ!」

「およ?風邪かいカガリくん」

「ずずー…。いえ、特にダルさとかはないのですが…」


ここにいない誰かが噂でもしてるのか…?


「ほら。ちり紙だよ。はい、ちーん!」

「自分でやります…」

「いいからいいから」

「……ちーん!」


ティッシュにしては少々硬いが、まさか異世界にこういうのがあるとは…。

前の勇者とかが作ったのかな?


「ありがとうございました」

「うん。どういたしまして」


ちなみにエレナさんは口元を隠しながら喋ってる。

そりゃ俺に褒められたくらいでコンプレックスが治る訳ない。

……横から見たら見えねぇかな?いや、太い萌え袖でカバーしてやがる。


「パパ。やはり今日もお休みした方が良いのでは?」

「大丈夫だよ。長い間寝込んでたおかげで、全開してるから」

「そうですか…。少しでも身体に違和感を感じたら言ってくださいね」

「もちろん。その時はちゃんと言うよ」


昨日の今日での復帰だ。鳴の心配する気持ちもわかる。

だけど本当に心配ない。むしろ前より身体の調子が良いくらいだ。


「さて。気を取り直して、ブラックブルの討伐クエストを受注しましょうか」

「他は受けなくて良いの?一気にやった方が早く試験終わるよ」

「まぁ大丈夫とは言いましたが、さすがに片道三日の距離ですからね。ちょっとしたリハビリも兼ねて、まずはこれだけにしようかと」

「それもそうか。じゃあ早く行こ!さっきから皆騒がしいし」


実はダンジョンから帰って来たあの日に、久々に会った馴染みの受付嬢さんからCランク昇格試験の話をもらっていた。

内容は『Cランク以上のクエストを五つ達成する』こと。

早めに終わらせるに越したことはないが……こっちは病み上がりだ。二兎以上は追わずに、一兎だけに集中しよう。


「や、やぁ。カガリくんにメイちゃん。久し振りだな」


受付に行こうとしたその時、見覚えのある大剣を背負った水色の髪の男性が声を掛けてきた。

名前は確か……


「クリスエスさん?」

「ルドルフだ!?誰だよクリスエスって、一文字も掠ってないじゃないか…」

「冗談ですよ、冗談。お久し振りです、ルドルフさん」


彼は俺と鳴を冒険者に紹介してくれた、ちょっとした恩人だ。

鳴曰く怪しい俺たちを監視する為らしいが、疚しい思いなどないから気にせず真面目に冒険者をしている。


ルドルフさんの後ろには、彼と同じ水色の髪をした斥候っぽい格好の男性と、なんと和服を着て腰に刀を差してる男性がいた。

この世界にも和服や刀があるんだなー。しかも(まげ)も結ってる。


「正しく侍だ」


思わず口に出てしまった。


「ん?サムライを知ってるのか。若いのに博識であるな」

「そんなことよりもよー!?」


もう一人の水色の髪の男性が、エレナさんに視線を向けて声を荒らげるように口を開いた。


「俺たちはその人に、なんで奴隷の首輪が付いてんのか聞きに来たんだ。のんびり談笑する為に声を掛けたんじゃねぇ」

「おいランディ。失礼だぞ」


ルドルフさんがランディという人を嗜めるが、止まることなく疑問をぶつけて来た。


「教えてくれエレナさん。アンタほどの人が、なんで奴隷堕ちなんかしたんだ?まさか借金なんかした訳じゃないだろ」

「……まぁ、当然の疑問だよね。うーん。面倒臭いな〜……誰も聞いて来ないと思って安心してたのに」


エレナさんはのらりくらりとした様子で言う。

そんなエレナさんに、ランディさんが詰め寄って行く。


「誤魔化さないでくれ!アンタは全冒険者の憧れとも言っていい存在だ。そんな人がいきなり奴隷になってるんだぞ?説明してくれなきゃ納得出来ないって!?」

「やめろランディ。お主の気持ちはわかるが、少しは落ち着け」


「凄い凄いとは思ってたけど、そこまで凄かったんですね。全冒険者の憧れとか」

「そうみたいだね?それなりにチヤホヤされてる自覚はあったけど、まさか全冒険者の憧れになってるとは……これはボクも予想外だよ」

「おい当事者…」


ただでさえ属性モリモリなのに、そこに鈍感まで付ける気かこの人…。

一人で属性を渋滞させ過ぎだろ。


「ええい、止めるなユウガ!エレナさん。頼むから誤魔化さずに教えてくれねぇか?Aランク冒険者が奴隷堕ちすること自体、前代未聞なんだ。ちゃんと説明して欲しい」


荒っぽいが、ランディさんが言ってることは正しい。

彼女ほどの人間が奴隷になる。そこにどんな理由があるのか、それを知りたいのはこの場にいる人たち全員が思ってることだろう。

でもどうするんだエレナさん?聞かれたら自分で解決するって言ってたけど、どう言い訳するつもりだ。


そんなことを思いながらエレナさんの方を見ると、ちょうど目が合った。

そして彼女はふと恍惚とした表情になり、俺の腕に自分の両腕を絡ませ、口元は俺の肩で隠し出した。

あ。なんだかすっごく嫌な予感が……した時にはもう遅い。


「恥ずかしいから、あまり言いたくなかったんだけど……好きに、なっちゃったの…。その……このカガリくんっていう子に、胃袋を捕まえられて」

「「「……………」」」


「「「はぁーーーーーーッ!?!?!?」」」

「「「きゃーーーーーーッ!!!」」」

「「「いやーーーーーーッ!!!」」」


エレナさんの一言で、ギルド内に阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れた。なんてカオスな…。

そしてどうしよう……エレナさんの言葉に嘘を感じられない。

ちょっとシュリさん!サボってませんよね!?


そんな俺の思いに反応するように、ハンマーがちょっとだけ光った。

んー何か言ってるのかもしれないがわからんっ!付喪神の翻訳機をくれ!

面白かったらブクマ登録といいねと高評価をお願いします。

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