カガリとエレナ3
「説明を諸々吹っ飛ばしてしまい、申し訳ございません。マスター…」
「謝るのは俺じゃないでしょ」
「はい…。申し訳ございません、エレナさん。ちゃんと理由を説明致します」
「う、うん。お願い…(カガリくんを本気で怒らせないようにしよう…)」
しゅんと肩を落として謝る鳴。
どうも。いきなりエレナさんに対して奴隷になれなんて言った鳴を叱った父親です。
一体なんの考えがあったのか知らないが、うら若き乙女になんて要求をしやがるんでしょうこの子は。本当に俺の事になると見境がないというか、言葉足らずになると言うか…。全く。
反省した鳴を正座から解放し、椅子に座ってもらって一から説明を求めた。
「なぁ?奴隷になれってことは、やっぱり奴隷制度があんの?」
「はい。……そういえばマスターは知りませんでしたね。ルミナリアでは奴隷は見掛けてないので、仕方ないですが」
この時初めて聞いたが、この世界で犯罪を犯した者や借金を返せなくなった者は奴隷となるそうだ。この二つは犯罪奴隷と借金奴隷と言うらしい。
それぞれの主な違いは、人権の有無だろう。
借金奴隷は借金を返せなくなって、どこかの商会や貴族の従者として買われて働かせてもらい、借金を少しずつ返して行くらしい。衣食住は約束されるし、人権もある。
本来は借金返済が完了したと同時に奴隷から解放されるが、ご主人様に気に入られればそのまま働かせてもらえるケースも珍しくないとか。
その反面、犯罪奴隷には人権なんてものはほとんど無い。
一応買い手にはまともな衣食住の義務を求められているが、他は何しても許されてしまうらしい。
休み無しの強制労働から夜の相手まで、求められれば犯罪奴隷は有無を言わずにやらなければならないそうだ。
まさに奴隷って感じだな…。
そしてそれらとは別に、戦闘奴隷というのがあるらしい。
戦闘奴隷というのは、基本的には戦闘力の高い犯罪奴隷や借金奴隷がなる物らしいが……その人たちとは別に、自主的に戦闘奴隷になることもあるという。
どういう人が自ら戦闘奴隷になるかというと、主に人間関係が面倒だったり、極端に苦手な人だ。
冒険者を含む戦闘職は人間関係も大切にしないといけない。そんなことはせず、ただ「これを倒せ」「私を守れ」と命令を受けて金稼ぎしたい人が戦闘奴隷になるという。
普通に冒険者をやるより実入りは少ないが、こちらも衣食住は約束されてるので私生活がダラしない人には良いのかもしれない。
借金奴隷と戦闘奴隷は、なんだかちょっとしたハロワみてぇだな…。
「エレナさん。まだ魔王軍には、今回の件はお伝えしていないのですよね?」
「うん。どう誤魔化そうかと悩んでて、報告書のまだ作ってないね」
「でしたら、『ドジって私たちに捕まって奴隷になってしまった』ということにして、私たちと行動を共にして頂けませんか?向こうからすれば、脅威的に強い貴女がマスターの手に渡ってしまったということになり、いくらか牽制になると思うのです」
「なる、ほど…?でもそんなのが上手く行くかな〜…。ボクのことなんてお構い無しに攻めて来ると思うよ?」
「あくまでも牽制、です。例えルミナリアに攻めて来ても、その時ばかりはエレナさんはマスターの為に戦うことが出来ます。これはマスターを守る名分にもなる訳ですから」
「へ?……あ!そうか。そういうことか…」
「なんだ?二人だけで理解してないで、俺にもわかるように説明してくれ」
「うんとね……」
エレナさんは紙を取り出して、そこに人間と魔王軍という文字を書いて、簡単な図を作って説明してくれる。
「結構ややこしい感じなんだけどね。まず、ボクは魔王軍の人間でしょ?」
「はい。そうですね」
「その魔王軍のボクが、カガリくんたちに捕まってしまいましたと報告する。さて、これだけだと向こうにはどんな風に捉えられるでしょうか?」
「? ……エレナさんが人間側の戦力になった、とか?」
「正解。しかし……」
次にエレナさんは、人間と魔王軍の間に俺の名前を書く。
そして人間と俺を線で繋いで、その線にバツを入れた。
「カガリくんは戦争に興味ない。というか参加したくない、平和に暮らしたいんだもんね。だから勇者の身でありながら、こんな辺境の地に住んでいるんだから」
「はい。いつ死ぬかもわからないですからね。おちおち家族も作れない。ぶっちゃけ俺たちが関与しないところで戦争して欲しいです」
無理な相談だろうけど…。
「そうだよね。それを含めて、魔王軍に報告すると……」
エレナさんは苦笑しながら、俺の名前と人間を丸で囲み、魔王軍に向かって矢印を書いた。
「魔王軍は『勇者カガリは手を出さない限り、我々には無害である』と伝えることが出来る。同時に、カガリくんの奴隷となったボクもまた脅威にはならない……ということになる訳だよ」
「はぁー。なるほど……でも、それでルミナリアから手を引くとは思いませんけど?どっちみち俺たちを殺しに来るんじゃないですか。エレナさんが奴隷になる意味がない気がします」
魔王軍はルミナリアを落とし、人間を挟み撃ちにして戦争に王手を掛けるつもりだったんだ。
エレナさんは強いって言っても、魔王軍最強という訳ではないだろう。
例え最強だったとしても、もっとこうラノベみたいな理不尽さがないと魔王軍は諦めないと思う。さすがにそれほどの強さではないことはわかるぞ。
「そうだねぇ。ボクより強い奴も、魔王軍にはチラホラいるしね」
「チラホラ…」
でも彼女がトップクラスに強いことは確かなようだ。
「そこで!カガリくんにお願いがあるのです」
「はい?なんですか」
「もう一度ボクに……チャンスをください!」
「なんの?」
「キミを“魔王軍にスカウトする”チャンスを、です!」
エレナさんは真剣な表情で、そんなことを言う。
しかし……彼女の言葉からは、嘘を感じた。
つまり本当のところ、俺をスカウトするつもりはない、ということになる。
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