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異世界生活一日目、終了

 紫色の玉を掌に転がしながらこんにちは、あるいはこんばんは。どうも篝です。

 俺は今、ギルドの書庫にて『魔力の基本操作』というタイトルの本を読んでいる。

 掌で転がしてる玉は、実は本に書かれた手順で編み出した、魔力で出来た不思議物体だ。これを維持し続けることが、魔力操作の練習になるらしい。

 まずは自分の中にある魔力の流れを感知することから始まるのだが、これが中々難しい。


 最初はよくわからず四苦八苦していた。鳴が『自分の中に流れている血をイメージしてください』とアドバイスしてくれたおかげで、こうして魔力の玉を作ることが出来たが、変に気を抜くと霧散してしまいそうだ。


 今は野球ボールサイズだが、鳴曰く繊細な魔力操作が出来る人はもっと小さく作れるとのこと。これでも十分出来てるらしいけど。

 ちなみにこれは投擲物として投げることも可能。普通の人が投げても、精々が石を投げつけた程度の威力しか出ないらしいが……たぶん俺が投げれば凶器に早変わりだろうな…。


「試してみないとわからないけど、これは良い武器になるかもしれないな」

「パパ。お探しの精霊魔法使いについて書かれた本を持ってきました。ここに置いておきますね」

「ああ。ありがとう」


 鳴が『人間にもわかる精霊魔法使い』というタイトルの本をテーブルに置いて隣に座った。

 こういうことは鳴に聞けばすぐわかるのだが、自分の力については自分で調べた方が使い方も理解しやすい。って、なんかの漫画で言っていたから、こうして自力で調べている。

 ちなみに書庫には今俺たちしかいないが、鳴はパパ呼びのままだった。壁に耳あり障子に目ありという奴か。


「“『魔法使い』のスキルが無いと、そよ風だったり焚き火にしたりする程度の魔法しか使えない”か…。それじゃあこれ以上読んでも意味は無さそうだな」


 一応最後のページまで読んでみたが、後は各属性の初級魔法の説明ばかり書かれていたから、俺には関係なさそうだった。

 続いて鳴が持って来てくれた、人間にもわかる精霊魔法使いを手に取った。


――――――――――――――――――――――――


「カガリ君、メイちゃん。待たせたな。鑑定が終わったそうだ」

「あ。はーい。こっちも調べたいことは一通り調べ終わりました」


 読んだ本を元に戻して、他に何か面白い本はないかと探していると、ルドルフさんが呼びに来てくれた。


「どのような本を読んでいたんだ?」

「魔力操作について調べていました。あとそれに関連した書物を。俺はその辺の知識もからっきしなので」

「なるほど。勤勉なのは良いことだ。では、行こうか」


 ルドルフさんに案内されたのは受付だった。買取カウンターは受付の右側に設置されているらしい。

 そこにロザリオさんが待っていた。


「よう。待たせたな」

「査定ありがとうございます。それで、いくらぐらいになりましたか?」

「ざっと金貨6枚と、銀貨30枚だな」

「それって、高いんですか?」

「あ?あー。そういえばずっと山で暮らしてたんだったな。これくらいあれば、風呂付きの宿に一ヶ月くらい泊まれんだろ」


 風呂かぁ。日本人としてはぜひとも入りたいな。

 制服も熊を担いでたせいで汚れちゃってるし、手もみでも良いから洗濯したい。


 それに服も調達したい。制服じゃ動きにくいし、動きやすい服装にしたい。

 ……あれ?そういえば俺と鳴の格好って、山暮らしだったとは思えない服装だったのでは…。

 なのに信じてくれたルドルフさんって、もしかして聖人なの?心清すぎるだろ。


「ありがとうございます。これで漸く鳴にまともな服を買ってあげられます」

「やはり山暮らしでは、その少女に合う服が無かったのだな」

「はい。俺は基本家事は得意ですが、裁縫はやったことなくて…。だからずっと俺のお古を着させてたんです」


 しかも学ランの下は裸だし…。ちょっとジャンプしたら見えそうだ。

 だからまずは鳴の服を買わないとな。


「どこかオススメのお店などはありますか?」

「ふむ。武具屋であれば知っているが、生憎そういうことには疎くてな…。後で受付嬢の誰かに聞いてみるといい」

「わかりました。それじゃあ……」


 俺は今言ったオススメの武具屋と、他にも冒険者御用達のお店を教えてもらった。

 それらに関しては、とりあえず明日行くことにしよう。


「改めてありがとうございます。何から何まで教えていただいて」

「気にするな。さっきも言ったが、後輩を助けるのは先輩の役目だ。特に君たちのような将来有望な冒険者には、惜しまず協力するつもりだ」

「本当に、ありがとうございます」


 はぁ~。最初に会った異世界人がルドルフさんで良かったぁ。

 こんな親切な人に出会うことなんて、日本でも中々ないのでは?


「……パパ。お腹が空きました」

「えっ?」


 鳴がいきなり空腹を訴えて来た。

 精霊ってお腹空くんだ。でも考えてみたら、俺も今朝に卵焼きしか食ってないから、意識したら腹減って来たな…。


「はっはっは。では一先ず、この場はお開きにしよう。まずはメイちゃんに美味しい物を食べさせてあげないとな」


「そうします。じゃあ行こうか、鳴」

「はい。早く行きましょう」

「でもその前に、服屋のことだけ聞きに行かせてくれ。お前の服も早くなんとかしないとだしな」

「はい。パパ」


 鳴。実はパパ呼び気に入ってる?


――――――――――――――――――――――――


 冒険者登録をしてくれた受付嬢さんにオススメの服屋さんを教えてもらって、冒険者ギルドから出る。

 すると鳴が……


「パパ。お話したいことがあります。まずは宿を取りましょう」

「え?でもお前、お腹空いたんじゃ…」

「はい。ですがそれよりも先に、パパのお耳に入れたいことがあります」


 なんだろうか?やたら急いでる感じだな。

 何か気になることでもあったのか?


―――――――――――――――――――――――――


 俺と鳴はルドルフさんに教えてもらった宿屋『猫の冠』で部屋を取った。

 一泊で銀貨5枚とそこそこ値は張るが、別料金だがご飯も美味しくて風呂も付いてるともなれば、ここしかないと思った。

 今はあまり余裕はないが、明日からクエストを頑張って早いとこランクを上げれば、それもすぐに解決するだろう。


 さて、鳴の話とやらだが……何やら相当警戒しているらしく、窓から外を何か確認したり、壁や床を調べたりしている。

 なんかそこまでしてるのを見ると、凄い不安になってくるのだが…。


「……見張りや盗聴の魔法が掛けられてることはなさそうですね」

「一体何をそんなに警戒しているんだ?もしかして俺たちをずっと尾けてる奴でもいたのか?」

「いえ、そういう訳ではございません。ただ、あのルドルフという人間が気になりまして」

「ルドルフさん?彼がどうかしたのか?」


 鳴は真剣な表情で、驚くべきことを口にした。




「彼は恐らく、私の存在に勘づいています」




 鳴の言葉に対して、目を見開く。それってつまり、精霊であることがバレた?

 そんな素振りは全くと言っていいほど無かったけど…。


「鳴が精霊ということに気付いた?どうやって?」

「いえ、恐らく精霊であることまでは悟られていないと思います。ですが彼のことは警戒しておくべきでしょう。あと、あのロザリオとかいうギルド職員も。この二人が私を見る目は、他と違います。もしかすると、私とマスターが親子でないことにも気付いているかと」

「マジかよ…。じゃあなんで、二人はそのことを指摘しないんだ?それに、そんな怪しい人物を街に入れた意図がわからない」

「指摘して来ないことについては、私にもわかりません。ですが街に入れた目的については、凡その推測は出来ます」

「なんだよ?その目的って…」

「監視、かと」


 監視?俺と鳴の監視をしてどうなるんだ?

 ルドルフさんは一体何を考えている?わざわざ俺たちを冒険者に引き込んでまですることか?

 だって、向こうからしたら俺たちは不穏分子だぞ。それを自分たちの懐に入れるなんて…。


「あ。懐に…?」

「はい。彼は私たちの監視がしやすいように、わざと冒険者に引き込んだのかと」

「……鳴はそのことには、いつから気付いてたんだ?」

「あの丘で出会った時からです。表には出していませんでしたが、彼はずっと私のことを警戒していました。ギルドにいる時も、ずっと。何かのスキルか、はたまた経験則による勘かはわかりませんが」

「じゃ、じゃあ冒険者にはならない方が良かったんじゃ…。今からでもここを出て、別の街とか村で暮らすとか…」

「いえ。それについては大丈夫だと思います。なぜなら……」


 鳴は一呼吸置いて、さらに続けた。


「私たちに疚しいことなど、ありますでしょうか?」

「……え?」

「私はどちらでも良かったのですが、私たちが彼らに、この街の害にはならないと証明するには、きっとこの方が手っ取り早かったと思います。マスターに、この街を征服したいとか、そういう気持ちはありますか?」

「いやいやいやいや!そんな気持ちは一切ねぇよ!むしろここから頑張ろう!って気持ちでいっぱいだったさ」

「そうですよね。でしたら問題ありません。今のルドルフは私たちを見定めようとしているのだと思います。でなければ、わざわざ冒険者にして世話を焼こうなどしないはずですから。……マスターの好感度を上げて、扱いやすくしようとする意図はあるかもしれませんが…」

「……………」


 こっっっっっっわッ!?異世界こっわ!

 あの人あんな優しそうな顔しといて、腹の中結構真っ黒なんじゃねぇの!?俺めっちゃ信頼しちゃってたよ!

 くっそ~…。ルドルフさんには本当のこと話しておこうと思ったのに、そんなことする気無くしたわ…。


 でも根は良い人ってのは間違いじゃないと思いたい…。彼がそんなことをしてるのは、偏にルミナリアという街の為なのだろう。

 こんな怪しい奴を野放しにしておくより、手元に置いておく方が安心はしやすいのかもしれない。仮に知らないとこで変なことされたら、たまったもんじゃないだろうし。


「では一先ず、私たちに害は無いこと。いえ、むしろこの街に置いておくのは有益だということを、彼に証明して信頼を勝ち取りましょう」

「……そうだな。なんかめっちゃ鳥肌立って嫌な感じだけど、鳴が言うように俺たちを見定めようとしているのなら、まずはそこからだよな…」


 異世界生活1日目。どうやら先行きは少々真っ暗なようです…。


「とりあえず飯だ。飯を食おう…。すまないが鳴、服は明日でいいか?今日はもう外を出歩きたくない」

「はい。わかりました。ですが安心してください、マスター。例えルドルフに襲われようと、一瞬で消し炭に致しますので」

「もっと身近に怖い奴いたわ」


 敷設してる食堂へと向かうと、そこは冒険者たちでごった返していた。

 ルドルフさん曰く、冒険者御用達らしいからな。にしてもまさかほとんどが冒険者だとは思わなかったが…。

 まぁただ飯を食いに来ただけって人もいるだろうけど。御用達ってのは主にそっちかもな。


「いらっしゃいませー!お好きな席へどうぞ~」


 ウェイトレスのお姉さんにそう言われ、俺と鳴は隅っこにある席に座った。

 酔っ払いとかに絡まれたくないからな。


 テーブルにあった木の板に書かれているメニューを眺める。


「鳴。好きな物頼んでいいぞ」

「はい。ありがとうございます。ですが、精霊(わたくし)に食事は必要ありません」

「え?そうなの。でもお腹空いたって言ってなかったか?」

「あれは噓です。実際は空気中の魔力から栄養を摂取しているので、人と同じ食事をする必要が無いのです」

「へぇ~。便利な身体だなぁ。でも、一応お前も何か頼んでおけよ。周りから見たら、俺が子どもに食事を摂らせない最低野郎に映っちまうし」

「……それもそうですね。ではこの、カルボナーラという物をお願いします」


「おっけー。すみませーん!注文お願いしまーす」

「はーい!少々お待ちくださーい!」


 他のテーブルに料理を運び終えたウェイトレスさんがすぐにこちらへ来てくれる。

 なんて軽やかな足取り。


「お待たせしました。ご注文を承ります」

「カルボナーラとトンカツサンドをお願いします」

「かしこまりました!お飲み物はよろしかったですか?」


「あー。飲み物か。どうする?鳴」

「では、オレンジジュースをお願いします」

「じゃあ俺はコーヒーで」


「かしこまりました!それではしばらくお待ちください」


 元気よく笑顔で厨房へオーダーを伝えに行くウェイトレスさん。

 なんて気持ちの良い接客なんだ。薬指に指輪を嵌めてなかったら、ちょっと気になってたかもしれない。


 それにしても、異世界にカルボナーラとかトンカツとか、さらにはコーヒーまであるなんてな…。

 意外と食文化に関しては進んでいるのかもしれない。


 待ってる間、鳴にカルボナーラとオレンジジュースがどういう物か知ってるのか聞いたら、「知識としては知っています」とのことだった。

 女神様。アンタどれだけの知識をこの子に入れたんだ?逆に知らないことを知りたいわ。

 だが意外にも早く、それは訪れた。


 最初にコーヒーとオレンジジュースが届いたのだが、鳴がオレンジジュースを飲んで……


「……………」

「ん?鳴?どうした」


 固まった。俺は思わず鳴の顔の前で手を振ると、ハッとした表情になってもう一口飲み始めた。そして、


「……美味しい」


 と、目をキラキラさせながら呟くように言う。


「パ、パパ!これが美味しいという感覚なのですか!?」

「お、おう…。美味しいって思ったなら、そうなんじゃないか?」

「これが、美味しい……美味しいとは、こんなにも素晴らしい感覚なのですね…」


 なんとも大袈裟な反応だ。オレンジジュースでそんなに感動するとは…。知識としては知っていても、実際にそれを経験するのとしないのとでは全然違うんだな…。

 ……そういえば、義母さんが作ってくれた卵焼きが死ぬほど美味く感じて泣いた覚えがあるな。それまでは残飯の寄せ集めみたいなのばかり食わされてたから。

 初めて心の底から美味しいと思える物を口にすると、やはり感動せずにはいられないのかもしれない。


 次に届いたのはカルボナーラ。トンカツは揚げ物だから、もうしばらく時間が掛かるとのこと。

 さっきオレンジジュースを飲んだだけで感動してたんだ。カルボナーラを食べたりなんかしたら…


「~~~ッ!!!美味しい…!」

「眩しいくらいキラキラが舞ってるように見える」


 見ているこっちも楽しいな。しかしこのカルボナーラ、随分と量が多いな。

 冒険者御用達ってことだから、やっぱり量も多いんだな。

 だが鳴はそんなことを気にした様子もなく、ちゅるちゅるとカルボナーラを小さなお口に運んでいく。


 ……意外と大食いなのかしら?義父さんが、食べてる俺を見てるだけで腹一杯になるとよく言っていたが、なんとなくその気持ちがわかったような気がする。

 カルボナーラが半分まで無くなったところで、俺が頼んだトンカツサンドが届いた。


「いやデッカ」


 トンカツサンドは三つ皿に盛られているのだが、どれも人の顔くらいの大きさがあるぞ…。前に持つと鳴の頭が全部隠れやがる。

 トンカツ自体もパンから溢れんばかりに分厚くて大きい。顎外れそう…。

 まぁ俺もまだまだ育ち盛りの男子高校生。たぶん……ギリ完食出来ると思う…。


 とりあえず一口食べると、肉汁が口いっぱいに広がっていくのを感じる。

 肉は柔らかくジューシーで、噛めば噛むごとに美味しさが広がっていく。味は文句無しの合格点。

 これで銀貨2枚って結構安いのでは?……だけど量が多いな…。胃袋破壊しに来てるってこれ。


 その後トンカツサンドを三口ほど食べ進めると、鳴が話し掛けて来た。


「パパ。そちらも美味しいですか?」

「ん?ああ、美味いよ……って、お前もう食い切ったの!?」

「はい。あまりの美味しさに、フォークが止まらず…」


 すっご…。この少女の身体のどこにそんな胃袋が…。いや、そもそも食事を必要としない精霊に胃袋という概念は存在するのか?


「鳴。お腹は一杯になったか?」

「お腹、ですか?……正直その感覚はよくわかりません。ですが、何かが満たされたような感覚はあります」

「そうか。じゃあ、これ一つやるよ」

「良いのですか?」

「ああ。正直、これ三つも食い切れるかわからんし…」

「……わかりました。では、いただきます」


 その後、鳴はトンカツサンドを感動で目をキラキラさせながら、その小さなお口でパクパクと食べ進めて楽々完食した。

 なんか見てて気持ちよかったので、もう一つもあげて、こちらも余裕で完食した。


 ……義父さん。見てるだけでお腹一杯になったわ。

面白かったらいいねと高評価をお願いします。

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