視線を集める親子
街の門の前からこんにちは。冒険者と名乗る人たちから物理的距離を置かれている親子。篝と鳴です。
街の前まで来たはいいが、検問をしているらしく、街に入るには基本身分証明書が必要みたいだ。
俺たちはそういうのは持ってないので、今ルドルフさんが門番の人に掛け合ってくれている。
学生証はあるが、通用するとは思えないしな…。
ちなみに名前や年齢の自己紹介は道中で済ませている。
鳴の年齢は、見た目は小学校中学年くらいなので、9歳ということにした。
なお俺は実年齢を口にしてしまった為か、なぜか俺が小さい頃から赤ん坊だった鳴を育てたと勘違いされてしまった。
まぁルドルフさんの好感度は高い方が良さそうだし、変に噓を噓で訂正することはしなかった。どっちにしろ心は痛むが…。
「―――ということなんだ。彼ら親子に危険はない。最初はこちらを警戒している様子だったが、今は敵意など微塵も感じないから安心していいだろう」
「わかりました。ルドルフさんが証人になってくださるのなら、こちらとしても安心出来ます。どうぞお通りください」
「感謝する。……待たせたな。通っていいそうだ」
「ありがとうございます。見ず知らずの俺たちの為に」
「気にするな。こっちも打算的な目的がない訳じゃないんだ」
そんな会話をしながら街の中へと入る。
雰囲気は中世を思わせるような街並みで、完全に元いた世界とは違うというのを感じさせられた。
さらに主だった機械らしき物はなく、ガス汚染などとは無縁そうだ。電灯らしき物はあるが、科学文明と言える物はあまり無さそうだ。
「打算って、なんのことですか?」
「カガリ君たちがこの先どうするかは自由だが、それだけの力を持っているんだ。俺としては冒険者に引き込みたいと思っている。そして恐らくギルドも、ぜひ冒険者になってもらいたいと考えるだろう。何しろツインホーンベアーを撃破する力を持ってるのだからな」
「なるほど」
冒険者ねぇ。元の世界じゃ最近よく見聞きする漫画アニメ内の職業だな。
薬草採取から魔物討伐、重鎮の護衛とかもしてるイメージだ。
そうなると強い人はいるだけいいだろうし、勧誘したくなる気持ちはわかる。ちゃんと頼りになるのは鳴だけ、だけどな。
だがクエストを達成してお金を稼ぐ仕事というのは、俺と鳴向きの職業と言えるだろう。
「どうかね?危険な仕事が多いが、ツインホーンベアーを倒せる君たちなら、これ以上ない職業だと思うのだが」
「そうですね~……」
それにこの世界は今、人間と魔王軍が争っている世界。
いざっていう時の為に、当初の目的通り俺も戦闘経験を積んでおくべきだろう。
あまり想像出来ないが、鳴以上に強い奴もいるかもしれないしな。
「鳴はどうしたい?少なくとも鳴には天職のような物だと思うけど」
「パパと一緒にいられるなら、私はなんでもいいですよ?」
「そ、そうか…」
つまりあれだ。「マスターがそう仰るなら、私はそれに従います」って奴だ。
少しは自分の意見を言って欲しいが、主が一番というのは精霊の本質らしいから、ある程度は仕方が無いか…。
「じゃあとりあえず、その勧誘は受けることにします。俺と鳴にとっても、良い経験になるでしょうし」
せめて冒険者という仕事を通して、鳴が何かを得てくれることを祈ろう。
俺自身も、何か得られれば良いなとも思う。
「そうか。それは良かった。ここは辺境ということもあって、危険な魔物が特に多くてな。腕利きの冒険者はいくらいても足りないんだ」
「そういうことでしたか。まぁ俺は微力かもしれませんが、うちの鳴ならきっと助けになってくれますよ」
「頼りにしている」
ということで、俺と鳴の就職先は冒険者ということになった。
ていうか今思ったが、それって子どもでもなれるのか?完全な実力主義社会なのかしら?
「……ねぇ。あれ何?」
ん?なんか周りが騒がしくなって来たな?
そりゃ街の奥に行くにつれて人も多くなるだろうし、当然だけど……なんかめっちゃ視線を感じる。
「見たところツインホーンベアーのようだが……それを男と小さな女の子が二人だけで運んでるぞ?」
「噓でしょ?あんな華奢な身体のどこにそんな力があるのよ?男の人の方、特別体格が良さそうには見えないわよ…」
「身体強化系のスキルか?」
「にしたって限度があるだろ。荷車くらいは必要だ」
「えっ?待って!あの子めっちゃ可愛くない!?お人形さんみたい!」
「本当だ。男の人の方は……なんだか普通ね?兄妹っぽいけど…」
「妹さんにそっち系の遺伝子全部持ってかれちゃったのかもねぇ」
ある者は畏怖を、ある者は色物でも見るかのような視線をこちらに飛ばしてくる街の住民たち。
そういえば今、推定100キロ超えの熊を担いでるんだった。そりゃ騒ぎにもなるか。
マジでバフのお陰で軽いから、そんな物を持ってる自覚が薄れてたわ。
「パパ。さっきの女性、パパのこと侮辱してましたね?」
「え?そうなの?喧騒に紛れて聞こえなかったわ」
「……ちょっと、締めて来てもいいですか?(バチッバチッ)」
「待て待て待て待て!それくらいで怒るな!?なんて言われたのか知らないけど、俺は別に気にしてねぇからさ。な?落ち着けって。無暗に人を傷付けちゃいけないよ」
「……………わかりました。パパがそう仰るなら、私はそれに従います」
渋々と言った様子で、怒りの鉾(電気)をしまう鳴。
出てる出てる。素がめっちゃ出てる。辛うじてパパ呼びしてるだけでほぼ精霊としての素が出てるって。
「お、おい?メイちゃん、どうしたんだ?急に殺気だったりして」
「いえ……ただ、パパをバカにする声が聞こえたので。ですがパパが気にしないと仰ってますので、私も気にしないよう務めます」
「お、おぅ…。その、しっかりメイちゃんの手綱は握っておいてくれよ?カガリ君」
「はい。気を付けます…」
教訓。鳴は俺の悪口に敏感な為、騒ぎを起こさないよう気を付ける。
とりあえず俺が駄目と言えば大丈夫そうだが、我慢の限界とか来ちゃったらどうしよう…。ご褒美とかで機嫌を取る?
でも精霊へのご褒美ってなんだ?どこか図書館でもあれば調べておかないとな。黒焦げの死体が出る前に…。
討伐隊の皆さんも完全に怯えきっちゃってるよ…。
そんなプチハプニング的なこともありつつ、件の冒険者ギルドへと辿り着いた。
五階建てとかなり大きく、交差した二本の剣と盾の大きな看板が特徴的だ。
「ここが冒険者ギルド、ルミナリア支部だ。クエストの受注、報酬の受け取り、素材の換金、さらには冒険者の口座の管理など、基本的にはここで全部行われている」
「へぇ~。結構便利そうですね」
「ああ。だが素材の換金については、店に直接卸した方が高く売れる場合もある。その他細かい点については、追々知っていくといい」
「わかりました。それじゃあさっそく、この熊を換金したいのですが……これどこに置いとけば良いんですかね?」
熊が大きすぎて中に入らなそうだから、どっか人の往来の邪魔にならないところに置いておきたいんだが…。
しかしここでルドルフさんが、また気を利かせてくれた。
「ならギルドの裏手へ運んでおいてくれ。俺が職員を連れて行こう」
「何から何まですみません…」
「気にするな。後輩の助けになるのは先輩の役目だからな。お前らはギルドに報告を済ませたら、各自解散しておいてくれ!」
「あ、ああ。わかった…」
「つっても、どう報告するよ?ていうか報酬貰えんのか?」
ということで、俺と鳴はギルドの裏手へ熊の死体を運んだ。
裏はどうやら修練場にもなってるらしく、多くの冒険者が特訓に励んでいた。
まぁ、すぐその手を止めてこちらに視線を送って来たけど。
「来たぞ。あれだ!」
「本当にツインホーンベアーをたった二人で担いでやがる。しかも片方は子どもかよ…」
「一体どこにあんな力があるんだ?お嬢ちゃんの方は当然として、男の方だって細い身体付きしてんぞ…」
「うわぁ。あの子超可愛い…。兄妹かな?あまり似てないけど」
「髪と目の色は一緒だし、そうなんじゃない。それにしても何者?あんな人たち、噂でさえ聞いたことないけど…」
「めっちゃ目立ってる…」
別に構わないが、こうも人の視線に晒されたことがないから、居心地は悪いな…。
誰かが先に報告していたのか、変に騒がれてないことだけが救いか。
「パパ。アソコ空いてます」
「「「パパーッ!?」」」
「お、おう。そうだな。じゃああの隅っこの方に置いておくか」
やっぱ見た目的に親子に見えないもんな。周りの冒険者が騒然としているわ。
死体を修練場の隅っこに置いて、軽く身体を伸ばす……が、全く疲れを感じない。
これは暇な時間を見つけて、限界までランニングとかして体力の限界を知っておいた方がいいかもしれないな。
自分の限界は知っておいた方が、ペース配分とかしやすいだろうし。
「鳴。疲れてないか?」
「問題ありません。もう10体ほど狩って来ることも可能です」
「そうか。でもやるなよ?ギルドの人が処理に困るだろうから」
「はい。わかりました」
まだ10体は狩って来れるのか…。鳴のスペックは思ったより高いんだなぁ。
まぁかく言う俺も、鳴くらいの実力があれば出来るのかもしれないけど。やろうとは思わないけど。生態系壊しちゃいそうだし。
しかし頑張って強くなろうとは思う。少なくとも体力と力は常人を超えてるみたいだから、努力すればいくらでも強くなれるはずだ。
せっかく冒険者になるんだから、行けるとこまで行ってみたい。
ルドルフさんと職員を待ってる間、冒険者たちの特訓の様子を見ていた。
戦いの素人である俺には、彼らのやってることは“なんか武器を振り回してるな~”くらいにしか映らないが、せめて形だけでも目に焼き付けておこうと観察する。
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足運びが上手い者、剣の扱いが上手い者、身体が柔らかい者……しばらく観察していると、それぞれが得意のスタイルで特訓して、それを伸ばそうと努力してることはわかってきた。
女神様は俺の身体は柔軟で、手先も器用だからやろうと思えばなんでも出来ると言っていた。
それは逆に選択肢が多いとも取れる訳で、いずれ武器を選ぶことを考えるとどうしても悩んでしまう。
う~ん。この場合は一緒に戦うメンバーに合わせるのが一番か?
「鳴は俺に、どんな武器を使ってくれたら戦いやすい?」
「パパがどんな武器を使っても、恐らく支障はきたさないかと思います。なのでパパの好きな武器でよろしいかと思います」
「そっか~。でも尚更、何を使ったら良いのか…」
精霊魔法使いだから杖を持つってのも、なんか違う気がする。
杖でどうやって身を守ればいいのさ。第一、精霊魔法がどんな物なのかまだわからないのに、それを頼りにするのは危ない気もする。
魔力……つまりMPみたいなのが切れたら、魔法使いは終わりなイメージだ。だから接近戦にも慣れておく必要が……
あ。でも棒術って手段もあるのか。
杖だけでも身を守れるように特訓すれば、そこら辺は解決しそうだな。
「……でも下手に相手の攻撃受けたら、普通にぽっきり逝っちゃいそうだな…」
俺が想像する杖は某魔法学校とかで見る、木とかで出来てる小さい奴イメージ。
現実にあんな頑丈な木製の杖は無いだろうし、強度的に安心出来る鉄製の長杖とかあれば…。
「パパ。まずは色々な武器を試してみてはどうですか?」
なんかもう杖を持とうかと考えていると、鳴がそんな提案をしてくる。
「試しに?」
「はい。それで一番しっくり来た物を、パパの武器にすれば良いと思います」
「なるほど…。確かに一理あるな」
いや、鳴の言うことだから百理くらいあるかもしれない。
よし。そうと決まれば……
「すみません」
「え?ぼ、僕ですか?」
近くで短剣の特訓をしていた人に声を掛ける。
なんか怯えてるんですけど…。そんなにツインホーンベアーを運んできたのは異常だったのかい?
俺が想像してるより異世界って、割と常識的な世界なのかもしれないな…。
「武器の練習がしたいのですが、貸し出しとかってしてるんですか?」
「えっと……そこの倉庫に、刃が潰れてる武器が入ってるので、そこから自由に取り出していただけると…」
男性が指したのは、熊の死体を置いてある横にある倉庫だった。
「なるほど。わかりました。ちなみに壊してしまった場合は、弁償ですかね?」
まだ力加減がよくわからんし、うっかり壊しかねない。
「元々廃棄する物を練習用として置いてあるだけなので、壊してしまっても問題はないです」
「わかりました。特訓中なのにありがとうございました。では、失礼します」
「は、はい。いえ!き、気にしないでください…」
男性に教えてもらった倉庫へ向かう。
しかし……う~ん。初対面とはいえ、どうも距離を感じる…。
やっぱり熊を運ぶのはルドルフさんたちにも手伝ってもらった方が良かったか?
はぁ~。異世界でもボッチなのかねぇ?俺は…。
「いや、俺には可愛い精霊が付いてるから、ボッチじゃないか」
「それは褒めていただけてるのですか?」
「ああ。それはもう最高にな」
ということで、まだルドルフさんは来なさそうだし、武器の扱いの練習をしてみることにした。
余談だが、嬉しそうに笑ってる鳴に対し、周りの冒険者が女性を中心に見惚れていた。
面白かったらいいねと高評価をお願いします。