分断
「お魚食べたい…」
「急だな」
翌日。朝食後に急にエレナさんがそんなことを言う。
ちなみに口元は隠していない。
「本格的に肉に飽きて来ちゃった感じですか?」
「うん。カガリくんの料理は凄く美味しいし、感謝してるし文句はないの。でもついつい欲望が漏れちゃった…。ごめんね」
「ぶっちゃけ俺も同じ気持ちなんで、謝ることないですよ。俺の料理が美味いって言ってくれて嬉しいですし」
もう二度とやりたくないが、次にダンジョン攻略する機会があれば野菜だけでなく、魚も大量に買い込んでおく必要があるな。
しかしエレナさんの話では、魚系の魔物ばかり出て来る所もあるらしいから、肉も同様に買い込んどかないと。
鳴の食費的に考えるとなかなかキツいが、そうそうダンジョン攻略のクエストなんて来ないだろう。
他のクエストをいっぱい熟して金を貯めとけば、なんとかなる。と信じたい…。
「あれ?でもルミナリアに魚屋なんてあったかな?」
「攻略の準備してる時に、西側で川魚を売ってるお店を見つけたよ」
「あー。俺たちは東側で準備してたんで、完全に真逆ですね」
帰ったら早速買いに行こうかな。
「よしっ。それじゃあ出発しますか」
「そうだね。こんな話してたら余計にお魚食べたくなってきちゃった。早く帰って食べたい」
愛くるしいギザ歯を隠すことなく、笑顔で答えるエレナさん。
階段のところまで進み、昨日と同じように彼女を先頭に下って行く。
「……カガリくん。この手は何?」
その際に俺は、エレナさんの服の袖を掴んでいた。
「なんか急に不安になって来たんで、エレナさんに守って欲しくて」
「いやこれ絶対ボクのドジ防止でしょ?」
「バレたか」
「バレバレだよ!?そこは気を遣わずに素直に言ってよ!傷付くよ…」
「すみません」
そんなやり取りもありつつ、昨日偵察から戻った鳴からの報告を思い出す。
もう少し下っていくと、大きなフロアに出るそうだ。今までのフロアの二倍広いらしい。
しかしそこには……
「お?見えて来たよ」
件のフロアにエレナさんがドジることなく、無事に辿り着く。
エレナさんと二人して辺りを見渡すが……
「本当に、何も無いね」
「はい。ただ広いだけですね…」
フロアには何も無い上に、何もいなかった。
このことは鳴から聞いていたし、疑ってはいなかったが……それでも驚愕ものだな。
鳴はフロアの至る所を調べて回ったらしいが、スイッチらしき物は見つからなかったそうだ。
しかし何も無いなんてまずありえない。というのがエレナさんの意見があった為、もう一度ここまで来た次第だ。
俺もこんな如何にもな場所に何も無いなんて思えないが……女神様知識がある鳴でもわからないのに、何かしらあると思われる仕掛けを見つけることなんて出来る自信がないんだが…。
「まずはもう一度、フロア全体を見て回ろう」
「了解です」
エレナさんの指示に従い、壁や地面をくまなく調べていく。
しかしどれだけ調べても、スイッチなどのそれっぽい仕掛けは見つからない。
「とりゃあー!」
―――ドゴーンッ!バゴーンッ!ドガーンッ!
エレナさんが地面を抉り蹴っても、何も起こらないと。
……いや急に何をしてるんだあの人…。
「うーん…。どうなってるんだろ、これ?」
「……パパ、エレナさん。そういえば、まだ行っていない道が一つだけ残っています。そちらに行ってみるのはどうでしょう?」
鳴の言葉を聞いて、これまでの道を思い返してみる。
言われてみれば、円形の通路のところで、一つだけ攻略していない場所があったな…。
「攻略してない場所がトリガーになってるみたいなこと、今までありました?」
「うーん。なかったけど……周りのフロアを攻略して、ようやくこのフロアが現れる仕掛けは初めて見たし、十分有り得そうだよねぇ…」
てことは一度戻らなきゃダメか…。面倒な。
いやでも、それで結局何もありませんでしたってなった時が一番虚しいな。
「念の為、二手に別れませんか?これだけ探して何も見つかってないですけど、もう少しだけ調べてみたいです」
「う〜ん…。わかった。それじゃあボクが行ってくるから、皆はここで……」
「ドジって酷い目に遭わない自信があるなら、それで良いですけど。あとダンジョンを一人で行動するの嫌ってませんでした?大丈夫です?」
「……………」
「否定しろよ!?」
あ!こら、目を逸らしてんじゃないよ!?
「ごめん。ボクはもう、カガリくん無しでは生きられない身体になってしまった…」
「俺から言っといてなんですけど、俺がいても罠には引っ掛かりまくってるじゃないですか」
その尽くがエレナさんに集中砲火してる訳だが…。
おかげで俺も鳴もシルバーも、罠で死ぬ目に遭っていない。
「だってだって!カガリくんが要所要所でボクを助けてくれてなきゃ、もっと酷い目に遭っててもおかしくなかったんだもん!」
「普段どんだけ不幸なんだよ!?」
と、いうことで……俺とエレナさん、鳴とシルバーの二手に別れることになった。
無いと思うが、仮に魔物が急に現れたとしても、今の鳴ならBランク相手でも簡単に倒すことが出来るだろう。
それにシルバーもいるんだ。心配するだけ無駄というものだ。
「それではお二人とも。どうかお気をつけて」
「ああ。鳴のこと頼んだぞ、シルバー」
「ブルルッ!」
「エレナさんも、パパのことをよろしくお願いします」
「うん!任せて。戦闘になったらキッチリ、タンクの役目は果たすから!」
「はい。そこは信頼しています」
エレナさんと二人で、もう一度階段を上がっていく。
もちろんドジ防止として、彼女の袖を掴んでおくことも忘れない。
「ちなみにここで手を離して歩いたら、貴女が転がり落ちていく可能性は何パーセントくらいですか?」
「……ざっと80パーセント…」
「よく今まで生きて来れましたね…」
「不幸と同時に、悪運もあったからね。信じられないかもしれないけど、カガリくん無しだったら、もっと色々な罠に掛かっててもおかしくなかったよ。本当にありがとう、カガリくん」
「もういいですって。お礼は」
そういうお礼は何度も言われてるから、少々聞き飽きてきた。
それにエレナさんのドジに慣れて来たおかげか、もうそこまで苦になっていないしな…。怖いことに。
――――――――――――――――――――――――
ミノタウロスがいたフロアを抜けて、円形の通路へ戻る。
攻略していない『左』の通路へ進む前に、なんとなく勘で壁を殴ってみたらレイスが出て来て、エレナさんと思わず笑ってしまった。
まさかこんな勘が当たるとは……なんか自分が熟練の冒険者になって来てる感があって良いな。
熟練にもなると、勘が鋭くなるっていうし。
エレナさんは罠がある方へ進む傾向がありそうだけど…。
エレナさんが一回転けてそれを助けたこと以外は、何事もなく進み……やがてフロアに辿り着いたのだが、そこに魔物はおらず、小さな石の台のような物がポツンと置かれていた。
台の上には、これまでにはなかった、押せと言わんばかりの赤み掛かったオレンジ色のボタンが一つ…。
しかもこのボタン。妙に透明感があって、宝石のように輝いている。
怪しっ…。こんなボタン見たことねぇよ。
「エレナさん。この凄く怪しそうなボタンですが、どうしますか?」
「どうするって言われても……他に道は無いんだし、押すしかなくない?」
「……………」
「うわぁ、凄く嫌そうな顔…」
そりゃそんな顔にもなるわ…。
良い予感なんて何一つ感じないんだからな。
でもこれを押す以外に道がないのもまた事実……押すか〜…。気は進まないけど。
「それじゃあ押しますけど、本当に良いんですね?これ押した途端にエレナさんが奈落の底に落ちて行っても、俺は助けられませんからね?」
「不吉なこと言わないでよ!というかボクに降り掛かる前提なのやめて欲しいかな!?」
深呼吸を一つして、心の準備をする。
……マジで嫌な予感しかしないが、ええいママよ!早く帰って魚と野菜をたっぷり食いたいんじゃ!
えーい!
―――カチッ。
勇気を出してオレンジ色のボタンを押す。
すると―――
「……何も起こらないね?」
「はぁっ?じゃあなんだったんだよ、このボタン…」
「う〜ん…。とりあえず、少し周りを調べてみようか」
ボタンを押しても、ここでは何も起こらなかった。
しかし一方で……
――――――――――――――――――――――――
―――鳴―――
「これは一体…?」
フロアを再度、今度は天井も含めて調べていたら、突然真ん中に石の台のような物が現れました。
マスターたちが向こうで何かしたのでしょうか?
台の上には透明感があって、宝石のように煌めく水色のボタンが一つだけ置かれています。
……見たところ、ミスリル製のボタンでしょうか?なぜたかがボタンにミスリルが使用されてるのでしょう…。
ミスリルは希少な鉱石で、人間と魔王軍。どちらも喉から手が出るほど欲しています。
この掌サイズのボタン一つ分でも、かなり強力な武具が作れますからね。
……人間側は軍の人間にしか、ミスリルが供給されていないそうですが。愚かにも程がありますね。
「一先ずはマスターたちが戻るまで待機……」
「ブルル?」
―――カチッ。
「……何をしてるんですか?シルバー…」
「?」
シルバーが勝手にボタンを押してしまいました。
マスターに後で何か言われるでしょうが、この子にはキツいお仕置きを……
―――ゴゴゴゴゴゴッ!
と、突然石の台が地面へ消えていきました。
さらにまた突然。その地面から気配を感じて、シルバーと共に後ろへ飛び退きます。
そして地面を破壊するように、一体の魔物が這い出て来ました。
見た目はゴツゴツしていて、アイアンゴーレムと形状は似ています。
しかしそれ以外は全くの別物。色味、輝き、大きさ、そして……気配。
透明感のある水色の輝きを放ち、天井に迫る程のとてつもない大きさをしたゴーレム。
「ミスリルゴーレム―――まさかAランクの魔物が出て来るとは、予想外でしたね」
「ブルル…!」
「貴方のせいですからね?シルバー。後でキツいお仕置きを覚悟しておいてください」
「ヒヒイィィィン!?」
撤退することも視野に入れるべきなのでしょうが……酷いもので、入口が塞がってしまっています。
ボタンを押したせいでしょうね。つまり……
「このミスリルゴーレムを倒さなければ、生きて帰ることは出来なさそうですね」
妙に落ち着いた心持ちで、私は身体に雷を纏わせた。
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