好きなんだから、しょうがない
「ねぇ。カガリくん」
階段を上ってる途中で、前を歩くエレナさんが振り替えらずに声を掛けてくる。
もうしばらく黙りになるかと思ってたから、少し驚いた。
「なんですか?」
「……自分から忘れろって言っておいて、あれなんだけどさ…。本当に気持ち悪くないの?こんなギザギザしてる歯」
「そうですねぇ。俺が住んでた国……と言っても、山暮らしだったので具体的にどこの国だったかは把握してないですが……」
山奥で暮らしてた設定を忘れてることに気付き、慌てて訂正しつつ答える。
「家にあった創作物では、割と当たり前のように登場してましたからね。別にリアルで見たところで、『あ。本当にこんな歯の形の人いるんだー』って感じです。あと単純にギザギザ歯が可愛くて好き」
「そ、そう…。最後のは一言余計だと思うな…」
ボソッと小さく呟くエレナさんだが、生憎聞こえてしまうのだ。
ここ狭いからね。割と音が反響する。
ぶっちゃけこんなこと言う俺も恥ずかしいことには恥ずかしい。
だけどまだダンジョン攻略は続くのだ。エレナさんが身体を張って(事故)俺のメンタルカウンセリングを行ってくれたように、俺も恥を捨てて彼女のコンプレックスを褒めるぞ。
ただ執拗いと恐らく嫌われるので、あくまで向こうがその話題を切り出した時のみ言うのだ。
「……今更だけど、ごめんね。さっきは取り乱して」
「はて?なんのことでしょうか。忘れました」
「……………イジワル」
「俺もいきなり拒絶されて傷付いたので、そのお返しです」
「むーっ…」
頬を膨らませて睨んでも可愛いだけだぜ。ハハハ!
「ほら。ちゃんと前を見て歩かないと、危ないですよ」
エレナさんの手を取って、前へ出る。
さすがに上から転がり落ちて来たら受け止め切れる自信がないのでな。
「……カガリくん」
「なんですか?」
「……………ごめん。なんでもない…」
「そうですか」
「うん…」
それからはお互い話すことはなく、休憩所まで戻った。
――――――――――――――――――――――――
「ただいま戻りました」
「おかえり〜」
オークジェネラルの肉とミノタウロスの肉を挽肉にしてコネコネしていると、鳴とシルバーが帰って来た。
今日は9割の子どもが大好きと答えるハンバーグだ。……意外かもしれないが、世の中には少なからずハンバーグが嫌いな子もいるのだ。
……しかし思えば、帰って来るタイミングが悪かった。現在、勘違いされても仕方ない状況だからな…。
「すんっ……すんっ…。おかえり、メイちゃん」
「……………」
壁に背を預け、泣きながらおかえりと言うエレナさんを見て、鳴が驚きで目を見開く。
そして俺のことを機械的な表情で見つめて来て……
「パパは女性を泣かせるような、最低な人だったのですね」
「誤解だ!?玉ねぎを切ったらエレナさんに被害が行っただけだ!」
俺はもう慣れてるので大したことはないのだが、慣れてない人や弱い人は、離れてても玉ねぎの攻撃にやられてしまう。
エレナさんもその例に漏れず、俺が切った玉ねぎで涙が出てしまっただけだ。
……あれ?俺が切ったからエレナさんに被害が出たんだから、結局俺のせいなのか?
いや不可抗力だよな。うん…。
「そうですか…。なら良かったです。ホッとしました」
「さいですか…」
今度エレナさんの前で玉ねぎを切る時は、離れていてもらおう…。
鳴にあんな視線を向けられるのは辛い。
「エレナさん。落ち着きましたか?」
「うん。だいぶ…。全く、酷い目にあったよ…」
「身体中の水分が抜けるんじゃないかってくらい涙出てましたもんね」
タオルが一枚ぐっしょりになってしまうほどだ。
本人からしたら笑い事ではないのだろうが、正直見ててちょっと面白かった。
「エレナさんも泣き止んで、鳴も帰って来たし……皆でハンバーグのタネを作りましょう」
「ハンバーグ…?」
ハンバーグのことを説明しながら、パンパンとリズム良くタネを作る。
エレナさんと鳴も俺をマネてタネを作りだすが……エレナさんが萌え袖が邪魔だからとパーカーを脱いでしまわれた。
中はピッチリしたインナーだから、スタイルがくっきりと丸わかりなんだよな。思わず視線が吸い寄せられてしまう。
「カガリくん?どうしたの」
「……いえ。動きやすそうなインナーだな〜、と」
「ああ、これ?うん。すっごく軽くて着てる感じがしないから、実際動きやすいよ」
エレナさんの身体が気になったなんて言えるはずもなく、適当に誤魔化した。
……そういえば、彼女はもう口を隠さずに普通に喋ってるな。
心を許してくれたみたいで、嬉しいな。
「……ちょっと。あまり口は見ないで」
「ごめんなさいっ」
どうやら、口には敏感らしい…。
――――――――――――――――――――――――
―――エレナ―――
「美味しいですぅ…!もしや私は、ハンバーグを食べる為に産まれて来たのではないでしょうかっ?」
「食事になると頭が悪くなる傾向はあったけど、一体何を言ってるんだ?鳴…」
人間と精霊の親子のそんなやり取りを見て、思わず笑みが零れた。
メイちゃんが精霊であることを隠す為の嘘だとわかっていても、まるで本物の親子のようで微笑ましい光景に見えてしまう。
「エレナさんはどうです?お口に合いましたか」
「え?……うん。美味しいよ。いつも美味しい食事をありがとう、カガリくん」
「どういたしまして」
カガリくんは……凄く優しい人だ。趣味が悪くて、変態だけど。
彼はボクのコンプレックスで、トラウマであるギザ歯を見ても、全く気にせずいつも通りに接してくれている。
ボクの歯を見た人は皆、気持ち悪がって離れて行くのに…。彼は逆に、ボクの歯が好きだと距離を縮めて来た。
「……初めてだよ。そんな人…」
「?」
全く、どうしてくれるのさ…。
君のことを魔王軍に引き入れる予定を立てて、上手く行かなかった時はいつも通り殺すつもりだったのに…。
―――殺し辛くなっちゃったじゃん…。
「ふふっ…。ありがとう、カガリくん」
そして―――ごめんね…。
口元を隠さずにお礼を言い、心の中で謝罪した。
「はぁ…。なるほど。なんのことかは“忘れました”が、どういたしまして」
「……とか言いつつ、ボクの口元をガン見しないでよ…」
「バレたか」
「蹴り殺すよ!?」
「本当に好きなんだから仕方ないじゃん!」
「なんで君がキレてるの!?」
自分の歯のことになると神経質になって、つい口が悪くなってしまうボクだけど……彼は好きな物のことになると、感情が抑えられなくなり、その場のノリと勢いで説き伏せようとして来るようだ。
……そんな彼の言葉に引きつつも、不思議と心地良く感じてしまうのだから……ダクネスに言われた以上に、ボクは絆されやすいのかもしれない。
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