エレナさんの秘密
俺たちは無事に、最後のフロアを攻略した。
長かった…。本当に長かった。早くこんな陰鬱とした場所からおさらばしたい。
最後の一体を倒して、これでミノタウロスの時みたいに、先に進む道が現れるだろうと思っていた。
だが……
「……エレナさん。なにも起きないんですが…」
「起きないね」
「なぜじゃーーー!?」
先に進む道なんて、一切現れなかった。
俺は膝から崩れ落ちて、絶望の声をあげた。
「このダンジョンは人を閉じ込める為の、意地悪な場所だったんだ〜…!」
「お、落ち着いてカガリくん!必ずどこかに道が存在するはずだから」
「落ち着きました」
「早っ!?急に落ち着かないでよ、怖いなぁ…」
あまりの仕打ちに絶望してしまったが問題ない。
落ち着いてよく考えてみれば、見えてない物も見えて来る。
全部のフロアを攻略し終えたのに何も起こらないということは、まだ何かフラグ的な物が足りない。
もしくは来た道のどこかに新しい通路が出来てるか。
とりあえず真っ先にこの二つの可能性が思い浮かんだ。
「鳴。どこからか物音はしたか?」
「はい。最初の五つの分かれ道があるフロアから、何か動く音がしました」
「やっぱりそういう類か…」
これは計四十五個もあるフロアを完全攻略しないと道が開けないタイプだったと予想。
逆から順に攻略しても同じだった奴だ。
……そんな風に考えないと納得出来ないってのもある。
「カガリくん。全部攻略しないと先に進めない仕掛けだって気付いてたの?」
「いえ。今さっきそうなんじゃないかって思っただけです。思わず絶望してしまったのは本当です…」
「あ、あはは…。じゃあ早く解体を済ませて、先に進もうか」
「賛成です。こんな場所には一秒でも長くいたくない」
「あっははは!すっかりボクみたいなことを言うようなったね」
――――――――――――――――――――――――
ビッグサーペントとリザードマンらの解体を手早く終わらせて、最初のフロアに戻ると……真ん中に穴が開いていた。
穴に近付いてみると、そこは階段になっていた。ギリギリ、シルバーでも通れそうだ。
どうやらここを下っていくようだ。
「どうします?先に進もうって話でしたけど、止めて明日にしますか?」
「前と同じようにちょっと先に進んで、長くなりそうだったら戻って来る感じで良いと思うよ」
「了解です。鳴もそれでいいか?」
「はい。私もそれで構いません」
ということで、階段を降りて行くことに。
階段の中は明かりが無くて、エレナさんが用意したランプを頼りに進む。
先頭はいつも通りエレナさん。その後ろに俺、鳴、シルバーと続く。
「この階段、結構デコボコしてる…。皆、気を付けてね?」
「「それはエレナさんの方では?」」
「ブルル…」
「ああそうですね!?気を付けますっ!」
あ。頬を膨らませて拗ねちゃった。こうなると“期待”を裏切らないんだよな、この人…。
そして案の定エレナさんが拗ねた状態で歩いていると、彼女は階段から足を踏み外してしまい……
「うわっ……とっと?」
「大丈夫ですか?」
そのまま転がり落ちて行きそうな彼女の手を……というか袖を取って、それを防いだ。
もう何度目だろうか。エレナさんのドジを助けるの…。二十回くらいは助けたか?
「あ、ありがとう…。ごめんね……確かにこんな感じだと、ボクの方が心配されて当然だよね…」
「……いえ。俺たちも言い過ぎました。すみませんでした…」
しょぼんと落ち込む彼女に罪悪感を覚えて頭を下げる。
さすがに本人が気にしてることを言い過ぎてしまった感があったしな。
反省だ…。
「いいよいいよ!謝らないで…。ドジしちゃうボクが悪いんだし。……えへへ。改めていつもありがとう、カガリくん。こんな迷惑を掛けないように、ちゃんとドジは治さなきゃね」
何を急にと思って頭を上げる。
すると―――俺は一瞬、言葉を失った。
エレナさんとギルドで会った時と、同じ衝撃を受けて。
彼女はいつも、口を開く時は自分の手で口元を隠している。
喋る時も、笑う時も、食事する時も……常に自分の口元には気を配っていた。
だけど今、エレナさんの片手にはランプが。
もう片方の手は、また転がり落ちてかないようにと、俺がまだ掴んだ状態だった。
つまり今の彼女の口元は完全にフリー。丸見えだった。
えへへと、はにかみ笑顔で笑っているエレナさんの、“ギザギザ歯”が。
「……ギザギザ歯…」
創作物でしか見た事ない歯の形状を、思わず口に出してしまった。
「えっ?―――ッ!?」
そしてハッとした彼女は、俺の手を振り払って後ろへと下がった。
危うくまた転がり落ちそうになるが、なんとか体勢を整えて、俺を睨み付けるようにして見て来る。
「……見たな…」
「え?えっと……はい。すみません、見えてしまいました…」
怒気を含んでそうな声色に、思わず謝罪の言葉が出る。
「……………忘れて」
「え?」
「忘れて!?今見た物は、絶対に忘れて!」
顔を伏せて、そう叫ぶ出すエレナさん。
鳴とシルバーも突然のことで唖然とした様子で見ていた。
たぶん俺で隠れて、この二人はエレナさんの歯が見えていないと思う。
俺は訳がわからず、恐る恐る理由を聞いた。
「……どうしてか、お聞きしても大丈夫ですか…?」
「……………」
しかしエレナさんは目に涙を浮かべて、その目で睨み付けながら訴えて来る。
―――“聞くな”と。
それだけあの歯のことを気にしてるのだろう。
……これって、昔それが原因で虐められてたとか、そういうの……だよな?
俺にはそれくらいしか察することは出来ないし、彼女の忘れろという要求を呑むくらいしか出来ないだろう。
じゃないと蹴り殺されそうだ。
「……わかり、ました…。忘れます」
「……………そう…。じゃあ行こ。早く帰りたい」
「っ! あ、あの!」
「……なに?」
だけど俺は、このままではいけない気がして、慌てて口を開いた。
あのギザギザ歯が原因で、何があったのかは知らない。
ただ泣きたくなるほど嫌なことがあったのだろう。それくらいしか察することは出来ない。
それでも、そういう人に対して掛けてあげられる言葉があるはずだ。
「忘れます!エレナさんに嫌われたくないし、忘れろと言うならちゃんと忘れます!だけど、逆にエレナさんに忘れて欲しくないことがあります!」
「……なに?」
訝しむように首を傾げるエレナさんは、まるで全てが終わったかのような顔をしていた。
そんな顔は彼女には似合わない。せめて……この言葉が、彼女の救いになってくれること祈って、俺は叫ぶように言った。
「俺はその口―――大好きですッ!」
「―――――はっ?」
嘘偽りない俺の言葉を聞いたエレナさんは、しばらくポカーンとした表情のまま固まってしまった。
身体的特徴に悩まされてる人には、これを言うことしか、俺には思い付かなかった。
カガリ「ギザギザ歯、大好きです!」
by作者
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