熊汁
お腹壊した…。辛い
「グガアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!」
鳴が溜めに溜め込んだ雷が、ミノタウロスを襲う。
何とか抗おうと斧を振り下ろそうとしたので、ハンマーを全力で投げ付けて、それを阻止。
そこへシルバーが高くジャンプして、「悪足掻きをするな」と言わんばかりにミノタウロスの顔面を踏みつけた。
鳴がまだ霹靂神という魔法を解き放ってる最中だったのだが、シルバーに感電してる様子がない。どうやら雷は効かないみたいだ。
やがて雷も収まり、鳴とシルバーが俺とエレナさんのところまで下がって来る。
ミノタウロスは身体を大きく痙攣させ、白目を向き、やがて泡を吹いて倒れた。
「……倒した、のか?」
「ボクが見て来るね」
ミノタウロスの生死を確認すべく、エレナさんが近寄っていく。
彼女はミノタウロスの首に手を当てて、脈動を調べ始めた……と思ったらすぐにフロアの天井ギリギリまでジャンプし始めた。
「胴回し―――」
そして高速で大回転しながら落下して来て……
「回転地獄蹴りッ!」
ミノタウロスの首に向かって、ダンジョンの床が壊れる程の威力を持った蹴りをお見舞いした。
し、死体蹴り!?いや、まだ息があったからトドメを刺しただけか…。
エレナさんがミノタウロスにトドメを刺すと同時に、突然フロアの奥の方の壁が大きな音を発てて動き始めた。
あれは門番みたいな感じだったのか。確かにミノタウロスって、そういうイメージが強い感じがする。
「だけど、うわぁ…。気絶してる相手にちょっとそれは引くわー」
「なんで!?トドメは刺しておくべきでしょ!」
「いや、俺だってまだ息があればトドメは刺しますが、いくらなんでも威力高すぎでは…」
ダンジョンの壁床って、ハンマーでぶっ叩いてもほとんど無傷なくらい頑丈なんだぞ?
それを余裕でぶっ壊す蹴りでトドメとか……引くわー。
最初のEランクの魔物フロアでもそんな蹴りを放ちまくってはいたけど、なお引くわー。
「だってだって!コイツすっごい硬いんだもん!念には念を、ある程度全力でトドメを刺すべきでしょ?」
「言わんとしてることはわかりますが…」
「パパ。エレナさんの言う通りですよ。それよりも牛肉です、新鮮な内に血抜きしましょう」
「あ。はーい…」
「メイちゃんの言うことには素直なんだね…」
鳴に腕を引っ張られて、牛肉を解体した。仕留め損なった時のことを考えろということを教えてもらいながら。
……確かに、もし仕留め損なおうものなら、皆に危険が及ぶもんな。だったら俺もエレナさんみたいに、トドメを刺す時も容赦なく、で行こう。
ありがとう、頑丈な牛肉。お前との戦いで、大事なことを学べたよ。
……はっ!鳴につられて、つい牛肉呼びしてしまった。
――――――――――――――――――――――――
ミノタウロスの解体が終わって、先へ進めるようになった通路を進む。
なんか俺の中のゲーム脳が、戻って『左の道も行け』と言って来るが、そんな欲に駆られて即死トラップにハマったらたまったもんじゃないので、無視だ無視。エレナさんも先に進むことを推奨してるしな。
それに早いとこクエストを終わらせた方が街の為だ。正解の道を引いたら、ちゃっちゃと進もう。
「カガリくんって結構容赦ない性格なのかと思ってたけど、意外と甘ちゃんな部分もあったんだね〜」
「うーん…。なんかこう、トドメは軽く剣を心臓に刺す、みたいなイメージがあったもので」
「あ〜。わかるわかるー。確かに余力を残す意味では、それが正解だよ。でもミノタウロスみたいに頑丈な奴には通用しないから、いっその事思い切りやっちゃった方が良いよ〜」
そんな講義を受けながら進んでいると、一度見たことある民家の扉みたいなのが見えて来た。
そう、休憩所である。今回は随分短かったな。ミノタウロスっていう中ボスみたいなのを倒したからか?
だったら宝箱の一つでもくれや…。それなりに大変な相手だったんだから。
「まだ昼頃だと思いますけど、どうします?」
「ご飯休憩して、少しだけ進んでみよう。長くなりそうだったら休憩所に戻って来るってことで」
ということで中に入って、ご飯支度をすることに。
ふむ…。本当は晩飯にする予定だったが、もうここで出しちゃうか…。
「ではでは、昼飯はエレナさんが楽しみにしていた熊肉にしますか」
「してないけど?ねぇ、してないよ。というか本当に食べる気?」
「何度も言ってるじゃないですか。美味しいから食べるって」
「正気の沙汰とは思えない…」
「鳴。火を点けてくれ、火力は高くな。鍋がデカいから」
「はい。わかりました」
という訳で、マジックバッグから学校の給食室で見るような、巨大な寸胴を取り出した。
蓋を外すと、中から火が通った大量の熊肉がこんにちは。この時点でもう美味そうです。
その他材料も取り出しながらエレナさんと会話する。
「これから作る熊汁なら癖も少なくて食べやすいですし、一口だけでも食べてくださいよ」
「う〜…。抵抗感あるなぁ…」
今回は多くの下準備を済ませていたので、すぐに出来ちゃうぞ。
鳴をあまり待たせることもない。
まずは熊肉が入った寸銅に水を入れる。ここにささがきして水でアクを取っていたゴボウ、そして大根を大量投入して水から煮込んでいく。本当はこんにゃくも欲しかったが、無かったので断念…。
煮えてきたら、しめじ、えのき、豆腐を入れていく。発酵する技術は進んでるんだな、異世界って。
火が通ったら乱切りしたネギを入れて、義母さんから教えてもらった、自家製そばつゆと隠し味に味噌を入れれば……
「完成!熊汁だ!騙されたと思って召し上がれ!」
「早いですね、パパ。物を入れて煮込んだだけです」
「下準備は昨晩の内に全部済ませたからな。まぁ食ってみな」
器によそって、鳴に渡す。きっと気に入るはずだ。
「では……いただきます」
鳴は早速と熊肉を一口。そして途端に瞳をキラキラさせる。
「柔らかくて美味しいですっ。臭みも全然ありませんし、エレナさんが言っていたような要素は何一つありません」
「嘘でしょ!?信じられないよ、そんなの…」
もう一つ器によそって、今度はエレナさんの方へやる。
「ほら、エレナさんも」
「……食べなきゃダメ?」
「無理強いはしませんけど……数時間下準備した身としては、一口だけでも食べて欲しいですね」
「うぅ〜…。わかったよ…」
エレナさんは器を受け取って、恐る恐る熊肉を口に運んだ。
嫌な顔で咀嚼していく彼女だったが……やがてその顔に満開の笑顔が咲いた。
「美味しいー!え。嘘でしょ…。これが熊肉?あの硬くて臭かっただけに肉?」
「熊肉はただ焼くだけじゃ、硬くなって不味くなりますからね。きちんと煮込んでアク取りして、お湯でしっかり洗えば、甘みと旨みが引き立つんですよ」
しかもお湯で洗った後に二、三時間も煮込む作業もあるから、マジで手間が掛かる。おかげで寝不足になってしまった。
ちなみにここで白い油が浮き出てくれば、アク取り成功だ。
「ズズー…。この汁も美味しい〜…。ホッとするぅ。つゆみたいなの入れてたよね?あれなに」
「醤油、みりん、鰹節、鯖節、砂糖、水で作ったそばつゆです。あとで作り方も教えましょうか?」
「やったー!ぜひぜひ教えて〜」
無事に熊肉の美味しさをエレナさんに伝えられて良かった。徹夜した甲斐が有る。
……ふぁ〜。にしても、やっぱり寝不足はキツイな…。道中は特に問題無かったけど、これ食ったら少し寝よう…。
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