雷の精霊
あの後俺は、女神様ともう少しお茶してから人間界へ送ってもらった。
『それでは貴方の旅の無事を、祈っていますね。あ!適当に髪と目の色も変えておきますね。黒髪黒目では、貴方を召喚したバカが誘拐しようとすると思うので』
『ついに言い切ったぞこの女神』
という訳で見知らぬ森の中からこんにちは。変態です、じゃなかった篝です。
どうでもいいだろうが俺は意外と自分の欲望に忠実だ。学校じゃ人とどう話せば仲良くなれるのかわからずボッチだった為、この事を知る奴は少ない。
俺を気に掛けてくれてたっぽい委員長も知らないだろう。
だがしかし!そんな俺でも常識は弁えている。流石に幼女に興奮を覚えるほど落ちぶれちゃあいない。
心ぴょんぴょんするアニメで「可愛いー!」などと言う事はあるが、それをリアルの幼女相手に言う事なんてまずないだろう。
それはもう救いようのない完全なる変態だと、個人的に思う。
さて、なぜそんな話をしているかと言うとだな…。
「すー……すー……すー……」
目の前に銀髪美少女が裸で眠っている…。
今さっき起こったことから説明するぜ。
俺は女神様に人里から程良く離れてる所にある森の中に送ってもらうことになった。眩い光に包まれ、思わず目を閉じて、次に目を開けた時にはこの森の芝生に横たわっていた。そこまではいい。
この世界には魔物という、ゲームなどでは定番な危険生物がいるという。なので一先ず周りに危険はないか確認しようとしたところ、隣で身体を丸めてスヤスヤと眠る一糸まとわぬ銀髪美少女がいた。今ここである。
何を言ってるかわからない訳はないだろうが、俺は脳が追い付いてなくてまだ状況がよく理解出来ていない。
ちなみに容姿は小学生3、4年生辺りの見た目だ。
髪はさっきも言った通り銀髪。腰辺りまで伸びた綺麗な髪だ。太陽の光が反射して、輝いているように見える。
顔も非常に可愛らしく、将来が楽しみな子だ。てか手ちっちゃ。ちょっと強く握ったら折れちゃいそうだ。
とりあえずこのままでは風引くだろうと思い学ランを被せたが、この子が俺の隣で眠っているのは果たして偶然なのか。
答えは否だろう。女神様が俺にサービスすると言っていたから、恐らくそれだと考えられる。
「俺が女神様から貰ったのは『精霊魔法使い』。そのことを考えるとこの子は……」
“精霊”。そんな言葉が浮かんだが、なんだか俺が想像していた精霊と違うな。
もっとこう、手のひらサイズのイメージだった。思ったよりおっきい。
本人から聞いた訳じゃないから、実はこの森に昔から住んでる少女という線も無くはないが……流石に裸で昼寝なんてしないよな…?
別世界のことだから、そういうのが割と普通だったりするかもだが。
……これがグラマラス美女だったら歓喜してたな。
「しかし……」
「すー……すー……んっ…」
本当に可愛いな……幼女趣味は無いが、これは思わず見惚れてしまう造形美をしている。
思わず撫でたくなってしまうな。
「とりあえず、この子が起きるまで待つか」
精霊であろうとそうでなかろうと、こんな少女をここに置いていく訳にはいかない。
この世界には、少し前から流行ってる異世界系アニメのようなステータスの概念は無いらしい。
だからステータスオープンつってスキルを確認するようなことは出来ない。
まぁ女神様から精霊魔法使いのことは少しばかり聞いてるし、なにかしら実験するようなことをする必要も今のところ無さそうだ。
というかまず精霊と契約しないと試そうにも試せないがな…。
――――――――――――――――――――――――
ただ待ってるのもあれなので、周りに落ちてる枯れ枝などを拾い集めて少女の眠りを待つこと三十分。
「すー……すー……う~ん……………ぅん?」
次は食べ物でも探そうかと考えていると、銀髪美少女が目を擦りながら身体を起こした。
少したれ目で、綺麗な薄紫色の瞳をしている。
「お目覚めかな?お嬢さん」
「……………」
寝起きで頭が働いてないのか、ボーっとした表情でこちらを見つめる少女。
そして……
「あ。おはようございます。えっと……貴方が私のマスターですか?」
畏まった態度と鈴のような綺麗な声で、俺にそう聞いてきた。
「マスター?えっと、質問に質問で返すようで悪いが、君は精霊……なのか?」
「はい。私は精霊です」
「……女神様が用意した?」
「はい。女神アマシスタ様から、篝劣兎を支えるよう命を受けました」
アマシスタ……それがあの女神様の名前か。女神様で特に差し支えなかったから、名前聞くの忘れてたわ。
ん?俺って女神様に名前言ったっけ?……まぁいいか。俺の思考を読んだ時みたいな、女神様の能力かなんかだったんだろう。
「なる、ほど…。あー、俺が君のマスターかって質問だが、俺がその篝劣兎で間違いない」
「では、貴方は私のマスターなのですね?」
「ああ。契約らしいことした憶えはないから、イマイチ実感ないけど…」
「でしたら問題ありません」
そう言って精霊は立ち上がって、俺の傍へ寄って来る。
その際俺の学ランが地面に落ちて……
「ちょ、ちょっと待て!せめて学ラン着とけ!」
「学ラン?……こちらの衣服ですか?こういう機動力を妨げる衣服の着用は推奨されてないのですが…」
「いいから!服に関しては後で何とかするから、一先ずそれ着とけ!?」
「わかりました。マスターがそう言うのであれば…」
人間と精霊の常識の齟齬を感じさせながら、彼女は渋々といった感じで学ランの袖に通す。
サイズが大きい為、萌え袖みたいな感じになってしまった。
「マスター。前はどうやって閉めるのですか?」
「あーはいはい。ちょっと待ってな…」
代わりにボタンを閉めてあげる。
……どうしよう。小学生サイズの少女が学ランを着ているというこの状況。どことなく犯罪臭が…。
「それではマスター。改めて契約を致しましょう」
「え?あ。まだ契約出来てなかったんだ」
俺のことマスターって呼んでるから、てっきりもう契約してるのかと思ってた。
「マスターの血を、私に分けてください。それで契約は完了です」
「血?」
「はい。指先を少し切るだけで構いません」
えー…。自分の血を与えるの~…。
まさかの血の契約って、なんか悪魔との契約みたいで怖いな…。
「まぁ、それが必要なら仕方ないか…」
学校に遅刻し掛けてたお陰とも言うべきか、勉強道具が入ったバッグがある。筆入れにカッターを入れてあったはずだ。
……教科書はこの世界じゃ要らないし、野宿する時とかに焚火の燃料にするか。元の世界に戻れる可能性はほぼゼロみたいだし。
「あったあった。じゃあこれで……」
「? マスター?」
「い、いや。なんでもない…」
こ、これで自分の指先切るのか…。怖っ。
自傷行為とかやったことないよ。痛い目なんて、精々実親に殴る蹴るされたことしかない。よっぽどのことだろうけど。
血が出るようなことは唇が切れたことくらいしか無かったしなぁ。刃物で傷を付けられたことはない。
でもここで自分の指先程度切るくらいの覚悟はなきゃ、この世界じゃやっていけないかもしれないし…。
「マスター。自分でやるのが怖いのであれば、私が代わりにやりますが…」
「い、いや!やる…。これくらい出来なきゃ、お前と契約するに値しないと思うしな!うん!」
「そうですか。では待ちます」
よ、よし。やるぞぉ……やるぞぉ……………えいっ!
―――ツー…。
痛ッ……たくない!こんなの痛くない!このくらいで痛がってるようじゃ、この先やっていけない気がする!
「ほ、ほら!やったぞ!これをどうすればいいんだ?」
「では、その指をこちらに……」
言われた通りに指を精霊の前にやる。
すると彼女は俺の手に振れ、俺の指を咥えた。
「えっ…」
「ん……ちゅっ、れろ…」
「せ、精霊さん?何を……」
「契約の儀です」
「これが?」
「はい。ん、ちゅ……はぁ…。れろ。こうしてマスターの血を飲むことで、契約するのです」
な、る……ほど?原理はわかったが、でも、これは……………
「ちゅっちゅ…。れろ、れろ……んっ。ちゅー」
すっごい犯罪っぽいんですけどーーー!!!
幼い美少女が俺の指を咥えて、ちゅっちゅれろれろと血を吸うその姿は凄くイケない何かにしか見えないって!?
端的に言うとエロい!性癖歪むってこんなの!?
「んっ……マスターの、美味しいですね」
せめて血って言って!名詞抜けてるって!いや、それはそれでちょっと怖……いやダメだ。こんな美少女に血を吸われてるって考えると、どっちにしろエロい…。
「は、早く終わってくれー!」
「ちゅっ……すみません。初めてなので、上手く出来なくて……もう少しだけお待ちください。頑張りますので」
だからそういう発言は控えてくれーーー!!!
―――一分後―――
契約が終わったらしく、口を離す精霊。
すると彼女の身体が、淡い紫の光に包まれ、間もなくしてそれが収まった。
「これで契約完了です。手間取ってしまい、申し訳ありません。マスター」
「いや、いいよ。それはいいよ。別に……うん…」
なんか心なしか肌がツヤツヤしてないかこの子?
俺の精神は疲れ果てて枯れそうだ…。
「それで、これからは一緒に戦ってくれるってことで、いいんだよな?」
バッグに入れてあった絆創膏を張りながら聞くと、彼女は頷いた。
「はい。これからずっとお傍で、マスターのことを精一杯お守り致します」
「……………」
「どうかなさいましたか?マスター」
「いや、なんか堅いなぁって思って…」
これじゃまるで主人と従者のようだ。この子は俺のことをマスターと呼んでるし、契約した精霊とは実際そういう関係なのかもしれない。
だけどもっとこう、気さくな感じで接して欲しいんだが…。
「堅い……ですか。マスターは私に、どのように接して欲しいのですか?」
「そうだな…。友達ってなると、なんか見た目年齢的にピンと来ないしな……家族、みたいな?」
「家族?」
「ああ。これからずっと一緒にいるんだろ?俺的にはそれって、家族のような物だと思うんだけど……違うのか?」
「それは私とマスターが、夫婦になるということですか?」
「それはたぶん違う。犯罪臭が半端ないから…。というか、お前って歳幾つよ?」
「0です」
「なるほど。0歳ね……えっ?」
あまりに衝撃的な言葉に、目をパチクリさせる。
「0歳?」
「はい。私はアマシスタ様に作られたばかりですので、年齢でいうと0歳です」
「……………」
俺は思わずスマホの日付を確認。5月15日、俺の精霊が産まれたらしいです。
「マジでか」
「はい。マジです」
おいおい、俺とは親と子ぐらいの差があるじゃねぇか。
今年で17だから、まだ一年早いけど。
「それでもこれじゃ父と子だな…」
「父と子。つまり親子ですね。私はマスターのことを、父と呼べば良いのでしょうか?」
「それも犯罪臭半端ないって…」
それに0歳って言っても、見た目全く赤ちゃんじゃないしな…。
見た目だけなら年の離れた妹?みたいな感じだろうか。
「ですがマスター。髪の色は私と同じですし、親子と言っても違和感ないのでは?」
「は?」
髪の色?そういえば女神様、俺の髪の色いじるとか言ってたな?この世界でやっていきやすいようにって。
前髪を前に引っ張って確認すると、確かに髪の色が銀髪に変わっていた。
「染めた感じは……しないな。目の色は?お前は綺麗な薄紫色だけど」
「はい。そちらも同じ色をしていますね」
なんてこったい。女神様、適当にって言ってたけど、マジで適当に変えたのか?この子と同じ色でいいや!って。
「でも、年の離れた兄妹に見えなくもないだろ」
「では、兄と呼べば良いのでしょうか?」
「……それはそれでまた、しっくり来ないな…」
とりあえずこの話は一旦、保留となった。
「そういえばお前、名前は?」
「ないです。精霊に名前は、特に意味は無いので」
「無くはないだろう?呼ぶ時に不便だ」
「そうですか…。でしたら、マスターが名前を付けてください」
「えー…。まぁそうなる、のか?」
産まれたての少女に名付けって、完全に父親のそれだな…。
「名付けか……そういえば、お前は何の精霊なんだ?精霊ってなんか、属性分けされてるイメージあるんだけど」
「はい。それで間違っていません。私の属性は雷です。攻撃力と素早さに長けています。ちなみ下級です」
産まれたばかりと言う割には、自分のことよくわかってんな。この子…。
精霊という生き物の本能的なものか?
雷属性か……カッコイイな。
下級ってのは、まぁ産まれたばかりなんだから位みたいなのが低いのは当然だよな。
「その下級って、位みたいなものなんだろ?上がったりすんのか?」
「はい。長く生きれば、自然と上がっていきます」
「へぇ~。背も伸びたりすんの?」
「はい。100年くらい生きれば、人間の女性と同じくらいの身長にはなるかと思います」
「ひゃくっ……その頃には俺はもう死んでるな~」
この子の成長を見れないのは非常に残念だな…。ま、仕方ないか。
将来俺に子どもが出来たら、ソイツに成長を見守ってもらおう。
……俺が死んだ後に、この子にソイツと契約する意思があれば、だろうけど。
「雷の精霊……銀髪……ちなみに雷の色って決まってるの?」
「えっと……」
彼女は掌にパチパチと雷を鳴らす。
瞳と同じ、紫色か……紫電って奴だな。
「はい。決まっているようです」
「そうか……ん~。安直かもしれないが、それらの特徴を踏まえた名前にしたいよな…」
紫電、銀髪、たれ目、美少女……いや美少女要素は余計か?いや重要だな。
まぁ無理に全部の要素を入れる必要はないだろう。でも雷の要素は入れたいよな~。
雷電……はなんかカッコいい系だし、男っぽいなぁ。
麒麟もなんか違うよな?
たぶん成長したら、女神と見紛うくらい綺麗に育つと思うんだよな…。それこそ女神アマシスタくらいに。
「雷鳴……ん?めい?」
「?」
ピンと来た俺はノートとシャーペンを取り出して、色々な文字を書き起こしていく。
そして決まった。この子の……そして、俺の新しい苗字も。
異世界に来てまで劣兎なんて嫌な名前を背負って生きる必要は無いからな。これからは、篝を名前とする。
実は篝っていう苗字は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
俺を引き取ってくれた、養父と養母の苗字だからな。
血の繋がりはないが、実の息子のように愛してくれたんだ。嫌いになるはずがない。
もう二度と会えないだろうけど、これを名前にしてあの人たちとの繋がりを保ちたいのだ。
てな訳で……
「よし!決まった!お前の名前は、『鳴』!稲光鳴だ!」
「稲光鳴?」
「ああ!そして俺は、稲光篝。俺とお前は、雷の力で戦う稲光家だ!厨二臭ぇけど、異世界だし問題ないだろ」
「マスターの名前は劣兎では?」
「それは嫌いだから嫌!篝を名前にする」
「そうなんですね。わかりました。では……」
雷の精霊―――鳴は、胸に手をやり、
「私、稲光鳴は。マスター稲光篝の剣となり、これからの貴方の旅路を、命を掛けてお支え致します」
「いや、命を掛けることは許さん。そんな主従みたいな関係は求めてない」
「わかりました」
これが、俺と鳴の出会いと、人間と精霊の奇妙な家族の物語の始まりだった。
面白かったらいいねと高評価をお願いします。