その後
オークキングの親子と別れた後。俺と鳴は三郷の集いの皆さんと一緒に、大量のオークの解体を行った。三郷の集いを襲った、オークキングの仲間たちだ。
1匹のオークを追いかけたら、いつの間に囲まれていたらしい。恐らくそれが、リィンが持つスキルだろう。
ざっと死体を数えてみたら三十数匹はあった。合計5匹程度だったが、中にはオークジェネラルやオークマジシャンの死体も。これだけの数を隠しておけるなんて、リィンのスキルは思ったより強力なようだ。
これを全て三郷の集いが倒したのかと思ったが、正確には違うらしい。最初は数の暴力によって、危うくやられかけたそうだ。
だけど突然、紫色の雷の砲弾みたいな物が飛んできて、それがほとんどのオークたちを蹴散らしたそうだ。
確かに黒焦げになってる死体が多い。てっきりユリアさんの火魔法かと思ったけど……鳴のライトニングブラストの流れ弾に当たったのか…。
どんな偶然だよと思ったが、後で鳴に聞いてみたら、偶然ではなく狙ったものだったらしい。
オークキングだけでなく、遠くでも大量に何かが現れた気配を感じ取り、そこには三郷の集いの気配も感じたとのこと。
だからオークキングに避けられる形で、ライトニングブラストを放ったらしい。露骨に狙えば、オークキングに防がれる可能性を考慮してのことだったそうだ。
うちの子。頭良すぎて怖い…。
で、そのオークキングの仲間であったオークたちの死体を解体した訳だが、これはオークキングからそうしてくれと言われたからだ。
彼らもオークキングの家族みたいな者たちだったろうから、最初は気が引けたが……
『言ったはずだ。弱肉強食だと。敗者は勝者の養分になるのが自然の摂理。俺たちのことを気にして、変に埋葬しようなどとするな。それは死んだあの者たちへの侮辱だ』
なんというか、あのオークキングを見ていると、自分が本当に情けなくて甘い人間だということを思い知らされてしまう。
さすがはキング。王様と呼ばれるだけはある。
オークキングの仲間の肉や毛皮は三郷の集いが持つマジックバッグという魔道具に入ってる。
マジックバッグというのは、バッグの中身を拡張する魔法が掛かっていて、見た目以上に物が入る容量があり、さらには重さを感じないという優れものだ。
三郷の集いが持つマジックバッグは、現在はAランクの先輩冒険者からのお下がりらしく、五百キロまで物が入るらしい。おかげでオークキングたちの仲間の死体は無駄にならなかった。
それから森の中で一夜を明かし、ルミナリアへ向けて出発した。
その道中だが……空気がやや重い感じがした。
ジンさんとユリアさんは、もうオークキングが人間の脅威になることを心配していない。あのオークキングの親子の話を聞いて、傷を回復した後に大人しく森の奥へ消えていったとなれば、「やっぱり討伐すべきだ!」という気持ちにはならないらしい。
エィジールさんは言わずもがな。三郷の集いの三人は、割といつも通りである。
恐らく空気が重い原因は、俺と鳴だ。
今朝から俺と鳴は、碌に会話をしていない。俺から話し掛けてはいたのだが、鳴が「はい」とか「そうですね」くらいしか返さないから、自然と会話が無くなってしまった。
気を遣ってか、三郷の集いの皆さんの口数まで減ってしまった。空気が重いし、悪い…。
「パパ。先に行って、魔物がいないか見て来ます」
「あ、ああ。気を付けてな」
鳴が雷を身に纏って、一瞬で目の前から消えるようにいなくなる。
するとジンさんが、心配そうに話し掛けて来た。
「なぁ。お前ら昨日の戦いでなんかあったのか?今朝からすげぇ仲悪そうだけど」
「いえ。俺にもさっぱり…。寝るまでは普通に接していたんですけど」
「そうか…。てことは、今は挫折を味わってるのかもな」
「挫折?」
「ああ。メイちゃんって凄い強いじゃん?まだ10歳にもなってないのに」
「はい」
まぁ産まれて一ヶ月も経ってないんですけどね…。女神様に作られたってのもあるけど、彼女は精霊だし、人間の常識は当てはまらないだろう。
「そんな子どもが、初めてあんなボロボロになるまで戦ったんだ。自分はまだまだ井の中の蛙だったって、思い知らされてるんだと思うぜ?逆にああやって……ちょっと違うけど、割といつも通りに振る舞えていられるのはすげぇよ。普通は戦うのが怖くなっても仕方ないのにさ」
「……そう、ですね…。確かにそうかもしれません。俺も、そんな気持ちがありますから。俺がもっと強ければ、鳴にあんな怪我をさせなかったのにって。それに俺も鳴も、ジンさんたちのポーションが無かったら、危なかったでしょうし…」
鳴が持って来たポーションは、最初にオークキングと相対した場所に駆け付けたジンさんたちがくれた物だ。昨晩話を聞いてみたら……
『このままだとパパが死んじゃいます!お願いです!もう一本だけポーションをお譲りください!?』
『わかったから落ち着けっ!まずここで何があったのかを……っておい!?メイちゃんっ!』
ポーションを奪い取るようにして、そのまま急いで俺の元へ駆け付けたって感じだ。それが無かったら、少なくとも俺は本当に死んでいただろう。
今までは高いからってことで後回しにしてたけど、これからはポーションを常備するようにしないとな。
「そうか。でもまぁ、カガリはまだ良いかもな。そんな良い“武器”を貰ったんだから、これからはオークキングのような魔物とは、もっとまともに戦えるようになるだろ?」
「……そうですね…。かなり気が引けますが」
俺は肩に担ぐようにして持っている、銀色に輝くハンマーを見る。太陽に照らされてることもあって、ちょっと眩しいくらいだ。
これはオークキングの亡くなった奥さん……シュリさんが愛用していた物だ。
本当は返そうとしたんだ。俺が持つべき物じゃないんだから。
だけどオークキングは……
『お前が持っていてくれ。それは使い手を選ぶ曲者でな。俺やリィンでは、重過ぎて持って行けないのだ。……返す気があるのなら、運よくまた会えた時にでも返してくれ』
俺にとっては鉄よりめっちゃ軽いハンマーなので、最初は何の冗談だと疑ったが、鳴や三郷の集いの皆に持ってもらったら……見事に地面に落ちて、そのまま動かすことが出来なくなった。
オークキングでさえ引き摺るのがやっとという代物らしく、思ったよりとんでもない武器だというのが発覚した瞬間だった。
勇者の剣か何かみたいなハンマーだよな…。俺だったらペン回しならぬ、ハンマー回しが出来るくらい軽いのに。
―――くるくるくるくるくる……
「お、おい!?急に振り回すなっ!当たったらどうすんだ!?」
「え?あ、スミマセン…」
ジンさんからお叱りを受けていると、鳴が偵察から戻って来た。
「パパ。只今戻りました。この先にいたゴブリンを狩っておきました。数は32匹でした」
ロザリオさんから貰った皮袋を掲げながら言う鳴。
俺は思わず頭を抱えた…。なんか帰りが遅いな~とは思ってたけど、まさかそんな単独行動を行っていたなんて…。
三郷の集いの三人も苦笑いしてるよ。
「……鳴。よくやったと言いたいけど、一人でやらずにちゃんと俺たちに報告してくれ…」
「……………はい。すみませんでした。パパ…」
しゅん。と落ち込んだ様子で、鳴は頭を下げた。
……オークキングにやられたこと、やっぱ引き摺ってんのかな…。なんか焦ってるぽいし。
――――――――――――――――――――――――
―――オークキング―――
「お父さん…」
「ん?なんだ。リィン」
「……お母さんのハンマー。本当に返してもらう気、あるの?」
人が寄り付かない場所を目指して歩いていると、リィンがそんなことを聞いて来る。
「ああ。母さんの遺品だからな。アイツならきっと、律儀に返してくれるだろう」
「……嘘吐き…」
「……………」
「お父さん、噓吐きだ…。本当はあのままあげちゃうんでしょ?」
「……お前。実はシュリの“虚偽看破”のスキルを受け継いでるんじゃないだろうな?」
「誤魔化さないで」
この子は優しい子だ。同時に、こういう部分は亡き妻のシュリに一番よく似ている。
シュリのスキルを持っていないはずなのに、噓に対して敏感なのだ。
「……実は、アマネが言っていたことを思い出してな…」
「アマネねぇね?ねぇね、何か言ってたの?」
「アマネのスキル、憶えているか?」
「“予知夢”?」
「そうだ」
四女のアマネが授かったスキル。『予知夢』。簡単に言えば、未来に起きる出来事を夢の中で見るというものだ。
ただ、これがなかなか判断が難しいもので、予知夢で見る夢は普通に夢を見る時の感覚と変わらないらしいのだ。
しかしある日のこと……あれは確か、シュリのお腹の中にリィンを授かる前だった気がする。
シュリが狩りに出掛けて家にいない時に、アマネが神妙な顔付きで夢の報告をして来たことがあった。
『お父さん。夢を見たの…。たぶん、予知夢の方…。お父さんが、お母さんのハンマーで、お母さん以外に殺される夢…。……男の人か、女の人かまではわからなかったけど…』
もしそれが本当に予知夢であれば、俺は新たな勇者の手によって殺されるのだろうと思った。
昨晩は、その夢が現実になるのかと思ったが……アマネはこうも言っていた。
『でもね……そこから砂嵐みたいなのが起こって、いきなり夢の内容が変わったの。その夢だとね……お父さんと、お父さんを殺したはずの人が、月が綺麗な夜空の下で楽しく一緒にお酒を飲んでいたの。たぶんどっちの夢も、予知夢のものだと思うんだけど…』
予知夢で見たことは、実際に起こってしまう避けられない運命のようなものだ。
しかしこの予知夢の内容は、完全に矛盾している。俺は殺されるはずなのに、その俺を殺すはずの奴と一緒に酒を飲んでいる?
あの時はどういうことか俺にもわからなかったが、今はこう考えている。“最初の予知夢を見ている最中に、未来が変わったのでないか”と。
そしてその予知夢の内容が変わった要因は、恐らく……
「お父さん?どうして黙っちゃうの。アマネねぇねは、どんな予知夢を見たの?」
「……お前が―――」
「?」
「お前が俺を……守ってくれるという予知夢だよ」
「むっ。また噓吐いてる!」
「ぷ!ははははっ。そうでもないんだがな…」
アマネから予知夢のことを聞いてしばらく経ってから、シュリがリィンを身籠った。
あのカガリという男に殺されなかったのは、リィンが産まれて来てくれたからだと、俺は考える。
アマネの予知夢の内容が変わったのは俺とシュリが……まぁつまり、そういうことだろう。
「リィン。今はまだ話せないが、お前が俺を救ってくれたということは事実だ。お前がいなければ、俺は死んでいた。……ありがとう」
リィンの頭を撫でながら言う。
「そう?……だったら、誤魔化されてあげる」
俺は幸せ者だ。神からスキルを授かり、そのおかげでシュリと結ばれ、たくさんの子どもたちを授かることまで出来た。
さらには自分の死の運命すら変えてもらった。
俺のことを理解してくれた、数少ない仲間たちが死んでしまったことだけが心残りだが……いつまでも引き摺っていては、あっちに逝った時に殴られてしまう。
「リィン。ねぇねたちを探して、また一緒に暮らそうと思うのだが……どうだろうか?」
「! うんっ!ねぇねとにぃにたち、探そ!」
俺は愛する子どもたちと暮らしたくなり、リィンに提案すると、喜んで了承してくれた。
……独り立ちしてしまったアイツらを探すのは、骨が折れるだろうがな…。
「でも、なんで急に?」
「……あの男の夢を聞いて、もう一度作りたくなったのだ。幸せな家庭というのをな」
「そうなんだ。じゃあもしかして、新しいお母さんも出来る?」
「いや。俺はシュリ一筋だ。それに……」
思わず苦笑い。メイとかいう娘を貰うなどという発言をしたが、アレは動揺を誘う為の嘘だ。
そもそも俺を愛してくれる人間など、シュリ以外にいないだろう。
だからこそ、俺は幸せ者なのだ。
それをリィンに伝えると、彼女はとんでもないことを言ってのけた。
「じゃあ、私がお父さんの奥さんになる!」
それを聞いて、思わず爆笑してしまった。
よくシュリがしていた、吹き出すような笑いだった。
オークキングとリィンのスキルなどについては、予知夢の通り再会してからにでも。
アマネという子が四女の時点でお察しかと思いますが、シュリさん頑張りました。
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