『家族』
「お父……さん?」
聞き間違い……な訳ない。この子は確かに今、オークキングのことをお父さんって言った。
こちらに両手を広げて、守るように立っているし…。
「リィン!来るなと言っただろう!?逃げろ!」
「嫌っ!お父さんまで死んじゃうなんて、絶対嫌だ!」
やっぱりオークキングのことをお父さんって呼んでる…。豚の耳と尻尾はあるけど、でも他は人間の女の子と変わんないぞ?
「鳴。この子もオークなのか?」
「っ! い、いいえ…」
鳴も驚いているのか、やや遅れて返事をする。
もうその反応が答えみたいなものだ。
「人間の女性を攫って繫殖するオークですが、ここまで人間に酷似したオークが産まれることはありませんし、そもそもオスしかいないはずの種族です。の、はずですが……この女の子を見る限り、血が通ってる可能性は高いようにも思います。信じられませんが…。」
「マジかよ…」
突然変異的な?もしくは新たな進化の形?
しかも二足歩行の豚の遺伝子をほとんど無視して、こんな可愛い女の子が産まれんの?
産まされた女性の遺伝子強過ぎだろ…。
しばらく呆然としていると、リィンと呼ばれたオークが腰の杖を抜いて構えた。
鋭い目付きで睨み付けて来るが、泣いて震えているので内心怖がってるのが丸わかりだ。
「やめろリィン!この勝負は俺の負けなんだ。戦士の勝敗に出しゃばるんじゃない!」
「い、嫌だ…。お、お父さんは……リィンが守るもん…。お母さんに、お父さんをよろしくねって言われてるんだもん…。だから……だから絶対に、お父さんは殺させない…!」
「リィン…!」
「ファ、ファイアボール!」
オークキングの静止を無視して、リィンは杖の先から火の玉を作り出す。
ハンマーで防ごうと思ったが、それは俺の後ろから飛ばされた電撃によってかき消され、その衝撃でリィンは背中から地面に倒れた。
「きゃー!」
「リィン!」
「マスター。ご無事ですか?」
「ああ。ありがとう」
鳴が俺の隣へ移動して来る。火の玉はピンポン玉くらいのサイズだったし、ぶっちゃけ鳴の助けが無くても大丈夫だった。
……そういえば、鳴の怪我が完全に治っている。鳴もさっきのポーションを飲んでいたのか。
「や、やめてくれ!俺はどうなっても構わん!?だがその子だけは、どうか見逃してくれ!」
「お断りします。マスター。このオークキングの娘、先ほど何の気配もなく突然姿を現しました。恐らくオークの気配が無かったのは、この者の仕業かと。このまま野放しにしては、後に人の脅威となります」
「そう……か…」
「マスター?」
俺はもう、完全に毒気を抜かれた気分だった。今のリィンの姿は、俺がさっき鳴を守ろうとした時と同じだ。
そんなのを見せられたら、余計にやりずらくなる。
「……鳴。本当にやらなきゃダメか?」
甘いことを言ってしまった俺に対して、鳴は厳しい目付きでこちらを見る。
「はい。ダメです。このオークキングは魔物なのに、なぜかスキルを使えます。その娘も気配を消せる魔法……もしくはスキルを保有しています。種族上の特性を除いて、そんな魔物が存在するなんて普通はあり得ません。必ず人間の脅威となります」
「そ、それは……そうかもだけど…」
「それに、このオークキングに殺された人たちが浮かばれませんし、もしここで逃すようなことをすれば、冒険者だけでなく、無力な人たちにまで被害が及びます。絶対にここで仕留めておかないと―――」
「か、勝手なこと……言わないでよ…!」
鳴の言葉に被せるように、リィンが憎しみの籠った目で言う。
「いつもいつも、いつもいつもいつもいつもいっつもッ!自分たちばかり被害者ぶって、私たちのことを襲って来る癖に……勝手なこと言わないでよ!?」
「リィン、よせ!」
「いつも襲って来てるのはそっちだよ!私たちはただひっそりと暮らしていきたいのに、私たちを見ただけで殺そうとしてくる貴方たちみたいなのがいるから、お父さんたちが殺すことになるんじゃない!?こういうのを、人間の言葉でこう言うんでしょっ!“正当防衛”って!?殺されそうになったから殺した!“過剰防衛”になってしまうかもしれないけど、下手に逃がしたら家族が危険な目に遭うから殺すしかないって、“お母さん”が言ってたんだもん!私たちは悪くないよ!?他のオークたちと一緒くたになんかしないでよッ!悪いのはそっちなのに、なんで私たちばっかり悪者扱いされて生きていかなきゃいけないの!」
「……………」
俺と鳴は言葉を失った。特に俺は、今のリィンの話を聞いて、女神様が言っていたことを思い出した。
『アースでも度々あったと聞いてますよ。人種差別、というものです。人間から大きくかけ離れた存在である魔族を、人間たちは絶滅させようとしているのですよ。魔族はまぁ……少々過剰ですが、正当防衛と言ったところです』
人種差別や正当防衛……リィンが言ってることは今現在、魔族が受けてる被害と一致しているだろう。
彼女が言ってることが正しければ、悪いのは完全にこちら側だ。
噓を吐いてるかもしれない。だが、彼女の必死な形相と言葉からは、全くそんなものは感じなかった。
それに……
「……………マスター。彼女が、噓を吐いてる可能性も―――」
「それはない」
「えっ?」
なぜだか。俺にはわかるというか、何か感じるようなものがあった。
この子が言ってることは……“全て真実である”と…。
噓なんて欠片もない。全部本当のことを言ってるって……そんな確信めいたものがあるのを、自分の中にあるのを感じた。
「いた!こっちにいたわよっ!」
そこで、後ろから声が聞こえて来た。ユリアさんの声だ。
少しすると、ユリアさんが姿を見せる。ジンさんとエィジールさんも一緒だ。
「二人とも、無事……うえぇ!?なにこの惨状!地面はあちこち凸凹だし、木もめっちゃ倒れてるし!?しかもなにあのオークっ!オークジェネラルよりデカいじゃない!?」
「アレは……オークキングですね。まだ息はあるようですが……もう動けない様子です」
「てことは、カガリとメイちゃんだけで倒したのか!?噓だろ!?Bランク冒険者が三人以上で掛からないと、まず勝てないような相手だぞ!」
三人はここの惨状を見て、目が飛び出さんばかりに驚いた様子を見せる。
……改めて見ると、確かに酷いなこれ…。環境破壊もいいとこだ。
「すげぇな~…。強いのはわかってたけど、Bランクの魔物を倒すなんてよ…。でも通りでメイちゃんがあんな大怪我を負ってた訳か…」
「あれ?なんか小さな女の子がいるわよ。攫われた子かしら?」
「なんであの人たちが……もしかして…!」
「……………やはり、あの者たちだけでは無理だったか…」
「っ! なんと……オークキングが、人の言葉を…?」
「おい。お前…」
オークキングが俺に語り掛けて来る。
「信じてくれないかもしれないが、リィン……この子が言ったことは事実だ。しかし俺や、俺の仲間たちが大量の人間を殺して来たことに変わりはない。その者たちの家族は、きっと俺を恨んでることだろう。死を持って償わねば、納得すまい。よって、俺がここで殺されるのは構わん」
「……………」
「だがリィンは違う。今回はこの子のスキルが無ければ、お前たちは倒せないと思い泣く泣く手伝わせたが、それまではこの子に人殺しなどさせて来なかった。この子は優しいんだ。虫も殺せない。だから……だからどうか、この子だけは見逃してくれ…!頼む…」
「嫌……嫌ッ!お母さんも死んじゃったのに、お父さんも死んじゃうなんて嫌だよッ!」
俺に自分の命一つで、娘を見逃してくれと頼むオークキングに、泣きつくリィン。
「ねぇねたちも悲しむんだよ?お母さんの時みたいに、また泣いちゃうんだよ?そんなのもう嫌だ!もう皆が泣くところも見たくないッ!」
「……すまない。不甲斐ないお父さんを、許してくれ…」
「……………」
「頼む。どうか、この子だけは…」
「わかった」
俺はオークキングの言うことを了承した。
鳴が目を見開いて俺を見て来るが、口を挟んでくることは無かった。
俺は、銀色に輝くハンマーを振り被り……
「嫌ーーーッ!やめてーーー!?」
「リィン。目を瞑ってなさい」
全力で横薙ぎに振り抜いた。
―――ドゴーーーンッ!!!
俺が全力でぶっ叩いた先―――オークキングが背にしていた太い木が、何の抵抗もなく倒れた。
オークキング自身には、掠りもしていなかった。
「……どういう、つもりだ…?」
「……………耳」
「なに?」
「俺は“お前の頭を潰した”。だから左耳……それだけよこせ。それで討伐完了だ」
俺の言葉に、その場にいる全員が呆気に取られた。
「それさえあれば、お前は一先ず死んだことになる。一時しのぎにしかならないかもだけど、お前なら人が寄り付かない場所まで行くことは出来るだろ?」
「……………なぜ、そんなことをする?」
「お母さんって……お前の奥さんって、やっぱ人間なんだろ?お前たちオークは、基本オスしかいねぇんだもんな?」
「……ああ。そうだ」
「その子の言い方からして、お前らはその人も含めて家族だったんだろ?正真正銘の」
「……ああ。家族だ。俺は彼女を愛し、彼女も俺を愛してくれていた」
後ろのジンさんたちを見てみると、驚きで息を吞む様子が見えた。その反応から、オークキングの言ったことはかなり異常なことだというのがわかる。
特にユリアさんが信じられないと言いたげな顔をしていた。女性からしてみれば、尚更異常に感じることだろう。
オークキングに向き直る。
「じゃあ、殺すことなんて出来るはずない。俺には……お前の家庭を壊すことは、出来ない」
「……………甘いな…」
「なんとでも言え。俺は別に情に流されてるだけで言ってるんじゃない。俺は……幸せな家庭を築くっていう夢があるんだ。それなのに何の罪もないお前ら家族を壊すなんて、おかしいだろ?」
「俺はお前たちを殺そうとした」
「先に殺しに来たのは俺たちだ。どう見ても俺たちは極悪人で、お前は自分の家族を守る為に戦った立派な父親だ」
「……………」
オークキングはしばらく沈黙した後、大剣の時と同じ様に、何もない空間から短剣を取り出した。
そしてそれを使って、自分の左耳を切り落とし、俺に投げ渡してくる。
「……これでいいか?」
「ああ。……ごめんなさい。本当に…。森はめちゃくちゃにしたし、耳まで貰って……謝って済むことじゃないのはわかってる。だからいつか、機会があれば償いを……」
「必要ない。俺は所詮、魔物だからな。狩りの対象になって当然の存在だ」
「……………ずっと思ってたけど、お前。人間より人間らしいよな」
「……ぷ!ははははは…。シュリにも、同じことを言われたな…」
思わずといった感じで軽く吹き出し、オークキングは懐かしむように夜空を見上げた。
その後。三郷の集いの皆さんに事情を説明して、オークキングにポーションを譲ってくれるよう、頭を下げた。
ジンさんとユリアさんは渋い顔をしていたが、エィジールさんが快くポーションをオークキングに渡して、頭を下げて謝罪した。
曰く、エィジールさんが信仰している神様が『意思の疎通が出来る相手は、等しく人である』という言葉を残しているからだそうだ。
三本ほどポーションを消費してしまったが、おかげでオークキングは全快した。
ジンさんとユリアさんはずっと警戒していたけど、当然とでも言うべきなのか、オークキングが暴れ出すことはなかった。
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