とあるオークと勇者の馴れ初め
前回のオークキング視点での、
『亡くなった娘』という部分を修正して、『1番下の娘』にしました。
今回はキリ良くする為、短めです。
―――50年ほど前―――
人里離れた森の中。そこに1匹のオークがいた。
彼はオークの中では、かなり異端な存在だった。
普通、オークという魔物は人間の女性を攫って繫殖行為をする。だがこのオークはどういう訳か、それはいけないことだという認識を持っていた。
女性を無理矢理襲うのは最低なこと。繫殖行為をするのであれば、自分を好いてくれる女性が良い。
そのような思想を持っていた為、知人オークたちによく笑われていた。
他のオークのすることを咎めはしない。それがオークという在り方であることも重々承知しているからだ。
知人オークたちとの食事会の最中に目の前でヤり始めた時は、流石に止めたが。
だから異端のオークの毎日は、基本はただ起きて、獲物を取って、そして寝るだけという生活のみだった。
つまり童貞である。彼と同じくらい生きたオークたちはとっくに卒業してるというのに。
そうなると必然。『童貞オーク』や『種族の恥晒し』などという烙印を押されることになる。
だが、彼はそんな罵詈雑言を受けても全く気にしなかった。
それどころか……
「褒め言葉だ。どうもありがとう」
と、毅然とした態度で言い返した。
あまりにも同等としていて、どこか底知れない恐怖のようなものを感じた知人オークたちは、もう彼を貶すことは無くなった。
そんなある日。オークは運命とも言うべき出会いを果たす。
いつも通り獲物を狩った、その帰り道のことである。近くでコボルトが騒いでるのが聞こえて、自身の住処が近いこともあって見に行ってみたのである。
(害になりそうであれば、潰しておかなくてはな)
そう思って草むらから覗いてみると、人間の女性が一人。コボルトの群れに囲まれていたのである。
しかし彼女は囲まれているにも関わらず、堂々とした立ち姿で銀色のハンマーを構えている。
綺麗な長い黒髪をしていて、後ろで軽く縛っている。
女性にしては背が高くて目はやや鋭く、キリっとした表情。出るところはしっかり出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる、美しい容姿をしていた。
(なんて綺麗な女なんだ…)
オークは一目で、彼女に魅入られた。所謂、一目惚れという奴である。
「ギャーッ!」
「ふんっ!」
女性は明らかに不釣り合いな大きさをした銀色のハンマーを軽々と振るい、襲い掛かって来たコボルトをぶっ飛ばした。
飛ばされたコボルトは木にぶつかって地に伏し、ぶつかった木もボッキリと折れて、そのまま倒れた。
「ギ、ギャギャーーー!?」
他のコボルトらは一瞬怯んだが、1匹の号令に従って一斉に襲い掛かる。
しかし女性の方が圧倒的に強く、瞬く間にコボルトの群れは全滅した。
(強いっ…。俺では間違いなく勝てない相手だ。出て行けば一瞬でやられるだろう。だが……どうにかしてお近づきになりたいっ!)
彼はオーク。魔物だ。人間に自分の種族がどう見られてるかはよく知っている。
それでも気になってしまう。このオークにとって、彼女が初恋の相手ということもあって。
どうしようか悩んでいると、突如女性が声を上げる。
「出て来い。そこにいるのはわかっているぞ」
「ッ!?」
(バレていたのか!?どうする?逃げるか?俺では絶対に殺されてしまう相手だ。それに話し合う余地もなく、いきなりあのハンマーで殴り掛かられるだろう)
「出て来ないのか?ならば辺り一帯を吹っ飛ばすまでだ…」
「ブ、ブヒィッ!」
彼女から放たれる殺気に、オークはどっちにしても殺されると思い、草むらから両手を上げながら姿を現した。
女性はようやく出て来たオークを、訝しむように見つめる。
「オーク…?それにしては妙だな。女の私を襲って来ず、さらには降参のポーズまで取るなんて」
「ブ、ブヒィ!ブッブ、ブヒブヒ!ブヒャー!?」
(俺はお前を襲わない!というか俺から人間を襲ったことが無い、無害なオークなんだ!信じてくれ!?)
襲って来ない。そのことを確認したオークは対話を試みる。
だが襲ったことは無いだけで、逆に人間から襲われたことはある。その時は容赦なく返り討ちにしたが……まぁ正当防衛であろう。
しかしオークの言葉が人間である彼女に通じるはずもなく、女性は困惑の表情を浮かべる。
「命乞いか?いや、それにしては何か変だな…」
「ブヒュ~……ブヒャ!」
(やはり言葉は通じないか……そうだ!)
オークは近くの雑草に混じって咲いていた、淡い青色の花を摘み上げ、跪く形で彼女に差し出した。
「―――はっ?」
(前に平原の丘の上で、人間の番いがこんな形で花束を渡していたのを見た。頼む!通じてくれ、俺のこの熱い想い!?)
女性は呆気に取られ、しばらくオークと花を見比べていた。
「お、おい…。これはどういうつもりだ?」
「ブ、ブヒャ~…」
「って、お前の言いたいことがわからん…!?そもそも、なんなんだこのオークは?こんな敵意も何もないオークは初めて見たぞ…」
頭を抱え始める女性。
オークも、自分に敵対の意思がないことが伝わったことは喜ばしいが、なんとかして意思疎通が出来ないかと思案する。
(そうだ!)
そして閃いたオークは、落ちていた棒を使って自分と彼女の絵を描き始めた。
かなり歪だが、彼女と、彼女の絵を交互に指して、これは貴女ですということを伝える。
「これは……私なのか?」
「ブヒブヒ!」
通じたことがわかり、自分の絵から彼女の絵に向かって矢印を書いて、その上にハートマークを付けた。
好きという感情のイメージがハートというのは、魔物でも共通のようだ。
「は?これって、つまり……えっ?そういうこと、なのか…?」
オークの意図が伝わった女性は、さらに困惑した表情になる。
まさか魔物に、それも女性を攫って繫殖する下賤な種族であるオークに告白されるとは、思ってもみなかっただろう。
「ブ、ブヒ~…」
両人差し指をツンツンさせながら、純情そうな様子を見せるオーク。
女性はその様子にまたも呆気に取られて……
「ぷっ!あっははははははは!」
笑った。あまりにもオークらしからぬオークの様子に、彼女はしばらくお腹を抱えて笑い続けた。
「はぁ~…。全く。まさか初めて受ける告白が異世界で、しかも相手がオークだなんて……ぷっ!あはははははは!ダメだ!?笑いが止まらない~!」
そしてようやく笑いが収まった彼女は、オークに質問した。
「お前。今まで人を襲ったことは?」
オークは首を横にぶんぶん振る。
「ということは当然、女性を辱めるようなことはして来なかったと?」
今度はぶんぶんと縦に振る。
「ふむ…。噓は吐いてないみたいだな…?私のスキルに引っ掛からない」
どうやら彼女は噓を看破するスキルを持っているらしく、オークの言うことを信じてくれたようだ。
「……お前が真剣なのはわかった。他のオークと違って、人間に友好的な存在であることは認めよう。だが……」
女性は鋭い目付きでオークを見る。
「私は自分より弱い男の伴侶になるつもりはない。母からずっと、弱くて情けない男とは結婚するなと言われて来たからな」
「ブヒッ!?」
「だから……私を嫁にしたければ、私と戦って勝つことだ!」
オークは絶望した。彼女は自分より明らかに強い。ガチで殺し合えば、瞬く間にやられてしまうほどに。
そんな相手に勝てと言うのか?
「どうした?諦めるのか。だったら、私に対するお前の気持ちは小さかったということになるな」
「ブッ!?ブヒィー!!!」
「お?やる気になったか。いいだろう!まずは手加減してやるから全力で掛かって来いっ!」
「ブヒャーーーッ!!!」
―――これが勇者シュリと、今はオークキングである彼の馴れ初めであった。
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