8話 ハニートラップ?ですか
「それにしても・・・驚きました」
「ふふっ、某ジェンヌさんみたいでしょ?」
思っていた事を見透かされ、頬に熱が。
うん、何だろう。同郷だと聞いたから?それとも、彼女が元男だと聞いたから?
いや、信じないよ!
この私があの一瞬で「恋」に落ちたなんて!
今、私達は、食後をサロンで過ごしている。
この広めの空間はウチの家族と彼女の家族が入っても余裕があるほど広く、おのおの今はドリンクを片手に各自椅子に座り談笑している最中だ。
本当に、何でだろう。
今まで女性に対する恋愛感情なんて一欠片もなかったのに。
男装した女性を見た瞬間恋したなんて、変態以外のなにものでもないじゃないか!
「レイスリッド様?お顔が真っ赤ですけど・・・酔われました?」
「いえ、そう言うわけでは」
「そうですか?実は・・・私は少し酔ってしまったみたいです」
え?それ、大丈夫なの?
私はお酒が強いから酔ったりはほとんどないが、けっこう辛いと、お酒が弱い母はよく愚痴を言っている。
あ、ここは酒豪の父の遺伝子が強かったようだ。本当に変なとこだけ父親似なんだよなぁ。
「部屋で休まれますか?」
「はい、よければ」
「では送りましょう」
私は直ぐに自分の両親と彼女の両親に断りを入れ、彼女に腕を貸すと部屋へと急いだ。
そんな中、母上は自分がお酒に弱い事もあり彼女の事をひどく心配ていたが、何故か彼女の両親は複雑そうな表情をしていたのが印象的だった。
「外の風に当たってから部屋に帰りたいのですが」
そう彼女から言われ、遠回りになるが、私はご希望を叶える為、風が通る回廊へと足を運んだ。
中庭に面したこの回廊は、夜遅い事もあり今は人の気配がまったくない。
今は、月明かりのみに照らされた静かな空間となっていた。
「ここでしたら、静かですし、風もよく通ります。酔いを冷ますには良いかと思いますよ?」
心配そうに彼女にそう告げる。
その瞬間、小刻みに彼女が震えている事に気付いた。
え!ちょっと、気分悪いの?
ど、どうしよう!誰か呼んだ方がいいのかな!
今ここにはクリフや侍女はいない。
気をきかせたのか、彼らは席をはずしてくれていた。
「く・・・ふっ。ふふふ・・ふふ」
「え?」
焦る私に対し、震えていた彼女から発せられたのは、笑い声だった。
「あはははっ、本当に君って面白い。こんなんでよく今までハニトラに引っかからなかったね?」
「へ?え、まさか、今までのって演技なの!」
「うん、そうだよ?僕の両親は気付いてたみたいだけど・・ふふふ」
余程おかしかったのか、目に涙をためながら笑い転げるシルク嬢に、私は頬を膨らませ抗議した。
どうせ単純ですよーだ。
今までクリフが変なのは撃退してくれてたから問題なかったし、令嬢からはそんな扱い受けた事ないから対処法なんて知りませんでしたよ!悪かったですね!
「はははっ、ごめんごめん。そんな可愛い顔で怒らないでよ」
「可愛いって、もぉ!どうせ子供っぽいよ!悪かったね」
「本当に、もぉ・・・・うん、やっぱり君に決めた」
何?その某ポケットなんちゃらみたいな台詞は。
半目でむくれる私に対し、楽しそうな視線をこちらに向けるシルク嬢。
そして、彼女はそのまま自分の手を私の両頬に添えた。
「うん、どうやら僕は君が気に入ったらしい。好意と受け取ってもらって構わないよ?つまり、好きって事ね?」
え?
今、何と言われましたか?
今、私の事を「好き」って。
「一生男には興味ないと思ってたし、家の為だから心を殺す覚悟もしてたけどね。ほら、やっぱり元男としては男に抱かれるなんてプライド的に無理じゃん?いくら体は女でもね。だから、色々暴走して男装したりしてたけど・・・うん、何か君なら大丈夫そうだ」
何故か、晴れ晴れとした表情になった彼女を前に、私は硬直したままだった。
確かに、逆の立場だったら、もし私が彼女の立場だったら本当に嫌かも。
好きでもない男に肌を許すなんて、死んでも嫌だ。
「で、君は?」
「え?」
ふわりと笑う彼女がとても美しい。
「君は・・・僕の事どう思ってるのかな?やっぱり気持ち悪い?ほら、元男だし」
その瞬間、私はネジ巻き人形のようにすごい勢いでフンブンと顔を左右に振り、その言葉を否定した。
だって、そんな、信じられないよ。
彼女が私を「好き」だなんて。本当にその気持ちを信じていいの?
「あ、あの!・・・私で、いいんでしょうか?・・・その、だって、元女ですし、全然男らしい所なんてないですよ?当たり前ですが、女性とお付き合いした経験もありませんし、それから、えっと」
焦りながら言葉を紡ぐが、上手く想いが伝えられない。
そんな私に、彼女はクスリと綺麗な笑みを見せると、そっと背伸びをし、私の唇に自身の唇を軽く触れさせた。
ほえええええええええええええ!
い、今、今私シルク嬢と・・・きっ、キスしたの!?
顔を赤め、思わず自分の口を手で覆う私。
そんな私に意地悪そうな視線を向ける彼女。
「どう、気持ち悪かった?」
「そのっ・・・ビックリした」
「気持ち悪くは、なかったの?」
「うん」
うん、不思議と気持ち悪さは無かった。
ビックリはしたけど、むしろ何か体熱いし。
「そう?なら合格。君は僕をちゃんと恋愛対象として見れるって事だね」
「そう、なのかな。うん、そうなんだと思う」
「ふふっ、なにその曖昧な返事。じゃあ、もう一回試してみようか?」
「ふぇ?」
その瞬間、彼女の両手にぐいっと顔を引き寄せられ、そのまま深く唇を奪われた。