2話 いらない噂がついてまわっていました
「何、その「男色」って?」
私の質問に、クリフが「何言ってんだコイツ」みたいな目を向けてきたが、無視だ。
いや、一応私王族ですよ?そんなん醜聞でしかないじゃないか!
「レイス様、男色と言うのはですね、男性が男性を」
「いや!知ってる!知ってるから。私が聞きたいのは、何で私が男色なの!?私にそちらの趣味は微塵も無いよ!」
女性に性的な感情を感じた事が無いとは言え、誰も男が好きなんて言った記憶はありませんけど!
確かに美形を見たら眼福程度には思ったりはしたけどさぁ。それは私が元女だったからである訳で、恋愛とか、そっちでは完全アウト!無理無理無理、ぜぇったいに無理だから!
「はぁ、いいですか?レイス様、貴方はもう成人を迎えられました。それなのに、未だに婚約者はおろか女性関係も皆無、そして、あの魅惑の未亡人と呼ばれるソフィア様の閨教育からは逃げまくり、「ソノ」容姿の影響で女性に軽いトラウマを持っていらっしゃる。勘違いをする者も多いと言う事ですよ」
「いや、うん、言ってる事は間違いじゃないし、確かに軽いトラウマはあるけど、別に男が好きな訳ではないよ!」
思わず机に突っ伏した私に、呆れ顔で視線を向けるクリフ。そんな彼のエメラルドグリーンの瞳が、こちらの思いを見透かしたように光を帯びた。
「ええ、存じております。「私は」ですけどね?ですが、この噂で両陛下は悩まれ、妹君のユリーカ様や一部の侍女やメイドは歓喜しているようですよ?あぁ、そう言えば、先日宰相第二補佐殿から熱烈な恋文がレイス様に届いておりましたが、私が直々に出向きご本人の目の前で破り捨てさせていただきました、まぁ他にももろもろ、全て私が排除しておりますが、そういった勘違いクソ野郎も多いと言う事です。お分りいただけましたでしょうか?」
「は?うん、何かいらない情報が多かったけど、よく分かった」
三歳年下の第一王女である妹ユリーカは、前世で言う「腐女子」だ。
あの腐りきった妹は、陰で私とクリフの恋物語を執筆していた。先日ユリーカの侍女達が嬉しそうにその話題を話しているところにたまたま出くわし、速攻妹の部屋に突撃し創作物を没収し廃棄処分にした。
処分中、妹からは呪いのように延々と文句を言われていたが、オール無視!
本当に勘弁してほしい。そんな物を執筆する暇があるなら、もう少し淑女教育に力を入れろというのだ。
と言うか、思ったんだけど、無駄にクリフが動くから余計変な噂たつんじゃないの?
って、それは今更か。
原因は多分私にもあるんだろうし。
「・・・兄上のように男らしい容姿なら諦めもついたのに」
「こればかりは仕方ないですよ。なにせ、レイス様は王妃様うり二つのご容姿ですからね」
うちの両親、国王と王妃は正に美女と野獣。体で語る派の筋肉ダルマである父上に、天より降りし女神との異名を持つ絶世の美女である母上。
私はその母上に容姿がうり二つなのだ。
白銀のまっすぐなストレートの髪に、透明度の高い水晶のような水色の瞳。
肌も白く、まるで陶磁器のようだと言われてきた。
しかも、体の方の構造も母上寄りらしく、筋肉もつきにくい。いくら鍛えようとも一向に男らしい体つきにならなかった。
これは一種の「呪い」なのではないかとさえ思ってしまった。
本当に、何故母の血ばかりがここまで色濃く出たのか。
兄は父親似。妹はちょうど良く、両親二人を二で割った美人だと言うのに、どこで間違えた遺伝子!少しは父上の遺伝子を引き継がせんかい!仕事しろよ!
そんな訳で、察してください。私は幼少期から、やれ天使だの、やれ妖精だのと、ありがたくも無い台詞を散々聞いて育ち、挙句の果てには、その容姿のせいで変態趣味の王侯貴族から狙われる数、多数。そればかりでなく、女性より女性らしいこの容姿に嫉妬するご令嬢方より賜る嫌がらせも多数。
「軽いトラウマ」とは正にこの事なのだ。
そんな中で浮上した、今回の強制婚約。
正直、私は女性が「怖い!」。
自分が元女性だったという事もあり、女性特有のあの感情はよく知っている。女性が「美」に関してことのほか執着している事も、それにより、どんな嫉妬の感情を持つという事も。
「・・・逃げたいよぉ」
釣書の中には、幼少期から陰で私をよく思っていなかった令嬢達も含まれている事を知っている。
どうせ、貴族の義務として父親らから言いくるめられたのだろう。
だが、そんな彼女達の誰かがもしも私の相手に選ばれたら。
うん、絶対に廃人になる自信がある。
「とりあえず、一度これらに全てお目通しください。いつまでも逃げ切れる訳でもなし、いいかげんお覚悟を」
「うぅ・・・分かってるよぉ」
何だが泣けてきた。
王家の人間の義務。そして、私は「王太子」。
でも、正直吐きそうなんですけど。
「レイス様、なんだが私、貴方様が捨てられた子犬に見えてきました」
「一言多いよ!」
結局、私はその後クリフ監視の下、全ての釣書とにらめっこをする地獄のような時間を過ごすのだった。
そんな中。
「クリフ、これ!」
最後の一冊の「以外な人物」に、私は驚きの声を上げたのだった。
「このご令嬢ってあの時の!」