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第19話(上)

 部屋に一人になってから10分、ガチャリとドアの開く音がして束の間。葵が頬を赤らめながら帰ってきた。


「……」


(顔が暗い……というか、何も言わないのもあれだよな)



「そういえば、トイレなら中にあっただろ……」


 すると葵は翔の言葉に肩をビクッと揺らして、翔の顔を覗った。


(別に、何も変わっていないよね……)


 特段変化もない表情に安堵しつつも、さすがに無言でいるわけにはいかないと

葵はすぐに言い返した。


「な、なんか聞かれるの嫌だったし……」


(いつも聞いてるけどな、ちょろちょろ……って。……いやな、そういう趣味があるわけじゃなくて、葵のやつ、中途半端にドア閉めるから漏れるんだよ)


 葵の今更な言葉にさらに思考を巡らせていると、潮が飛び散るあの夜の事を再び思い出した。


(……やめよう、忘れよう)


「そうか」


 心の中でそう呟きながら、建前として彼は頷いた。


「うん……」


 そして葵も頷いて黙り込んだ。




 数分経って、食事を隔てて座る二人。

 勿論、無言で箸も動いていなかった。


 静止画かと思うくらいには何もしていない状況。そんな最中で、ただ二人は思う。


 これはやばいと。

 この状況は一度経験したことがあると。


 気まずくて、どちらも声すら出さない。

 お互いの視線を感じて、チラチラと様子を窺うことしか出来ない。


 加えて、葵の格好は帯を外した浴衣で艶めかしい白い肌が普通よりも露出している。


 貞操を守り切ろうとしていた翔も徐々におかしくなっていき、襲い掛かったように。


 まるで——


(——あの夜と全く一緒だ。郵便局のお兄さんが来るまでの……服を着始めるまでの、無言の時間と。服装も、何もかもが……)


 思い出す翔。ただ、彼の前に座った葵とて同じ。


(翔、いつの間にか甚平に着替えてるし……地味に筋骨隆々なのが、余計に見えてくる。というか、なにあれ? なんで前結んでないの⁇ 見せてるのかな、あのシックスパック――)


 そう、あの夜も二人は息があっていた。手探りなのに気持ち良くて、お互いがお互いを経験者だと勘違いした時のように。


 すれ違っている様で隣を歩いている。


 何を考えているか、それを知ることができる機能がない人間だからこその違った意味のすれ違いが起きていた。


(——って、私はそんなを見るために瑞樹に色々聞いてきたんじゃないのよっ‼‼ あれよあれ、約束しないと、駄目じゃない……ちゃんとさ!!)


 ぶるぶると頭を左右に振る葵を見て、ギョッとした翔はさらに腰を後ろにずらす。


「ね、ねぇ」


「な、なんだ?」


 葵は決心をした。

 このまま翔に何も言われないまま、そのままこの旅行を終わらせるわけにもいかない。


 だからと言って、早まった私の落ち度もある。もっといい雰囲気。花火を待っていられたら、絶対に答えを受け取れていたはずなのだ。


(バイト先の先輩に相談した時も言っていたじゃない、『考えるよりも先に口を動かせ』って!)


 ふぅ、と息を吐いて彼女は翔の目をしっかりと見ながらこう言った。


「花火見た後、付き合ってほしいことがあるの……」


 覚悟してそう言うと翔は少し驚いた顔で答えた。


「え、あぁ。分かった」


 ひとまず了承は得られたと安堵した葵に、翔はこう付け足した。


「俺からも、その言いたいことがある――」


 そこまで言って少し口ごもる。


 カニと隙が何かを言い合って、結局何か分からなかったけど、その答えは言わなければならない。


 葵の真面目な表情を見て、かなり前に読んだ小説の一幕を思い出した。



 何かの新人賞を貰った作品で、たまたま親から買い与えられた小説。ジャンルは恋愛で、主人公は今の翔とおない歳だった。好きだった女の子が事件に巻き込まれて気持ちを伝えられずにいたことを悔やみ、とある力を手に入れ助け出して告白するという、ありきたりなストーリー。


 しかし、まだ若かった彼にはとても魅力的に思えて、そこから小説を読むのにハマったのだ。


 主人公から学んだはずだ。思ったことは言った方がいい。もやもやを解消した方がいい。


 考える前にまず動け、と。


 ならば、彼女のためにも。


 この一瞬、一秒を大切にして、花火大会が終わった瞬間で自分から。


(俺から、アクションを起こす)


 好きだなと直感したら告白する。

 違うなと直感したら拒否する。


 それだけはしてみようと、今まで恋愛をしたことがない童貞大学生は決意した。


「何?」


「花火が終わったら、俺から話があるから……そのっ」


「うん」


「か、覚悟しててほしい」


「うんっ」


 こくりと頷く葵を見てから翔は肩を撫でおろした。

 数秒ほど間を置いて、目を開くと目の前に広がる豪勢な食事があり、ハッと気づいて葵にこう言った。


「……食べろよ」


 あぐらをかきながら葵の方を向く彼を見つめ、


「え、あぁ、そうだね。うんっ」


 呆気にとられたように葵はそう答えた。


 無言でパクパクと口へ運んでいく姿を反対側から見つめながら、彼はふと思った。


(……覚悟しろって、なんだよ)








 そして、時間は過ぎ――――



 あっという間にその時間ときは来た。

 





 



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