父親
「清一、今日お父さんが帰ってくるって、清一千円あげるからなにか食べ物でも買ってきてちょうだい」
今朝、棚の上にある黒電話からベルが鳴っていた。
母親は外で洗濯物を干している最中に慌てて部屋の中に戻っていた。
電話先からは父親からだった、今日の夜に帰ってくるらしい。父親と会うのは1ヶ月ぶりになるだろうか。
月に1、2回程度しか会わないためだろうかあまり驚きもなんもない。
父親が家に一日中いることが今まで月に二回ぐらいしか家にいなかった。
一年前ぐらい頃に前勤めていた会社を転勤してから出張が多くなった。
父親が行くその会社は県外のほうに出張をすることが基本多いらしい。詳しくは知らないが県外のほうにある会社などに商品などを売り込みでもしているなどと言っていた。
母親にも会社を転勤する時にそう伝えている、詳しくはそこまで教えられないらしい。いやくわしくも教える気もないようでもあった。
父親がなぜその会社を選んだかはだいたいわかる。理由は母親とは一日中、一緒にいたくないのだろう。
些細なことで毎日夫婦喧嘩がよくあった。出勤前の朝食後や仕事に帰ってきた時の夕飯などの時間帯も、いつも激しい口論になっていた。
きっかけはだいたい母親のしゃべりかたで父親に怒りの火がついているらしい。
「なんだその言い方は!お前の言い方がいつもムカつくんだよ、不愉快なんだよ、」
などと父がいつもその事で激しく怒っている。
いつも一緒にいる時は父と母はムスッとした顔でその部屋の空気感は重くだるくなっていた。
清一は2階に二つ部屋がある片方を息子部屋にしていつもご飯意外は昼も夜も一日中勉強や音楽鑑賞などで過ごしている。
この息子部屋は幸い、父と母とのお互いの怒りの声は2階に聞こえ響く事はまったくなかった。もちろんどんな感じで口論の内容をしているかも聞こえることもなかった。おかげで平和な朝、昼、夜を過ごすことができている。
もしあの部屋で父と母との喧嘩の渦にいたら自分もどうなるかも想像もしたくないようだ。
一日中あんな部屋にいることで勉強もはかどらないはずだ。
清一と父との関係は、母とは全然全く逆の関係で仲良くできていた。
休みなどは釣りや買い物などを行き、車の中では学校生活を話したりして過ごしていた。
「この前、体育の授業で跳び箱が高すぎて困るんだよ」
「お父さんは、跳び箱の授業は保健室で休んでたなぁ」
「仮病か」
「アレは仮病じゃねぇよハッハッハァ、足がぶっ壊れてしまってるんだよなんて言ったなぁ」
冗談などを言いながら父は清一の話すことにいつもニコニコしていたことを清一の頭の中で印象に残っている。
清一は父親を嫌いになることも今まで全く感じることもなく、父も清一を嫌うこともなかった。
あれから一年はたったのだ。何か遠い記憶の感じがして変な感じがしていた。
だが最近は、父が母にしゃべる回数が減ったような気していた。
母も少し不思議に、寂さを感じているようだった。
父は食事もただ黙って魚焼きやご飯と昆布のスープを静かに口にして食べている。そこで母が心配そうな声で話しかける。
「あなた具合悪いの?仕事が忙しかったりしているの」
「イヤ、大丈夫だよ、ほっといてくれい」
「ほっといてくれて心配なんだよ、ねぇ何かあったの?」
「いいからほっとけよぉ!」
母はそれから黙ることにした、父に対しての心配な気持ちは収まることはなかった。
それから父親が帰ってから三日後に家を出る予定だった。
清一には相変わらずニコニコした顔で接してくれていた。父は清一に今まで元気にしていたかなど聞かれた。それに答えて元気にしていたなどと答えたら父は嬉しそうに「そうかよかった」と言った。そして昼頃に父の愛車のクラシックカーで清一と母の家を去った。
清一はこの前の夕飯の時の表情が印象に残ってしまっていた。あんな元気のない表情は今まで見たこともなかった。
母もこの家を去る父の車を心配そうに見送った。
「お守りを買ってあげておけば良かったかも」
母はそう口にして言った。